悪役令嬢の、お気楽すぎる辺境ライフ!

夏乃みのり

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レオンハルトに「屋敷で待て」と命じられたものの、カタリーナが大人しく言うことを聞くはずもなかった。
その翌日の早朝、彼女はマリアの制止を振り切り、一頭の馬に跨って東の森へと向かった。

一人ではない。
彼女の頭上では、信頼できる友人である一羽の鷹が空から道を偵察し、森の中からは、彼女を主と認めた動物たちが、つかず離れずその旅路を見守っていた。

東へ進むにつれて、森の様子は明らかに変わっていった。
鳥の声は途絶え、生き物の気配がしない、不気味な静寂が辺りを支配している。
カタリーナの動物たちも、警戒するように全身の毛を逆立てていた。

その時、上空を旋回していた鷹が、鋭い警戒の鳴き声を上げた。
前方の谷間から、黒い煙が立ち上っているのが見える。

(まさか…!)

カタリーナは馬に鞭を当て、煙の方向へと急いだ。
谷間にたどり着いた彼女が目にしたのは、悪夢のような光景だった。

森の開拓村が、何者かに襲撃されていたのだ。
家屋の一部は燃え、畑は踏み荒らされている。
そして、村の中では、数人の村人が、異形の獣たちを相手に、絶望的な戦いを繰り広げていた。

「グルルルルァァァ!」

それは、狼に似ているが、体躯は遥かに大きく、その毛皮は闇のように黒い。
爛々と赤く輝く瞳と、尋常ならざる長さをした鉤爪。
あれが、噂の魔物。

「来るな!化け物め!」

村人たちは、鍬や斧を手に必死に抵抗するが、魔物の俊敏な動きと圧倒的な力の前に、次々と傷を負っていく。

絶体絶命。
一人の男が、魔物の爪に切り裂かれようとした、その瞬間だった。

ヒュン、と風を切る音と共に、一本の矢が魔物の眉間を正確に射抜いた。
断末魔の叫びを上げて、魔物はどうと倒れる。

「遅くなってすまない!者ども、村人を守れ!魔物を一体残らず駆逐するぞ!」

馬に乗ったレオンハルトが、彼の率いる兵士たちと共に、森の中から現れたのだ。
彼の隣では、白銀の狼フェンリルが、闘志を漲らせて唸り声を上げている。

「レオンハルト!」

レオンハルトは、戦場の片隅にいるカタリーナの姿を認め、驚愕に目を見開いた。

「馬鹿者!なぜここにいる!」

しかし、彼が怒鳴る声は、すでに始まっていた戦闘の喧騒にかき消された。
レオンハルトと彼の兵たちは、驚異的な強さで魔物を次々と斬り伏せていく。
だが、魔物の数はあまりにも多かった。

カタリーナは見た。
レオンハルトたちの奮戦も及ばず、数匹の魔物が防衛線を突破し、子供や女たちが隠れている納屋の方へと向かっていくのを。

(間に合わない…!)

カタリーナの体が、思考よりも先に動いていた。
彼女は、馬から飛び降りると、納屋と魔物の間に立ちはだかる。

そして、大きく息を吸い込むと、澄んだ声で、しかし人間のものではない、森羅万象に響き渡るような「呼び声」を放った。

その声に応えるように、大地が震えた。
静まり返っていた森が、突如として目を覚ます。

森の奥から、巨大な熊が咆哮と共に姿を現し、魔物の一匹に猛然と殴りかかった。
林の中からは、鋭い角を持つ鹿の群れが突進し、魔物の行く手を阻む。
空からは、無数の鳥たちが急降下し、その鉤爪と嘴で魔物を攻撃する。

今まで恐怖に怯えていた森の動物たちが、カタリーナの「呼び声」に応え、彼女を守るために一斉に立ち上がったのだ。

自然界の思わぬ反撃に、凶暴な魔物たちも、明らかにうろたえていた。
その一瞬の隙を、レオンハルトたちが見逃すはずがない。
形勢は、一気に逆転した。

やがて、追い詰められた魔物の最後の生き残りが、断末魔の叫びを上げて倒れる。
後に残ったのは、静寂と、息を呑むような光景だけだった。

レオンハルトは、剣を握りしめたまま、呆然とカタリーナを見ていた。
彼女の周りには、まるで忠実な騎士のように、熊が、鹿が、そして森の動物たちが、静かに控えている。

「…カタリーナ」

レオンハルトが、絞り出すような声で彼女の名を呼ぶ。

「一体、今の力は…」

その時、カタリーナの体が、ふらりと傾いた。
今まで張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れたのだ。

「あっ…」

意識が、遠のいていく。
倒れそうになる彼女の体を、駆け寄ってきたレオンハルトの強い腕が、しかしりと受け止めた。

「おい、しっかりしろ!カタリーナ!」

彼の焦った声を聞きながら、カタリーナは、その腕の中で、静かに意識を手放した。
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