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「ルルノ・エルバート! 貴様のような冷酷で醜悪な心を持つ女との婚約は、今この瞬間を以て破棄させてもらう!」
きらびやかなシャンデリアが輝く卒業パーティーの会場に、第二王子セドリック様の怒声が響き渡った。
オーケストラの演奏は止まり、談笑していた貴族たちが一斉にこちらを振り返る。
(……きた、きたきたきたぁぁーー!!)
私は扇子をバチンと閉じ、必死に口元のニヤけを抑えた。
震えているのは悲しみからではない。込み上げるガッツポーズを必死に封印しているからだ。
「セドリック様……それは、本気で仰っていますの?」
私はわざと掠れた声を作り、絶望に打ちひしがれた令嬢を演出した。
私の隣では、セドリック様の腕にすがりつき、小刻みに震えているマリアンヌ男爵令嬢がいる。
マリアンヌちゃん、今日の震え方も百点満点ね! 後で約束通り、王都で一番高いパティスリーの新作ケーキセットを贈ってあげるわ。
「今さら白々しい! マリアンヌに対する数々の卑劣な嫌がらせ、もはや弁明の余地などない!」
「嫌がらせ……。具体的に何を指して仰っていますの?」
「とぼけるな! 彼女の教科書を中庭の噴水に投げ捨てたのは誰だ!」
セドリック様が、まるで悪魔を見るような目で私を指差す。
(ああ、あれね。彼女が『新しい教科書を買う口実が欲しい』って言うから、私が古い方を預かってリサイクルショップに売ってあげたのよ。噴水に捨てたのは、中身を抜いた後のただの表紙だけ。環境に配慮した水溶性のマジック道具だったんだけどな)
「それは……その……」
「さらに、彼女の大切なドレスに紅茶をぶちまけたことも忘れたとは言わせんぞ!」
「あれは……わざとではございませんわ」
(そうよ。最新の『一瞬で汚れを消し去る魔法薬』の実験台になってもらっただけよ。おかげで彼女のドレス、買った時よりシルクの光沢が増してピカピカになったんだから。実質、高級エステでしょうが)
私はハンカチを顔に当て、肩を震わせた。
周囲の貴族たちは、私のこの態度を「罪を指摘されて動揺している」と受け取ったようだ。
「なんて恐ろしい令嬢だ。公爵家の権力を傘に着て、あんなに可憐なマリアンヌ様をいじめるなんて」
「セドリック様が正義を下してくださって本当に良かった」
外野のヒソヒソ声が心地よく耳に届く。
そうよ、もっと言って! 私は最低の悪女! 王子にふさわしくない、婚約破棄されて当然の女なのよ!
「ルルノ、貴様に最後通牒だ。この場から直ちに立ち去れ! 二度と私の前に、そしてマリアンヌの前に現れるな!」
「セドリック様、そこまで仰らなくても……。ルルノ様が可哀想ですわ……」
マリアンヌがわざとらしく、上目遣いでセドリック様を宥める。
いいわよマリアンヌ、その「慈悲深い聖女」っぷり! あなたの評価も上がって私の目的も達成される、まさにウィンウィンの関係ね!
「マリアンヌ、君は優しすぎる。こんな女に情けをかける必要はない」
「……分かりましたわ。セドリック様がそこまで私を拒絶なさるのでしたら」
私は深々と頭を下げた。
顔を上げると、わざと目に涙を溜めて(これはタマネギ成分を仕込んだハンカチのおかげだ)、悲劇のヒロインを演じる。
「謹んで、婚約破棄をお受けいたします。……さようなら、私の愛したセドリック様」
(愛したことなんて一秒たりともないけどね! 私の本命は、あなたの数万倍素敵なお兄様の方なんだから!)
私は翻り、ドレスの裾を翻して会場の出口へと向かった。
足取りは軽やかになりそうだったが、そこはプロの悪役令嬢として、重い足取りを装う。
会場を出れば、私の勝ちだ。
これでもう、セドリック様の「今日の僕の筋肉はどうだい?」という筋肉自慢に付き合わなくて済むし、お見合いを強制されることもない。
自由だ! 私はついに自由を手に入れたのだ!
