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王宮からの帰り道、エルバート公爵家の屋敷に到着した私を待っていたのは、今にも卒倒しそうな顔をした父――エルバート公爵だった。
彼は玄関ホールに立ち尽くし、私の顔を見るなり、絞り出すような声を出した。
「……ルルノ、話は聞いたぞ。セドリック殿下にあんな無体な断罪をされたそうだな」
父の目は赤く腫れている。どうやら、娘が婚約破棄されたショックで泣いていたらしい。
(お父様、ごめんなさい。でもその『無体な断罪』、私の自作自演なんですの)
私はハンカチでそっと目元を抑え、絶望に震える令嬢を完璧に演じた。
「お父様……。私の不徳の致すところでございます。マリアンヌ様という真実の愛を見つけた殿下を、私は引き止めることができませんでしたわ」
「ああ、なんということだ! 我が娘がこれほどまでに傷ついているというのに、あの第二王子め……。公爵家を何だと思っているのだ!」
「お父様、落ち着いてくださいませ。……それで、王家からはどのような沙汰が?」
私は密かに、本題へと切り込んだ。
婚約破棄の次に来るのは、定番の「追放」か、あるいは「謹慎」だ。
父は苦々しげに、一枚の書状を私に見せた。
「……一ヶ月の『実家待機』だ。表向きは反省を促すためだが、要するに謹慎処分だな。王家としても、公爵家の娘をむやみに罰するわけにはいかないのだろうが……」
(一ヶ月の実家待機! やった、長期休暇確定じゃない!)
私は心の中で、今日一番のサンバを踊り明かした。
一ヶ月もあれば、アラルク様の公務スケジュールを洗い出し、偶然を装った再会場所を百箇所くらい選定できる。
「一ヶ月、外出禁止……。ああ、なんて厳しい処罰かしら。私は自分の部屋で、静かに涙を流して過ごしますわ……」
「ルルノ、すまない。私が無力なばかりに、お前にこんな屈辱を……。せめて食事だけは、お前の好きなものを何でも用意させよう!」
「ありがとうございます、お父様。……では、最高級のステーキと、口直しに贅沢なパフェをお願いしますわ」
私はふらつく足取りで、自分の部屋へと向かった。
背後で「食欲はあるようで良かった……」という父の安堵の声が聞こえたが、気にしてはいけない。
自室に入り、扉を閉めた瞬間、私は背筋をピンと伸ばした。
「マーサ! 作戦会議よ! 例の『アラルク様・秘蔵フォルダ』を持ってきて!」
控えていたマーサが、手際よく机の上に分厚い革綴じのファイルを広げた。
そこには、アラルク様が過去に公務で訪れた場所、好みの馬の毛色、好きな紅茶の銘柄に至るまで、私が独自に調査(ストーキング)した情報がびっしりと書き込まれている。
「お嬢様、謹慎中ですよ? 大人しく刺繍でもしていたらどうですか」
「馬鹿ね、マーサ。実家待機ということは、外部の目は届かないということよ。つまり、誰にも邪魔されずにアラルク様の攻略ルートを練り直せる黄金の時間なの!」
私はファイルをめくり、アラルク様の似顔絵(私が趣味で描いた超力作)をうっとりと眺めた。
「見て、この涼しげな目元。昨日、あの至近距離で睨まれた時のゾクゾク感がまだ残っているわ。……でも、彼は私が『演技』をしていることを見抜いていた。これは、今までのような安易なアプローチは通じないということね」
「まあ、普通ならドン引きされて終わりですけどね」
「そこがアラルク様の素敵なところよ! 普通の男なら私の美貌に騙されるか、あるいは悪評を真に受けて遠ざける。でも彼は、私の裏側を覗こうとした」
私はペンを手に取り、真っ白な紙に大きく「第一目標:アラルク様の『特別』になる」と書き込んだ。
「まずは、セドリック様とマリアンヌちゃんの様子を把握しなくちゃ。……マリアンヌちゃんに手紙を出して。例の計画通り、セドリック様の『愚痴』をこまめに報告するようにって」
「了解しました。しかし、お嬢様。アラルク様が仰った『試練』というのは、本当にあのお二人を見守るだけでいいのでしょうか」
私はふと、アラルク様の去り際の言葉を思い出した。
『セドリックが、君を失った後にマリアンヌ嬢と幸せになれるかどうか。それを見届けろ』
単なる嫌がらせの代償にしては、少し含みがある言い方だった。
「アラルク様は、弟さんのことを案じているのかしら? ……いえ、あの冷徹な殿下がそんな甘い理由で動くとは思えないわね」
セドリック様は、良く言えば猪突猛進。悪く言えば、周りが見えていないお馬鹿さんだ。
彼がマリアンヌちゃんと幸せになるためには、公爵家という大きな後ろ盾を失ったことによる「現実」に直面しなければならない。
「もしかしてアラルク様、私が裏で糸を引いて、セドリック様を更生させることを期待しているの……?」
「お嬢様に、そんな建設的なことができますかね?」
「失礼ね! 私はこれでも、彼を『婚約破棄』というゴールまで導いたプロデューサーよ?」
私は不敵な笑みを浮かべた。
「いいわ。一ヶ月の謹慎期間。私は部屋に籠もって、セドリック様とマリアンヌちゃんを『完璧なカップル』に仕立て上げ、アラルク様に『君の教育のおかげだね』って褒めてもらうのよ!」
「……褒められるどころか、引かれる未来しか見えませんが」
マーサのツッコミを無視し、私はアラルク様の肖像画に向かって投げキッスを送った。
実家待機という名の、オタ活強化合宿。
ルルノ・エルバートの情熱は、部屋の温度を三度ほど上昇させる勢いで燃え上がっていた。
彼は玄関ホールに立ち尽くし、私の顔を見るなり、絞り出すような声を出した。
「……ルルノ、話は聞いたぞ。セドリック殿下にあんな無体な断罪をされたそうだな」
父の目は赤く腫れている。どうやら、娘が婚約破棄されたショックで泣いていたらしい。
(お父様、ごめんなさい。でもその『無体な断罪』、私の自作自演なんですの)
私はハンカチでそっと目元を抑え、絶望に震える令嬢を完璧に演じた。
「お父様……。私の不徳の致すところでございます。マリアンヌ様という真実の愛を見つけた殿下を、私は引き止めることができませんでしたわ」
「ああ、なんということだ! 我が娘がこれほどまでに傷ついているというのに、あの第二王子め……。公爵家を何だと思っているのだ!」
「お父様、落ち着いてくださいませ。……それで、王家からはどのような沙汰が?」
私は密かに、本題へと切り込んだ。
婚約破棄の次に来るのは、定番の「追放」か、あるいは「謹慎」だ。
父は苦々しげに、一枚の書状を私に見せた。
「……一ヶ月の『実家待機』だ。表向きは反省を促すためだが、要するに謹慎処分だな。王家としても、公爵家の娘をむやみに罰するわけにはいかないのだろうが……」
(一ヶ月の実家待機! やった、長期休暇確定じゃない!)
