悪役令嬢の、お気楽すぎる辺境ライフ!

夏乃みのり

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辺境の夜は、静かだ。
レオンハルトは、自室の書斎で、窓の外に広がる深い闇を眺めていた。
暖炉の火が、パチリと静かにはぜる音だけが、室内に響いている。

机の上には、領地の運営に関する書類が山積みになっている。
しかし、彼の心は、ここしばらく、仕事に集中しきれずにいた。
目を閉じれば、瞼の裏に浮かんでくるのは、いつも同じ一人の女性の姿だった。

太陽のように笑い、コロコロと表情を変え、時には突拍子もないことをして周りを驚かせる。
けれど、その心根は誰よりも優しく、温かい。

カタリーナ・フォン・クライスト。
彼女がこの辺境の地へやってきてから、彼の世界は確実に色を変えた。
領民たちの笑顔が増えた。
活気が生まれ、町に新しい風が吹いた。
そして、何よりも、彼自身の心が、今まで感じたことのない温かい感情で満たされるようになっていた。

収穫祭の夜、自分の上着を、嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに羽織っていた彼女の姿。
思い出すだけで、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなる。

レオンハルトは、長い指で己の額を押さえた。
もう、この気持ちから目を背けることはできない。

(ああ、そうか。俺は…)

俺は、カタリーナのことが、好きなのだ。

はっきりと自覚した瞬間、喜びよりも先に、重い枷が心にかかるのを感じた。

彼女は何者か。
クライスト公爵家が誇る、ただ一人の令嬢。
そして、ついこの間まで、この国の王太子アラン殿下の婚約者だった女性だ。
生まれながらにして、未来の国母となるべく育てられてきた、雲の上の存在。

それに比べて、自分はどうか。
王家の血筋とは名ばかりの、北の果てを治める一介の辺境伯に過ぎない。
華やかな社交界とは無縁で、無骨で、口下手で、愛想もない。

カタリーナは、今はこの辺境での暮らしを楽しんでくれているように見える。
しかし、それは王都での辛い出来事を忘れるための一時的なものかもしれない。
いつか、彼女が本来いるべき、きらびやかな世界を恋しく思う日が来るのではないか。
その時、自分のような男が、彼女の隣にいて良いはずがない。

(俺が彼女に与えられるものなど、この静かなだけの土地と、穏やかなだけの毎日だけだ)

それで、彼女は本当に幸せなのだろうか。
アラン王子は、少なくとも、彼女にこの国の王妃という、最高の地位を与えることができたはずだった。
自分は、その足元にも及ばない。

彼女の過去が、そしてあまりにも違いすぎる身分が、レオンハルトの心に深い影を落とす。
彼女に想いを告げるなど、おこがましいにも程がある。
もしかしたら、彼女の優しさを、自分への好意だと勘違いしているだけの、愚かな男なのではないか。

考えれば考えるほど、踏み出す勇気は萎んでいく。
足元で寝そべっていたフェンリルが、主人の苦悩を感じ取ったのか、心配そうに鼻を鳴らした。

「…なんでもない、フェンリル」

レオンハルトは、大きな相棒の頭を優しく撫でた。

窓の外に目をやると、カタリーナの屋敷の窓に、まだ明かりが灯っているのが見えた。
今頃、彼女は何をしているのだろうか。
もしかしたら、王都に残してきた華やかな日々に、思いを馳せているのかもしれない。

(今は、これでいい)

レオンハルトは、自分に言い聞かせるように、強く拳を握りしめた。

(俺は、この土地の領主として、彼女の穏やかな生活を守る。ただ、それだけでいい。それ以上を望むのは、許されない)

自分の想いに、固く蓋をすること。
それが、彼女の幸せを願う、自分にできる唯一のことだと、彼は信じるしかなかった。
氷の辺境伯は、その名の通り、自らの熱い恋心を、厚い氷の中に閉じ込める決意を固めた。
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