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カタリーナが次に目を覚ました時、目に映ったのは、見慣れない木の天井だった。
「お嬢様!お気づきになりましたか!」
傍らで、侍女のマリアが泣きそうな顔で彼女の手を握っていた。
「マリア…?ここは…?」
「レオンハルト様の館でございます。お嬢様が、あの後、倒れられましたので…」
記憶が、ゆっくりと蘇る。
魔物の咆哮。
村人たちの悲鳴。
そして、自分の呼び声に応え、森が一体となって戦った、あの信じられないような光景。
そこへ、部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、館の主であるレオンハルトだった。
その銀の瞳は、安堵と、そして今までに見せたことのない真剣な光を宿して、まっすぐにカタリーナを見つめていた。
彼はマリアに目配せをして下がらせると、カタリーナのベッドの側に腰掛けた。
「…体の具合はどうだ」
「ええ、もう大丈夫。心配をかけてごめんなさい。それから、あなたの言いつけを破ったことも…」
「その話は後だ」
レオンハルトは、カタリーナの謝罪を遮った。
「先に、お前から聞かねばならんことがある。あの力は、一体何だ。なぜ、お前は森の動物たちを従えることができた?」
隠すことはできない、とカタリーナは悟った。
彼女は、正直に話すことにした。
「わたくしにも、よく分からないの。物心ついた時から、動物たちの声が、なんとなく聞こえた。彼らが何を考え、何を感じているのかが。だから、あの時も、ただお願いしただけ。みんなを助けて、と」
そのあまりにも純粋な答えに、レオンハルトは言葉を失った。
魔法でも、訓練でもない。
彼女が生まれ持った、奇跡のような力。
その時、一人の兵士が、慌てた様子で部屋に入ってきた。
「辺境伯様!討伐した魔物の死体を調べていたところ、奇妙なものを発見いたしました!」
兵士が差し出したのは、黒く焼け焦げた、小さな金属の欠片だった。
「魔物の体内に、これが埋め込まれておりました。自然のものではございません」
レオンハルトは、その欠片を手に取り、眉をひそめた。
表面には、かろうじて紋様の一部が残っている。
「この紋章…どこかで…」
カタリーナも、ベッドから身を乗り出して、その欠片を覗き込んだ。
王太子妃教育の一環で、あらゆる貴族の紋章を叩き込まれていた彼女の記憶が、かすかな紋様と結びついた。
「…待って。この意匠、ゴーウェル子爵家のものに、とてもよく似ているわ」
「ゴーウェル子爵?南部の小貴族だ。なぜ、彼の家の紋章が、辺境の魔物から…」
カタリーナは、必死に記憶の糸をたぐり寄せた。
王都の社交界で飛び交う、他愛ない噂話。
その一つ一つが、今、パズルのピースのようにはまっていく。
「ゴーウェル子爵家は、確か、財政難に陥っていたはず。ですが、最近になって、その娘が王宮で侍女として仕えることになり、羽振りが良くなったと…」
カタリーナは、息を呑んだ。
「その仕え先は…リリアナ・アイビーよ」
部屋が、水を打ったように静まり返る。
リリアナ。アラン王子の、新しい婚約者。
「それだけではないわ」
カタリーナの声が、震えた。
「ゴーウェル家は、代々、古文書の研究を生業としてきた一族。その中には、禁忌とされている、魔物の召喚術に関するものも含まれていると、噂で聞いたことがあります」
全てのピースが、繋がった。
点と線が結ばれ、恐ろしい一つの可能性が浮かび上がる。
「…リリアナが、黒幕…ということか」
レオンハルトが、地を這うような低い声で呟いた。
「辺境を混乱させ、何かを企んでいる…。自分の王妃としての立場を、確固たるものにするために」
敵は、正体不明の魔物ではなかった。
王都の中心で、可憐な少女の仮面を被った、底知れぬ野心。
カタリーナは、リリアナの執念深さを、改めて思い知らされた。
「許せん…」
レオンハルトの体から、氷のような怒気が立ち上る。
「理由が何であれ、我が領民を危険に晒した罪は重い。これは、辺境伯領への、そして王家への明確な反逆行為だ」
カタリーナも、強く頷いた。
「ええ。これ以上、あの人の好きにはさせないわ」
もう、守られるだけではいられない。
この土地を、人々を、そしてレオンハルトを守るために、自分も戦わなければ。
二人の視線が、固く交わされた。
それは、危険な陰謀に立ち向かう、共闘の誓いだった。
カタリーナは、自分の持つ不思議な力が、この戦いの鍵になることを、強く予感していた。
「お嬢様!お気づきになりましたか!」
傍らで、侍女のマリアが泣きそうな顔で彼女の手を握っていた。
「マリア…?ここは…?」
「レオンハルト様の館でございます。お嬢様が、あの後、倒れられましたので…」
記憶が、ゆっくりと蘇る。
魔物の咆哮。
村人たちの悲鳴。
そして、自分の呼び声に応え、森が一体となって戦った、あの信じられないような光景。
そこへ、部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、館の主であるレオンハルトだった。
その銀の瞳は、安堵と、そして今までに見せたことのない真剣な光を宿して、まっすぐにカタリーナを見つめていた。
彼はマリアに目配せをして下がらせると、カタリーナのベッドの側に腰掛けた。
「…体の具合はどうだ」
「ええ、もう大丈夫。心配をかけてごめんなさい。それから、あなたの言いつけを破ったことも…」
「その話は後だ」
レオンハルトは、カタリーナの謝罪を遮った。
「先に、お前から聞かねばならんことがある。あの力は、一体何だ。なぜ、お前は森の動物たちを従えることができた?」
隠すことはできない、とカタリーナは悟った。
彼女は、正直に話すことにした。
「わたくしにも、よく分からないの。物心ついた時から、動物たちの声が、なんとなく聞こえた。彼らが何を考え、何を感じているのかが。だから、あの時も、ただお願いしただけ。みんなを助けて、と」
そのあまりにも純粋な答えに、レオンハルトは言葉を失った。
魔法でも、訓練でもない。
彼女が生まれ持った、奇跡のような力。
その時、一人の兵士が、慌てた様子で部屋に入ってきた。
「辺境伯様!討伐した魔物の死体を調べていたところ、奇妙なものを発見いたしました!」
兵士が差し出したのは、黒く焼け焦げた、小さな金属の欠片だった。
「魔物の体内に、これが埋め込まれておりました。自然のものではございません」
レオンハルトは、その欠片を手に取り、眉をひそめた。
表面には、かろうじて紋様の一部が残っている。
「この紋章…どこかで…」
カタリーナも、ベッドから身を乗り出して、その欠片を覗き込んだ。
王太子妃教育の一環で、あらゆる貴族の紋章を叩き込まれていた彼女の記憶が、かすかな紋様と結びついた。
「…待って。この意匠、ゴーウェル子爵家のものに、とてもよく似ているわ」
「ゴーウェル子爵?南部の小貴族だ。なぜ、彼の家の紋章が、辺境の魔物から…」
カタリーナは、必死に記憶の糸をたぐり寄せた。
王都の社交界で飛び交う、他愛ない噂話。
その一つ一つが、今、パズルのピースのようにはまっていく。
「ゴーウェル子爵家は、確か、財政難に陥っていたはず。ですが、最近になって、その娘が王宮で侍女として仕えることになり、羽振りが良くなったと…」
カタリーナは、息を呑んだ。
「その仕え先は…リリアナ・アイビーよ」
部屋が、水を打ったように静まり返る。
リリアナ。アラン王子の、新しい婚約者。
「それだけではないわ」
カタリーナの声が、震えた。
「ゴーウェル家は、代々、古文書の研究を生業としてきた一族。その中には、禁忌とされている、魔物の召喚術に関するものも含まれていると、噂で聞いたことがあります」
全てのピースが、繋がった。
点と線が結ばれ、恐ろしい一つの可能性が浮かび上がる。
「…リリアナが、黒幕…ということか」
レオンハルトが、地を這うような低い声で呟いた。
「辺境を混乱させ、何かを企んでいる…。自分の王妃としての立場を、確固たるものにするために」
敵は、正体不明の魔物ではなかった。
王都の中心で、可憐な少女の仮面を被った、底知れぬ野心。
カタリーナは、リリアナの執念深さを、改めて思い知らされた。
「許せん…」
レオンハルトの体から、氷のような怒気が立ち上る。
「理由が何であれ、我が領民を危険に晒した罪は重い。これは、辺境伯領への、そして王家への明確な反逆行為だ」
カタリーナも、強く頷いた。
「ええ。これ以上、あの人の好きにはさせないわ」
もう、守られるだけではいられない。
この土地を、人々を、そしてレオンハルトを守るために、自分も戦わなければ。
二人の視線が、固く交わされた。
それは、危険な陰謀に立ち向かう、共闘の誓いだった。
カタリーナは、自分の持つ不思議な力が、この戦いの鍵になることを、強く予感していた。
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