しかし、大きな扉を抜ける寸前、私の行く手を遮る影があった。
「――実に見事な大根役者だな」
頭上から降ってきたのは、低くて、冷たくて、けれど鼓膜を甘く揺さぶるようなテノール。
私の心臓が、セドリック様の怒声の時とは比べものにならない速さで跳ねた。
ゆっくりと視線を上げると、そこには第一王子、アラルク・ヴァイン様が立っていた。
月の光を溶かし込んだような銀髪。すべてを見透かすような、深いサファイア色の瞳。
この国、いや、この世界の宝と言っても過言ではない、私の愛しの「推し」がそこにいた。
(ぎゃああああ! アラルク様! 至近距離! 顔が良い! 存在が尊い!)
私は内心で荒ぶりながらも、必死に「傷心の令嬢」の仮面を維持した。
「……アラルク様。何をおっしゃっているのか、私には分かりかねますわ」
「ほう。あれほど分かりやすく口角が緩んでいたのにか?」
アラルク様が、わずかに身を乗り出してきた。
極上の香水の匂いが鼻をかすめる。もう、このままここで窒息死しても悔いはない。
「弟に捨てられた悲劇の令嬢を演じるのは、そのあたりにしておけ。ルルノ嬢、君には聞きたいことが山ほどある」
「あら、私のような悪女に、次期国王たるアラルク様が何の御用でしょう? 私は今から、実家で涙に暮れる予定なのですが」
「涙? 酒の間違いではないのか?」
(……ギクリ。どうしてバレたのかしら。今夜は自室で最高級のワインを開けて、一人祝杯を挙げる予定だったのに)
アラルク様はフッと冷ややかな、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「セドリックは馬鹿だから騙せても、俺の目は誤魔化せないぞ。君がわざわざマリアンヌ嬢と密会し、演技指導をしていたことも、すべて把握している」
「…………」
私は沈黙した。
えっ、えっ、いつから? どの段階からバレていたの?
マリアンヌと一緒に、いかに「婚約破棄されるにふさわしい嫌がらせ」を考案していた作戦会議も見られていたというの?
「君の目的は何だ。王家を混乱させることか? それとも、別の狙いがあるのか?」
アラルク様の瞳が鋭く光る。
その迫力に圧倒されながらも、私の脳内では別の思考がフル回転していた。
(……やばい。この人、私が悪役を演じていたことを知った上で、私に興味を持ってる? これって、もしかして……チャンスじゃない!?)
私は扇子で顔の下半分を隠し、目を伏せた。
「……アラルク様。もし、私がわざと嫌われるようなことをしていたとしたら、その理由を想像していただけませんか?」
「想像しろ、だと?」
「はい。……本当は、誰の隣にいたかったのか。誰の視線を惹きたかったのか」
私は上目遣いで、アラルク様をじっと見つめた。
セドリック様には一度も見せたことのない、一世一代の「女の武器」を詰め込んだ視線だ。
アラルク様は一瞬、目を見開いた。
完璧な鉄面皮が、わずかに揺らいだのを私は見逃さなかった。
「……君は、まさか」
「本当の『悪女』が何を考えているか、お知りになりたいですか? 殿下」
私は彼にだけ聞こえるような囁き声で言い、彼の横をすり抜けた。
心臓は今にも口から飛び出しそうだったが、背筋を伸ばし、優雅に会場を後にする。
背後に、アラルク様の強い視線を感じる。
婚約破棄という第一段階はクリア。
そして、まさかの「本命」からの関心という、特大のボーナスまで舞い込んできた。
(計画変更よ! ただの自由を謳歌するんじゃない。アラルク様の心、私が全力で仕留めてみせるわ!)
夜風にあたりながら、私は拳を握りしめた。
悪役令嬢ルルノ・エルバートの、本当の戦いはここから始まるのだ。
きらびやかなシャンデリアが輝く卒業パーティーの会場に、第二王子セドリック様の怒声が響き渡った。
オーケストラの演奏は止まり、談笑していた貴族たちが一斉にこちらを振り返る。
(……きた、きたきたきたぁぁーー!!)
私は扇子をバチンと閉じ、必死に口元のニヤけを抑えた。
震えているのは悲しみからではない。込み上げるガッツポーズを必死に封印しているからだ。
「セドリック様……それは、本気で仰っていますの?」
私はわざと掠れた声を作り、絶望に打ちひしがれた令嬢を演出した。
私の隣では、セドリック様の腕にすがりつき、小刻みに震えているマリアンヌ男爵令嬢がいる。
マリアンヌちゃん、今日の震え方も百点満点ね! 後で約束通り、王都で一番高いパティスリーの新作ケーキセットを贈ってあげるわ。
「今さら白々しい! マリアンヌに対する数々の卑劣な嫌がらせ、もはや弁明の余地などない!」
「嫌がらせ……。具体的に何を指して仰っていますの?」
「とぼけるな! 彼女の教科書を中庭の噴水に投げ捨てたのは誰だ!」
セドリック様が、まるで悪魔を見るような目で私を指差す。
(ああ、あれね。彼女が『新しい教科書を買う口実が欲しい』って言うから、私が古い方を預かってリサイクルショップに売ってあげたのよ。噴水に捨てたのは、中身を抜いた後のただの表紙だけ。環境に配慮した水溶性のマジック道具だったんだけどな)
「それは……その……」
「さらに、彼女の大切なドレスに紅茶をぶちまけたことも忘れたとは言わせんぞ!」
「あれは……わざとではございませんわ」
(そうよ。最新の『一瞬で汚れを消し去る魔法薬』の実験台になってもらっただけよ。おかげで彼女のドレス、買った時よりシルクの光沢が増してピカピカになったんだから。実質、高級エステでしょうが)
私はハンカチを顔に当て、肩を震わせた。
周囲の貴族たちは、私のこの態度を「罪を指摘されて動揺している」と受け取ったようだ。
「なんて恐ろしい令嬢だ。公爵家の権力を傘に着て、あんなに可憐なマリアンヌ様をいじめるなんて」
「セドリック様が正義を下してくださって本当に良かった」
外野のヒソヒソ声が心地よく耳に届く。
そうよ、もっと言って! 私は最低の悪女! 王子にふさわしくない、婚約破棄されて当然の女なのよ!
「ルルノ、貴様に最後通牒だ。この場から直ちに立ち去れ! 二度と私の前に、そしてマリアンヌの前に現れるな!」
「セドリック様、そこまで仰らなくても……。ルルノ様が可哀想ですわ……」
マリアンヌがわざとらしく、上目遣いでセドリック様を宥める。
いいわよマリアンヌ、その「慈悲深い聖女」っぷり! あなたの評価も上がって私の目的も達成される、まさにウィンウィンの関係ね!
「マリアンヌ、君は優しすぎる。こんな女に情けをかける必要はない」
「……分かりましたわ。セドリック様がそこまで私を拒絶なさるのでしたら」
私は深々と頭を下げた。
顔を上げると、わざと目に涙を溜めて(これはタマネギ成分を仕込んだハンカチのおかげだ)、悲劇のヒロインを演じる。
「謹んで、婚約破棄をお受けいたします。……さようなら、私の愛したセドリック様」
(愛したことなんて一秒たりともないけどね! 私の本命は、あなたの数万倍素敵なお兄様の方なんだから!)
私は翻り、ドレスの裾を翻して会場の出口へと向かった。
足取りは軽やかになりそうだったが、そこはプロの悪役令嬢として、重い足取りを装う。
会場を出れば、私の勝ちだ。
これでもう、セドリック様の「今日の僕の筋肉はどうだい?」という筋肉自慢に付き合わなくて済むし、お見合いを強制されることもない。
自由だ! 私はついに自由を手に入れたのだ!
