21 / 29
21
しおりを挟む
レオンハルトに「屋敷で待て」と命じられたものの、カタリーナが大人しく言うことを聞くはずもなかった。
その翌日の早朝、彼女はマリアの制止を振り切り、一頭の馬に跨って東の森へと向かった。
一人ではない。
彼女の頭上では、信頼できる友人である一羽の鷹が空から道を偵察し、森の中からは、彼女を主と認めた動物たちが、つかず離れずその旅路を見守っていた。
東へ進むにつれて、森の様子は明らかに変わっていった。
鳥の声は途絶え、生き物の気配がしない、不気味な静寂が辺りを支配している。
カタリーナの動物たちも、警戒するように全身の毛を逆立てていた。
その時、上空を旋回していた鷹が、鋭い警戒の鳴き声を上げた。
前方の谷間から、黒い煙が立ち上っているのが見える。
(まさか…!)
カタリーナは馬に鞭を当て、煙の方向へと急いだ。
谷間にたどり着いた彼女が目にしたのは、悪夢のような光景だった。
森の開拓村が、何者かに襲撃されていたのだ。
家屋の一部は燃え、畑は踏み荒らされている。
そして、村の中では、数人の村人が、異形の獣たちを相手に、絶望的な戦いを繰り広げていた。
「グルルルルァァァ!」
それは、狼に似ているが、体躯は遥かに大きく、その毛皮は闇のように黒い。
爛々と赤く輝く瞳と、尋常ならざる長さをした鉤爪。
あれが、噂の魔物。
「来るな!化け物め!」
村人たちは、鍬や斧を手に必死に抵抗するが、魔物の俊敏な動きと圧倒的な力の前に、次々と傷を負っていく。
絶体絶命。
一人の男が、魔物の爪に切り裂かれようとした、その瞬間だった。
ヒュン、と風を切る音と共に、一本の矢が魔物の眉間を正確に射抜いた。
断末魔の叫びを上げて、魔物はどうと倒れる。
「遅くなってすまない!者ども、村人を守れ!魔物を一体残らず駆逐するぞ!」
馬に乗ったレオンハルトが、彼の率いる兵士たちと共に、森の中から現れたのだ。
彼の隣では、白銀の狼フェンリルが、闘志を漲らせて唸り声を上げている。
「レオンハルト!」
レオンハルトは、戦場の片隅にいるカタリーナの姿を認め、驚愕に目を見開いた。
「馬鹿者!なぜここにいる!」
しかし、彼が怒鳴る声は、すでに始まっていた戦闘の喧騒にかき消された。
レオンハルトと彼の兵たちは、驚異的な強さで魔物を次々と斬り伏せていく。
だが、魔物の数はあまりにも多かった。
カタリーナは見た。
レオンハルトたちの奮戦も及ばず、数匹の魔物が防衛線を突破し、子供や女たちが隠れている納屋の方へと向かっていくのを。
(間に合わない…!)
カタリーナの体が、思考よりも先に動いていた。
彼女は、馬から飛び降りると、納屋と魔物の間に立ちはだかる。
そして、大きく息を吸い込むと、澄んだ声で、しかし人間のものではない、森羅万象に響き渡るような「呼び声」を放った。
その声に応えるように、大地が震えた。
静まり返っていた森が、突如として目を覚ます。
森の奥から、巨大な熊が咆哮と共に姿を現し、魔物の一匹に猛然と殴りかかった。
林の中からは、鋭い角を持つ鹿の群れが突進し、魔物の行く手を阻む。
空からは、無数の鳥たちが急降下し、その鉤爪と嘴で魔物を攻撃する。
今まで恐怖に怯えていた森の動物たちが、カタリーナの「呼び声」に応え、彼女を守るために一斉に立ち上がったのだ。
自然界の思わぬ反撃に、凶暴な魔物たちも、明らかにうろたえていた。
その一瞬の隙を、レオンハルトたちが見逃すはずがない。
形勢は、一気に逆転した。
やがて、追い詰められた魔物の最後の生き残りが、断末魔の叫びを上げて倒れる。
後に残ったのは、静寂と、息を呑むような光景だけだった。
レオンハルトは、剣を握りしめたまま、呆然とカタリーナを見ていた。
彼女の周りには、まるで忠実な騎士のように、熊が、鹿が、そして森の動物たちが、静かに控えている。
「…カタリーナ」
レオンハルトが、絞り出すような声で彼女の名を呼ぶ。
「一体、今の力は…」
その時、カタリーナの体が、ふらりと傾いた。
今まで張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れたのだ。
「あっ…」
意識が、遠のいていく。
倒れそうになる彼女の体を、駆け寄ってきたレオンハルトの強い腕が、しかしりと受け止めた。
「おい、しっかりしろ!カタリーナ!」
彼の焦った声を聞きながら、カタリーナは、その腕の中で、静かに意識を手放した。
その翌日の早朝、彼女はマリアの制止を振り切り、一頭の馬に跨って東の森へと向かった。
一人ではない。
彼女の頭上では、信頼できる友人である一羽の鷹が空から道を偵察し、森の中からは、彼女を主と認めた動物たちが、つかず離れずその旅路を見守っていた。
東へ進むにつれて、森の様子は明らかに変わっていった。
鳥の声は途絶え、生き物の気配がしない、不気味な静寂が辺りを支配している。
カタリーナの動物たちも、警戒するように全身の毛を逆立てていた。
その時、上空を旋回していた鷹が、鋭い警戒の鳴き声を上げた。
前方の谷間から、黒い煙が立ち上っているのが見える。
(まさか…!)
