聖女に選ばれなかった私が聖女を選ぶまで

おいどん

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どうすることもできないまま、ノエリアは正門前の階段に腰掛け、静かな町並みを見下ろしていた。

”聖女”でない私には、教会の門を開くことも、彼らの依頼に応えることも、何もできることがない。
唯一できることは、本部に戻って「貴族様のために聖女様の祈りを捧げてほしい」とお願いすることだけ。

ノエリアは膝を抱え、顔を埋める。

私だけが始祖の聖女様の思いを受け継ごうとしても、教会は何も変わらないのだわ。

「病院には始祖の聖女像があるはず…せめてそこで祈りを捧げてから帰りましょう」

重い腰を持ち上げ、長い階段を下っていく。
町へと繋がる道へと出た瞬間、突然声をかけられてノエリアは足を止めた。

「あの…シスターさん?」

声をかけてきたのは、赤子を腕に抱いた女性だった。
布にくるまれていて赤子の様子はわからないが、母親はひどく疲れているように見えた。

「えぇ、どうかされましたか?」

ノエリアがシスターであるとわかり、母親は安堵した様子でノエリアに駆け寄る。

「教会がずっと閉まっていたから、ここで待っていれば誰かに会えるかと思って…。どうかこの子のために、祈ってもらえないかしら」

そう言って母親が赤子を覆っていた布をめくる。

「これは…」
「…もうずっと、この子は高熱に苦しんでいるの」

真っ赤に染まった赤子の顔は痛々しい程発疹で埋め尽くされ、ぐったりと母親の体にもたれかかっていた。
時折苦しそうに顔を歪め、浅い呼吸を繰り返している。

「まだ赤ん坊だから、これ以上薬も使えないと言われて…、この子はずっと、ずっと苦しんでる」
「そうなのですね…」

ノエリアはそっと赤子の手を握る。
力の入ってない小さな手から、高い体温が伝わってくる。

「だから、もう苦しませたくなくて」

見上げた母親は、痛々しい表情で、口元に笑みを浮かべた。

「…どうか、この子が苦しまずに逝けるよう、祈ってくれないかしら」

ノエリアは驚きで目を丸くし、そう言った母親の顔をまじまじと見つめた。

彼女は、我が子の最期を悟っている―――
きっと今日まで、やれることをやりつくしてきたのだろう。
子の回復を信じて、自分の身を顧みず看病し、医者に縋って―――聖女様に祈って。
それでも治ることのない子のために、最後に願ったことが、「苦しまずに逝けること」なんて。

ノエリアは母親から目を逸らし、ぎゅっと瞼を閉じる。

祈らなければ、彼女の想いを―――

静かに深呼吸して、ノエリアは再度母親に目を向ける。

「…わかりました」

左手に赤子の手を握ったまま、右手を心臓の位置に重ね、目を閉じる。

どうか、どうかこの子か苦しまず、穏やかに、温かな次の人生へと―――



―――トクン、トクンと、小さな心臓の音が、響いてくる。

赤子の体温が、確かにノエリアの手を伝わって、腕を、体を、温める。



あぁ、この子は、生きている。



ノエリアは思わず、赤子の手をぎゅっと握りしめる。

始祖の聖女様、どうか今だけでも、私に聖なる力をお宿しください!
希望に包まれたまだ見ぬこの子の未来を、失わせたくないのです!
世界にたった一人になってしまったとしても、貴女様の想いを、必ず私は受け継いでいきます

だから―――!



「な、なに…?何なの、これ…!?」

母親の声に驚き、ノエリアは目を開ける。

「何が起こってるの…?」

手を重ねていた赤子の体が、柔らかな温かい光を纏っていた。
思わず手を離すと、赤子の体の光が消えていく。
母親は信じられないものを見ているかのように、震える手でノエリアを指差す。

「し、シスターさん、その体…」
「えっ?」

ノエリアは自身の手を見て、目を見開く。
光を放っているのは赤子ではなく、自分自身だった。
体中の血管を何かが巡っていくような感覚。
熱く、燃え上がるような、漲り。

初めて体感するそれを、ノエリアは直感的に理解していた。

これが、始祖の聖女様の”聖なる力”―――

考える間もなく、ノエリアは再び赤子に手を添える。
体の中を巡るそれが、手を伝い赤子に注がれていく。

「…ぅ、うぁ」

赤子の口から小さく声が漏れ、可愛らしい丸い瞳が開かれる。
口元に笑みを浮かべて、笑い声と共に赤子がノエリアに手を伸ばした。

「あ…私の、私の赤ちゃん…!」

それを見た母親が、崩れ落ちるように赤子を抱いたまま膝を付く。

「あぁ!本当に、本当にいらっしゃったのですね…!聖女様!」

母親にそう呼ばれ、ノエリアは我に返る。

「い、いえ!私は聖女では…」
「ありがとうございます!本当に…本当にありがとうございます…」

母親はノエリアを見上げてぼろぼろと涙を零した。
その姿にノエリアは何も言うことができず、屈んで母親の肩にそっと手を添える。

「…本物の、聖女様だ」

背後から誰かの声が聞こえ、ノエリアは驚いて振り返った。
そこにはいつの間に集まって来たのか、ランシェルの町民と思わしき人々が立っていた。

「どうか私の夫も助けていただけないでしょうか!」
「ママを助けて!」
「聖女様!」

戸惑うノエリアをよそに、駆け寄ってくる町民たちがノエリアの腕を引く。

「えっ、ちょっと…!」

ノエリアは彼らに促されるまま町中へと駆け出す。
ちらっと後ろを振り返ると、未だ蹲ったままの母親が安心したような優しい笑みを我が子に向けている姿が見えた。



―――――



それから約半月、ノエリアはランシェルで慌ただしい日々を過ごした。
その期間は、ノエリアにとっても聖なる力を理解するうえで重要なものとなった。
聖なる力は本人が持つ治癒能力を高めるものであって、特定の病に対する特効薬ではない。
病気を完治させるようなことはできず、当然死者を生き返らせることもできなかった。
また、想像以上にノエリア自身への負担が大きかった。
力を使った後は全力で走ったような疲労感に襲われ、休みなく使い続けることにも限界があった。

だからこそ、早々にランシェルの病院と手を組めたことは、ノエリアにとって大きな助けとなった。
町民に連れていかれた病院で力を使って治療するノエリアを見て、当初医者たちは驚きと安堵でノエリアを受け入れた。
しかし、力を使う度に息が上がっているノエリアの様子に、彼らは聖なる力への認識が間違っていたと気付かされた。
早急に方針を変え、ノエリアには重病者への最低限の治療を任せ、基本的な治療は病院側が行うこととなった。
それからは安定した状態で患者を受け入れることができるようになり、ノエリアも忙しいながらも落ち着いて過ごせるようになっていった。

そんな日々が続いていた、ある日。



「…教会本部から、すぐに帰ってくるように、と」

ノエリア宛に届いた手紙の内容を、共に過ごしていた病院の面々へと伝える。
そろそろだろうな、と予想はしていたが、実際にその手紙を目にすると、心苦しさに苛まれた。
教会の者が何度か病院に来ているのはわかっていた。
ノエリアを、聖なる力を見定めるような、異質な視線。
おそらく、早い段階で教会本部には報告があがっていたのだろう。
安定した医療のおかげで町も落ち着きを見せてきたとはいえ、まだ病に対する治療方法が確立していない今、町を離れるのは躊躇われた。

「…当然のことでございます。我々が聖女様を独占するわけにはいきません。むしろ、このような長い期間この町に引き留めてしまったこと、申し訳なく思います」
「そんなことはありません!私がやりたくて、ここにいたのですから」
「聖女様のおかげで、たくさんの命が救われました。本当にありがとうございます」

ちくり、と胸が痛む。

当然のように、皆は私を”聖女”と呼ぶ。
けれど私は、選ばれなかったから…

「…私は、ただのシスターです。本物の聖女様は―――」

ノエリアが言い終わるのを待たずして、院長がまっすぐノエリアに近付き、優しく手を取った。

「貴女様が何者であろうと、我々の感謝の気持ちは変わりません。どうか、お体に気を付けて」

慈愛に満ちたその瞳に、ノエリアは涙がこぼれそうになるのをぐっと堪え、彼の手に自身の手を重ねる。

「必ず…必ず戻ってきます」

そう約束し、ノエリアはランシェルを後にした。


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