しかし、大きな扉を抜ける寸前、私の行く手を遮る影があった。
「――実に見事な大根役者だな」
頭上から降ってきたのは、低くて、冷たくて、けれど鼓膜を甘く揺さぶるようなテノール。
私の心臓が、セドリック様の怒声の時とは比べものにならない速さで跳ねた。
ゆっくりと視線を上げると、そこには第一王子、アラルク・ヴァイン様が立っていた。
月の光を溶かし込んだような銀髪。すべてを見透かすような、深いサファイア色の瞳。
この国、いや、この世界の宝と言っても過言ではない、私の愛しの「推し」がそこにいた。
(ぎゃああああ! アラルク様! 至近距離! 顔が良い! 存在が尊い!)
私は内心で荒ぶりながらも、必死に「傷心の令嬢」の仮面を維持した。
「……アラルク様。何をおっしゃっているのか、私には分かりかねますわ」
「ほう。あれほど分かりやすく口角が緩んでいたのにか?」
アラルク様が、わずかに身を乗り出してきた。
極上の香水の匂いが鼻をかすめる。もう、このままここで窒息死しても悔いはない。
「弟に捨てられた悲劇の令嬢を演じるのは、そのあたりにしておけ。ルルノ嬢、君には聞きたいことが山ほどある」
「あら、私のような悪女に、次期国王たるアラルク様が何の御用でしょう? 私は今から、実家で涙に暮れる予定なのですが」
「涙? 酒の間違いではないのか?」
(……ギクリ。どうしてバレたのかしら。今夜は自室で最高級のワインを開けて、一人祝杯を挙げる予定だったのに)
アラルク様はフッと冷ややかな、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「セドリックは馬鹿だから騙せても、俺の目は誤魔化せないぞ。君がわざわざマリアンヌ嬢と密会し、演技指導をしていたことも、すべて把握している」
「…………」
私は沈黙した。
えっ、えっ、いつから? どの段階からバレていたの?
マリアンヌと一緒に、いかに「婚約破棄されるにふさわしい嫌がらせ」を考案していた作戦会議も見られていたというの?
「君の目的は何だ。王家を混乱させることか? それとも、別の狙いがあるのか?」
アラルク様の瞳が鋭く光る。
その迫力に圧倒されながらも、私の脳内では別の思考がフル回転していた。
(……やばい。この人、私が悪役を演じていたことを知った上で、私に興味を持ってる? これって、もしかして……チャンスじゃない!?)
私は扇子で顔の下半分を隠し、目を伏せた。
「……アラルク様。もし、私がわざと嫌われるようなことをしていたとしたら、その理由を想像していただけませんか?」
「想像しろ、だと?」
「はい。……本当は、誰の隣にいたかったのか。誰の視線を惹きたかったのか」
私は上目遣いで、アラルク様をじっと見つめた。
セドリック様には一度も見せたことのない、一世一代の「女の武器」を詰め込んだ視線だ。
アラルク様は一瞬、目を見開いた。
完璧な鉄面皮が、わずかに揺らいだのを私は見逃さなかった。
「……君は、まさか」
「本当の『悪女』が何を考えているか、お知りになりたいですか? 殿下」
私は彼にだけ聞こえるような囁き声で言い、彼の横をすり抜けた。
心臓は今にも口から飛び出しそうだったが、背筋を伸ばし、優雅に会場を後にする。
背後に、アラルク様の強い視線を感じる。
婚約破棄という第一段階はクリア。
そして、まさかの「本命」からの関心という、特大のボーナスまで舞い込んできた。
(計画変更よ! ただの自由を謳歌するんじゃない。アラルク様の心、私が全力で仕留めてみせるわ!)
夜風にあたりながら、私は拳を握りしめた。
悪役令嬢ルルノ・エルバートの、本当の戦いはここから始まるのだ。
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