悪役令嬢の、お気楽すぎる辺境ライフ!

夏乃みのり

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カタリーナの辺境での生活が、穏やかな軌道に乗ってしばらく経った頃。
秋も深まり、木々の葉が赤や黄色に色づき始めた、ある日のことだった。

その日、町を訪れたカタリーナは、いつもと空気が違うことに気づいた。
収穫祭の時のような陽気な賑わいはなく、人々は皆、不安そうな顔でひそひそと何かを語り合っている。

「…聞いたか?東の森の奥にある、木こりの小屋が襲われたらしいぞ」

「ああ、家畜が何頭もやられたって話だ。ただの狼の仕業じゃねえって…」

「近頃、森の動物たちも、なんだか怯えているように見えらあ」

物騒な会話の断片が、カタリーナの耳に届く。
彼女が、懇意にしているパン屋の女将に尋ねると、女将は声を潜めて答えた。

「クライスト様…あまり大きな声では言えませんが…どうやら、魔物が現れたという噂が流れているんでございます」

「魔物…ですって?」

カタリーナは、思わず眉をひそめた。
この辺境の地は、長年、魔物とは無縁の平和な土地だと聞いていた。

「ええ。最初はただの噂だと思ったんですが、日に日に被害の報告が増えているようでして…森へ狩りや薪拾いに行く者も、めっきり減ってしまいました。このままでは、冬を越すのも厳しくなります」

女将の顔には、深い憂いの色が浮かんでいた。
町の広場に目をやると、辺境伯であるレオンハルトが、武装した兵士たちに何事か指示を出しているのが見えた。
その表情は、いつになく険しい。

どうやら、ただの噂では済まない事態になっているらしかった。

「レオンハルト」

カタリーナが声をかけると、彼はわずかに驚いたように振り返った。

「カタリーナか。お前も聞いたのか」

「ええ。魔物が現れた、というのは本当なの?」

「…まだ、はっきりとは分からん」

レオンハルトは、厳しい顔で答えた。

「今のところ、目撃情報も曖昧で、誇張された狼の群れの話である可能性も高い。だが、万が一ということもある。念のため、東の村々へ巡察隊を派遣しているところだ」

民の安全を第一に考え、迅速に行動する。
その姿は、領主として実に頼もしかった。
しかし、その横顔に浮かぶ疲労の色に、カタリーナは胸が痛むのを感じた。

「何か、わたくしに手伝えることはないかしら?」

カタリーナが真剣な顔で申し出ると、レオンハルトは、はっとしたように彼女を見た。
そして、すぐに首を横に振る。

「…いや、お前の手を煩わせることではない」

その声には、カタリーナを危険から遠ざけようとする、明確な意志が感じられた。

「これは、この土地を治める俺の仕事だ。お前は、自分の屋敷で安全にしていろ。いいな」

それは、彼女を案じるがゆえの言葉だと分かっていた。
しかし、カタリーナの心には、小さな棘が刺さったような、もどかしさが広がった。

(わたくしはもう、守られるだけの、か弱い令嬢ではないのに)

この土地は、彼女にとっても、かけがえのない大切な場所になっているのだ。
その平和が脅かされようとしているのに、ただ黙って見ていることなど、できなかった。

「…分かったわ」

カタリーナは、一旦はその言葉に従うふりをした。
しかし、その翠色の瞳の奥には、強い決意の光が宿っていた。

その日の夕方、屋敷に戻ったカタリーナは、マリアにだけ、そっと自分の考えを打ち明けた。

「マリア。わたくし、東の村の様子を、自分の目で見てこようと思うの」

「お嬢様!?何を、おっしゃいますか!危険すぎます!」

「大丈夫よ。ただ、様子を見るだけ。それに、わたくしには、心強い味方がたくさんいるでしょう?」

カタリーナはそう言うと、窓の外に広がる森に向かって、優しく微笑みかけた。
まるで、そこにいる見えない友人たちに、語りかけるように。

平和なスローライフは、終わりを告げた。
しかし、カタリーナは、ただ脅威に怯えるつもりはなかった。
大切な場所を、大切な人々と、自分の手で守るために。
彼女の戦いが、今、始まろうとしていた。
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