カタリーナは馬に鞭を当て、煙の方向へと急いだ。
谷間にたどり着いた彼女が目にしたのは、悪夢のような光景だった。
森の開拓村が、何者かに襲撃されていたのだ。
家屋の一部は燃え、畑は踏み荒らされている。
そして、村の中では、数人の村人が、異形の獣たちを相手に、絶望的な戦いを繰り広げていた。
「グルルルルァァァ!」
それは、狼に似ているが、体躯は遥かに大きく、その毛皮は闇のように黒い。
爛々と赤く輝く瞳と、尋常ならざる長さをした鉤爪。
あれが、噂の魔物。
「来るな!化け物め!」
村人たちは、鍬や斧を手に必死に抵抗するが、魔物の俊敏な動きと圧倒的な力の前に、次々と傷を負っていく。
絶体絶命。
一人の男が、魔物の爪に切り裂かれようとした、その瞬間だった。
ヒュン、と風を切る音と共に、一本の矢が魔物の眉間を正確に射抜いた。
断末魔の叫びを上げて、魔物はどうと倒れる。
「遅くなってすまない!者ども、村人を守れ!魔物を一体残らず駆逐するぞ!」
馬に乗ったレオンハルトが、彼の率いる兵士たちと共に、森の中から現れたのだ。
彼の隣では、白銀の狼フェンリルが、闘志を漲らせて唸り声を上げている。
「レオンハルト!」
レオンハルトは、戦場の片隅にいるカタリーナの姿を認め、驚愕に目を見開いた。
「馬鹿者!なぜここにいる!」
しかし、彼が怒鳴る声は、すでに始まっていた戦闘の喧騒にかき消された。
レオンハルトと彼の兵たちは、驚異的な強さで魔物を次々と斬り伏せていく。
だが、魔物の数はあまりにも多かった。
カタリーナは見た。
レオンハルトたちの奮戦も及ばず、数匹の魔物が防衛線を突破し、子供や女たちが隠れている納屋の方へと向かっていくのを。
(間に合わない…!)
カタリーナの体が、思考よりも先に動いていた。
彼女は、馬から飛び降りると、納屋と魔物の間に立ちはだかる。
そして、大きく息を吸い込むと、澄んだ声で、しかし人間のものではない、森羅万象に響き渡るような「呼び声」を放った。
その声に応えるように、大地が震えた。
静まり返っていた森が、突如として目を覚ます。
森の奥から、巨大な熊が咆哮と共に姿を現し、魔物の一匹に猛然と殴りかかった。
林の中からは、鋭い角を持つ鹿の群れが突進し、魔物の行く手を阻む。
空からは、無数の鳥たちが急降下し、その鉤爪と嘴で魔物を攻撃する。
今まで恐怖に怯えていた森の動物たちが、カタリーナの「呼び声」に応え、彼女を守るために一斉に立ち上がったのだ。
自然界の思わぬ反撃に、凶暴な魔物たちも、明らかにうろたえていた。
その一瞬の隙を、レオンハルトたちが見逃すはずがない。
形勢は、一気に逆転した。
やがて、追い詰められた魔物の最後の生き残りが、断末魔の叫びを上げて倒れる。
後に残ったのは、静寂と、息を呑むような光景だけだった。
レオンハルトは、剣を握りしめたまま、呆然とカタリーナを見ていた。
彼女の周りには、まるで忠実な騎士のように、熊が、鹿が、そして森の動物たちが、静かに控えている。
「…カタリーナ」
レオンハルトが、絞り出すような声で彼女の名を呼ぶ。
「一体、今の力は…」
その時、カタリーナの体が、ふらりと傾いた。
今まで張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れたのだ。
「あっ…」
意識が、遠のいていく。
倒れそうになる彼女の体を、駆け寄ってきたレオンハルトの強い腕が、しかしりと受け止めた。
「おい、しっかりしろ!カタリーナ!」
彼の焦った声を聞きながら、カタリーナは、その腕の中で、静かに意識を手放した。
464
あなたにおすすめの小説
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる