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「さあ、マーサ! ペンと紙を用意して! 歴史に残るラブレター……もとい、公式声明文を書くわよ!」
謹慎二日目の朝。私は天蓋付きのベッドから跳ね起きると、愛用の羽根ペンを握りしめた。
窓の外には小鳥が囀る平和な庭が広がっているが、私の脳内はアラルク様への戦略シミュレーションで爆発寸前だ。
「お嬢様、落ち着いてください。まだ朝の六時ですよ」
パジャマ姿の私に、マーサが冷めた紅茶を差し出す。
「寝てなんていられないわ! アラルク様に『呼び出し』を喰らったのよ? これは、彼が私という存在を『無視できないイレギュラー』として認識した証拠だわ!」
「あるいは、単に『要注意人物』として監視リストに入れただけだと思いますが」
「同じことよ! 無関心よりは、監視されている方がマシだわ!」
私は机に向かい、公爵家特製の高級便箋を広げた。
さて、どう書き出すべきか。
普通に「昨日はありがとうございました」では芸がない。かといって「愛しています、結婚してください」では即座にゴミ箱行きだ。
「……アラルク様が私に求めたのは『セドリック様の恋の行方を見届けろ』という試練。ならば、私は『有能な報告者』としての地位を確立すべきね」
「ほう、具体的ですね」
「まず一通目は、昨日の離宮での『対話』に対する感謝。そして、私がどのように試練に挑むかの決意表明……。そこに、ほんの少しの『毒』を混ぜるのよ」
私はサラサラとペンを走らせた。
『親愛なるアラルク様。昨日は離宮にて、心震えるひと時をありがとうございました。殿下に「大根役者」とお褒めいただいたこと、生涯の宝物といたします』
「お嬢様、それ皮肉にしか聞こえませんよ?」
「いいのよ! あの御方は、慇懃無礼な態度の方が食いつきが良いんだから!」
『さて、仰せつかった「試練」の件ですが。私は現在、謹慎という名の自由時間を謳歌しております。セドリック様とマリアンヌ様については、私の息のかかった……失礼、私の親愛なる友人のマリアンヌ様を通じて、逐次状況を把握する所存です』
「息のかかった、って言っちゃってますよ」
「書き直したわよ! ……よし、ここが重要ね。
『殿下、昨夜仰った「深い場所」での対話についてですが、私は今からその日を楽しみに、地下牢の掃除でもしておきましょうか? それとも、王宮の書庫の奥深くのことでしょうか。いずれにせよ、私はあなたの「謎」を解き明かすまで、決して諦めません。――あなたの忠実なる悪女、ルルノより』」
私は完璧なドヤ顔で手紙を封じた。
シーリングワックスは、アラルク様の瞳の色に近い、深い青色のものを選ぶ。
「……これを王宮へ?」
「ええ。至急よ、マーサ! アラルク様が朝の公務を終え、一息つくタイミングで届くようにして」
「承知いたしました。……殿下がこれを見て、頭を抱える姿が目に浮かびます」
マーサが部屋を出ていった後、私は一人、ベッドにダイブした。
(あああ、送っちゃったわ! 『あなたの忠実なる悪女』なんて、ちょっと攻めすぎたかしら!?)
枕に顔を埋めて悶絶する。
でも、これでいい。
アラルク様は、完璧すぎて周囲から恐れられ、敬遠されている。
彼に物怖じせず、むしろ楽しそうに踏み込んでくる女など、私くらいのものだ。
「さて、次は推し事の第二段階よ」
私は起き上がると、部屋の隅にある重厚なタンスの隠し引き出しを開けた。
そこには、アラルク様に関連する「戦利品」が納められている。
彼が夜会で一度だけ使ったグラスの結露を拭いたナプキン(未使用)、彼が狩猟祭で射抜いた獲物の羽根(を拾ったもの)、そして彼が書いた公文書の写し(を文官から高値で買い取ったもの)。
「はぁ……。この端正な文字。筆圧の強さに、彼の決断力とS気が滲み出ているわ……」
私は写しの文字を指でなぞりながら、うっとりとため息をついた。
前世とか転生とか、そんなオカルトじみた話ではない。
私はただ、この世界の「アラルク・ヴァイン」という男の造形美と内面に、魂を奪われただけの熱狂的なファンなのだ。
セドリック様との婚約なんて、私にとっては「推しの弟」と義務的に繋がっているだけの苦行でしかなかった。
「待っていてくださいね、アラルク様。一ヶ月の謹慎が終わる頃には、あなたは私の『悪役演技』なしでは一日も過ごせなくなっているはずですから……ふふ、ふふふふふ!」
部屋に響く私の高笑い。
その頃、王宮の執務室では、一通の手紙を読み終えたアラルク様が、本当にこめかみを押さえていた。
「……『地下牢の掃除』だと? あの女、何を考えている」
彼の口元には、本人も無自覚な、微かな笑みが浮かんでいたことを――。