私は心の中で、今日一番のサンバを踊り明かした。
一ヶ月もあれば、アラルク様の公務スケジュールを洗い出し、偶然を装った再会場所を百箇所くらい選定できる。
「一ヶ月、外出禁止……。ああ、なんて厳しい処罰かしら。私は自分の部屋で、静かに涙を流して過ごしますわ……」
「ルルノ、すまない。私が無力なばかりに、お前にこんな屈辱を……。せめて食事だけは、お前の好きなものを何でも用意させよう!」
「ありがとうございます、お父様。……では、最高級のステーキと、口直しに贅沢なパフェをお願いしますわ」
私はふらつく足取りで、自分の部屋へと向かった。
背後で「食欲はあるようで良かった……」という父の安堵の声が聞こえたが、気にしてはいけない。
自室に入り、扉を閉めた瞬間、私は背筋をピンと伸ばした。
「マーサ! 作戦会議よ! 例の『アラルク様・秘蔵フォルダ』を持ってきて!」
控えていたマーサが、手際よく机の上に分厚い革綴じのファイルを広げた。
そこには、アラルク様が過去に公務で訪れた場所、好みの馬の毛色、好きな紅茶の銘柄に至るまで、私が独自に調査(ストーキング)した情報がびっしりと書き込まれている。
「お嬢様、謹慎中ですよ? 大人しく刺繍でもしていたらどうですか」
「馬鹿ね、マーサ。実家待機ということは、外部の目は届かないということよ。つまり、誰にも邪魔されずにアラルク様の攻略ルートを練り直せる黄金の時間なの!」
私はファイルをめくり、アラルク様の似顔絵(私が趣味で描いた超力作)をうっとりと眺めた。
「見て、この涼しげな目元。昨日、あの至近距離で睨まれた時のゾクゾク感がまだ残っているわ。……でも、彼は私が『演技』をしていることを見抜いていた。これは、今までのような安易なアプローチは通じないということね」
「まあ、普通ならドン引きされて終わりですけどね」
「そこがアラルク様の素敵なところよ! 普通の男なら私の美貌に騙されるか、あるいは悪評を真に受けて遠ざける。でも彼は、私の裏側を覗こうとした」
私はペンを手に取り、真っ白な紙に大きく「第一目標:アラルク様の『特別』になる」と書き込んだ。
「まずは、セドリック様とマリアンヌちゃんの様子を把握しなくちゃ。……マリアンヌちゃんに手紙を出して。例の計画通り、セドリック様の『愚痴』をこまめに報告するようにって」
「了解しました。しかし、お嬢様。アラルク様が仰った『試練』というのは、本当にあのお二人を見守るだけでいいのでしょうか」
私はふと、アラルク様の去り際の言葉を思い出した。
『セドリックが、君を失った後にマリアンヌ嬢と幸せになれるかどうか。それを見届けろ』
単なる嫌がらせの代償にしては、少し含みがある言い方だった。
「アラルク様は、弟さんのことを案じているのかしら? ……いえ、あの冷徹な殿下がそんな甘い理由で動くとは思えないわね」
セドリック様は、良く言えば猪突猛進。悪く言えば、周りが見えていないお馬鹿さんだ。
彼がマリアンヌちゃんと幸せになるためには、公爵家という大きな後ろ盾を失ったことによる「現実」に直面しなければならない。
「もしかしてアラルク様、私が裏で糸を引いて、セドリック様を更生させることを期待しているの……?」
「お嬢様に、そんな建設的なことができますかね?」
「失礼ね! 私はこれでも、彼を『婚約破棄』というゴールまで導いたプロデューサーよ?」
私は不敵な笑みを浮かべた。
「いいわ。一ヶ月の謹慎期間。私は部屋に籠もって、セドリック様とマリアンヌちゃんを『完璧なカップル』に仕立て上げ、アラルク様に『君の教育のおかげだね』って褒めてもらうのよ!」
「……褒められるどころか、引かれる未来しか見えませんが」
マーサのツッコミを無視し、私はアラルク様の肖像画に向かって投げキッスを送った。
実家待機という名の、オタ活強化合宿。
ルルノ・エルバートの情熱は、部屋の温度を三度ほど上昇させる勢いで燃え上がっていた。
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