15 / 29
15
しおりを挟む
マリアの風邪もすっかり癒え、カタリーナの屋敷にいつもの穏やかな日常が戻ってきた頃、辺境の町は日に日に活気を増していた。
人々は皆、どこかそわそわとして、楽しそうな顔で往来を行き交っている。
「マリア、町は何かのお祭りでもあるのかしら?いつもより賑やかですわね」
「はい、お嬢様。そろそろ年に一度の収穫祭の時期だと、先日、市場の奥様がおっしゃっておりました」
「収穫祭!」
カタリーナの瞳が、ぱっと輝いた。
王都でも収穫を祝う宴はあったが、それは貴族たちが集う形式張ったパーティーに過ぎない。
この土地の人々が祝う、本当の収穫祭。
想像しただけで、胸が躍った。
「まあ、素敵だわ!わたくしも、ぜひ参加させていただかなくては!」
「ええ、きっと辺境伯様から、お客様としてご招待があるかと…」
「お客様?違うわ、マリア」
カタリーナはにっこりと笑った。
「お客様として眺めているだけなんて、つまらないじゃない。わたくしは、この町の一員として、皆さんと一緒にお祝いをしたいの」
その翌日から、カタリーナは毎日町へ通い詰め、収穫祭の準備に加わった。
もちろん、最初は誰もが恐縮し、遠慮した。
「めっそうもございません、クライスト様!このような雑用、我々がやりますので!」
「いいえ、いいのです。わたくしも、皆さんと一緒に祭りの準備がしたいのですわ。どうか、仲間に入れてくださいな」
彼女の心からの笑顔と熱意に、領民たちもすぐに根負けした。
そして、すぐに彼女がただのお飾りではないことを知る。
「まあ、この煮込み料理、隠し味にこれを少し加えると、味がぐっと深まりますわよ」
カタリーナは、料理を手伝う女性たちに、王都で学んだ調理の知識を惜しみなく分け与えた。
彼女の助言で作られた料理は、驚くほど美味しくなった。
もちろん、彼女の特製『辺境の恵みナッツタルト』は、祭りの目玉商品として大量に焼かれることになった。
「カタリーナ様、この飾り付け、どうすればもっと綺麗になるかねえ」
「それでしたら、そこの蔓に、森で集めた赤い実を編み込んでみてはいかがかしら?きっと素敵になりますわ」
子供たちとは、森で集めた落ち葉や木の実を使って、祭りの飾りを作った。
彼女の洗練された美的センスは、素朴な辺境の祭りを、温かくも美しい彩りで満たしていった。
時には、男性陣に混じって、祭りの屋台の設営を手伝うことさえあった。
その体力と行動力に、誰もが目を見張る。
そんな彼女の姿を、少し離れた場所からレオンハルトが見守っていた。
領主として、祭りの準備の総監督をするのが彼の役目だ。
いつの間にか、彼女は完全にこの町の風景に溶け込んでいた。
女性たちと楽しそうに笑い合い、子供たちに懐かれ、男たちからは尊敬の眼差しを向けられている。
その中心で笑う彼女の姿は、まるで太陽のようだった。
「…楽しそうだな」
レオンハルトが近づいて声をかけると、カタリーナは小麦粉で少し頬を汚したまま、振り向いた。
「レオンハルト様!ええ、とても!王都のどんな豪華なパーティーよりも、ずっと楽しいですわ!」
その心からの笑顔に、レオンハルトの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「そうか」
短い返事。
しかし、その声には、彼自身も気づかぬほどの優しい響きが込められていた。
祭りの前夜。
準備がすべて終わり、人々が家路についた後、カタリーナは一人、静かになった広場に残っていた。
手作りの飾りが夜風に揺れ、明日への期待を乗せた甘い食べ物の匂いが、満ちている。
「お嬢様。そろそろお戻りになりませんと、お体が冷えますわ」
いつの間にか、マリアがそっと隣に立っていた。
「ええ、そうね。…ねえ、マリア」
カタリーナは、完成した祭りの広場を見渡して、うっとりと言う。
「わたくし、生まれて初めて、こんなにも明日が来るのが楽しみだわ」
その横顔は、王都にいた頃の『悪役令嬢』の仮面をつけた彼女とは、まるで別人だった。
辺境の地で、彼女はようやく、本当の自分自身の居場所を見つけたのだ。
その心は、明日への期待と、温かい幸福感で、いっぱいに満たされていた。