ルルノが知るのは、もう少し先の話である。
謹慎二日目の朝。私は天蓋付きのベッドから跳ね起きると、愛用の羽根ペンを握りしめた。
窓の外には小鳥が囀る平和な庭が広がっているが、私の脳内はアラルク様への戦略シミュレーションで爆発寸前だ。
「お嬢様、落ち着いてください。まだ朝の六時ですよ」
パジャマ姿の私に、マーサが冷めた紅茶を差し出す。
「寝てなんていられないわ! アラルク様に『呼び出し』を喰らったのよ? これは、彼が私という存在を『無視できないイレギュラー』として認識した証拠だわ!」
「あるいは、単に『要注意人物』として監視リストに入れただけだと思いますが」
「同じことよ! 無関心よりは、監視されている方がマシだわ!」
私は机に向かい、公爵家特製の高級便箋を広げた。
さて、どう書き出すべきか。
普通に「昨日はありがとうございました」では芸がない。かといって「愛しています、結婚してください」では即座にゴミ箱行きだ。
「……アラルク様が私に求めたのは『セドリック様の恋の行方を見届けろ』という試練。ならば、私は『有能な報告者』としての地位を確立すべきね」
「ほう、具体的ですね」
「まず一通目は、昨日の離宮での『対話』に対する感謝。そして、私がどのように試練に挑むかの決意表明……。そこに、ほんの少しの『毒』を混ぜるのよ」
私はサラサラとペンを走らせた。
『親愛なるアラルク様。昨日は離宮にて、心震えるひと時をありがとうございました。殿下に「大根役者」とお褒めいただいたこと、生涯の宝物といたします』
「お嬢様、それ皮肉にしか聞こえませんよ?」
「いいのよ! あの御方は、慇懃無礼な態度の方が食いつきが良いんだから!」
『さて、仰せつかった「試練」の件ですが。私は現在、謹慎という名の自由時間を謳歌しております。セドリック様とマリアンヌ様については、私の息のかかった……失礼、私の親愛なる友人のマリアンヌ様を通じて、逐次状況を把握する所存です』
「息のかかった、って言っちゃってますよ」
「書き直したわよ! ……よし、ここが重要ね。
『殿下、昨夜仰った「深い場所」での対話についてですが、私は今からその日を楽しみに、地下牢の掃除でもしておきましょうか? それとも、王宮の書庫の奥深くのことでしょうか。いずれにせよ、私はあなたの「謎」を解き明かすまで、決して諦めません。――あなたの忠実なる悪女、ルルノより』」
私は完璧なドヤ顔で手紙を封じた。
シーリングワックスは、アラルク様の瞳の色に近い、深い青色のものを選ぶ。
「……これを王宮へ?」
「ええ。至急よ、マーサ! アラルク様が朝の公務を終え、一息つくタイミングで届くようにして」
「承知いたしました。……殿下がこれを見て、頭を抱える姿が目に浮かびます」
マーサが部屋を出ていった後、私は一人、ベッドにダイブした。
(あああ、送っちゃったわ! 『あなたの忠実なる悪女』なんて、ちょっと攻めすぎたかしら!?)
枕に顔を埋めて悶絶する。
でも、これでいい。
アラルク様は、完璧すぎて周囲から恐れられ、敬遠されている。
彼に物怖じせず、むしろ楽しそうに踏み込んでくる女など、私くらいのものだ。
「さて、次は推し事の第二段階よ」
私は起き上がると、部屋の隅にある重厚なタンスの隠し引き出しを開けた。
そこには、アラルク様に関連する「戦利品」が納められている。
彼が夜会で一度だけ使ったグラスの結露を拭いたナプキン(未使用)、彼が狩猟祭で射抜いた獲物の羽根(を拾ったもの)、そして彼が書いた公文書の写し(を文官から高値で買い取ったもの)。
「はぁ……。この端正な文字。筆圧の強さに、彼の決断力とS気が滲み出ているわ……」
私は写しの文字を指でなぞりながら、うっとりとため息をついた。
前世とか転生とか、そんなオカルトじみた話ではない。
私はただ、この世界の「アラルク・ヴァイン」という男の造形美と内面に、魂を奪われただけの熱狂的なファンなのだ。
セドリック様との婚約なんて、私にとっては「推しの弟」と義務的に繋がっているだけの苦行でしかなかった。
「待っていてくださいね、アラルク様。一ヶ月の謹慎が終わる頃には、あなたは私の『悪役演技』なしでは一日も過ごせなくなっているはずですから……ふふ、ふふふふふ!」
部屋に響く私の高笑い。
その頃、王宮の執務室では、一通の手紙を読み終えたアラルク様が、本当にこめかみを押さえていた。
「……『地下牢の掃除』だと? あの女、何を考えている」
彼の口元には、本人も無自覚な、微かな笑みが浮かんでいたことを――。
ルルノが知るのは、もう少し先の話である。
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