人々は皆、どこかそわそわとして、楽しそうな顔で往来を行き交っている。
「マリア、町は何かのお祭りでもあるのかしら?いつもより賑やかですわね」
「はい、お嬢様。そろそろ年に一度の収穫祭の時期だと、先日、市場の奥様がおっしゃっておりました」
「収穫祭!」
カタリーナの瞳が、ぱっと輝いた。
王都でも収穫を祝う宴はあったが、それは貴族たちが集う形式張ったパーティーに過ぎない。
この土地の人々が祝う、本当の収穫祭。
想像しただけで、胸が躍った。
「まあ、素敵だわ!わたくしも、ぜひ参加させていただかなくては!」
「ええ、きっと辺境伯様から、お客様としてご招待があるかと…」
「お客様?違うわ、マリア」
カタリーナはにっこりと笑った。
「お客様として眺めているだけなんて、つまらないじゃない。わたくしは、この町の一員として、皆さんと一緒にお祝いをしたいの」
その翌日から、カタリーナは毎日町へ通い詰め、収穫祭の準備に加わった。
もちろん、最初は誰もが恐縮し、遠慮した。
「めっそうもございません、クライスト様!このような雑用、我々がやりますので!」
「いいえ、いいのです。わたくしも、皆さんと一緒に祭りの準備がしたいのですわ。どうか、仲間に入れてくださいな」
彼女の心からの笑顔と熱意に、領民たちもすぐに根負けした。
そして、すぐに彼女がただのお飾りではないことを知る。
「まあ、この煮込み料理、隠し味にこれを少し加えると、味がぐっと深まりますわよ」
カタリーナは、料理を手伝う女性たちに、王都で学んだ調理の知識を惜しみなく分け与えた。
彼女の助言で作られた料理は、驚くほど美味しくなった。
もちろん、彼女の特製『辺境の恵みナッツタルト』は、祭りの目玉商品として大量に焼かれることになった。
「カタリーナ様、この飾り付け、どうすればもっと綺麗になるかねえ」
「それでしたら、そこの蔓に、森で集めた赤い実を編み込んでみてはいかがかしら?きっと素敵になりますわ」
子供たちとは、森で集めた落ち葉や木の実を使って、祭りの飾りを作った。
彼女の洗練された美的センスは、素朴な辺境の祭りを、温かくも美しい彩りで満たしていった。
時には、男性陣に混じって、祭りの屋台の設営を手伝うことさえあった。
その体力と行動力に、誰もが目を見張る。
そんな彼女の姿を、少し離れた場所からレオンハルトが見守っていた。
領主として、祭りの準備の総監督をするのが彼の役目だ。
いつの間にか、彼女は完全にこの町の風景に溶け込んでいた。
女性たちと楽しそうに笑い合い、子供たちに懐かれ、男たちからは尊敬の眼差しを向けられている。
その中心で笑う彼女の姿は、まるで太陽のようだった。
「…楽しそうだな」
レオンハルトが近づいて声をかけると、カタリーナは小麦粉で少し頬を汚したまま、振り向いた。
「レオンハルト様!ええ、とても!王都のどんな豪華なパーティーよりも、ずっと楽しいですわ!」
その心からの笑顔に、レオンハルトの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「そうか」
短い返事。
しかし、その声には、彼自身も気づかぬほどの優しい響きが込められていた。
祭りの前夜。
準備がすべて終わり、人々が家路についた後、カタリーナは一人、静かになった広場に残っていた。
手作りの飾りが夜風に揺れ、明日への期待を乗せた甘い食べ物の匂いが、満ちている。
「お嬢様。そろそろお戻りになりませんと、お体が冷えますわ」
いつの間にか、マリアがそっと隣に立っていた。
「ええ、そうね。…ねえ、マリア」
カタリーナは、完成した祭りの広場を見渡して、うっとりと言う。
「わたくし、生まれて初めて、こんなにも明日が来るのが楽しみだわ」
その横顔は、王都にいた頃の『悪役令嬢』の仮面をつけた彼女とは、まるで別人だった。
辺境の地で、彼女はようやく、本当の自分自身の居場所を見つけたのだ。
その心は、明日への期待と、温かい幸福感で、いっぱいに満たされていた。
543
あなたにおすすめの小説
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる