私が本当に好きなのは、元婚約者の完璧すぎる兄上なんです

夏乃みのり

文字の大きさ
15 / 28

15

「……ルルノ・エルバート。顔を上げなさい」

 重厚な扉の向こう、王宮の最奥にある謁見の間。

 そこに鎮座していたのは、現国王の正妃にして、アラルク様とセドリック様の母君であるヴィクトリア王妃様だった。

 その鋭い眼光は、まるで獲物の急所を瞬時に見抜く鷹のようだ。

(……きたわ。ついにラスボス、王妃様の御幸(みゆき)よ。ここで『不潔な女め、二度と息子に近づくな!』って手切れ金を投げつけられるのかしら。それはそれで、悪役令嬢としての実績解除っぽくて熱いわね!)

 私は、震える(フリをした)肩を抱きながら、ゆっくりと顔を上げた。

「王妃様……。謹慎中の身でありながら、このような場所へ呼び出されたこと、恐悦至極に存じますわ」

「しらじらしいわね。アラルクを連れ回して街でデートをしていたという報告は受けているわよ」

「あら、あれは『取り調べ』という名の公務に協力していただけでして……」

「……ふん。その減り口、噂通りだわ」

 王妃様はフッと口角を上げた。

 意外なことに、その表情に敵意はない。むしろ、品定めをするような好奇心が勝っている。

「単刀直入に言うわ。ルルノ、貴女に仕事を依頼したいの」

「仕事……ですわか? 私のような、婚約破棄されたばかりの汚れた令嬢に?」

「ええ。貴女のその『汚れ』が必要なのよ。……アラルクの周囲に群がる、図々しい羽虫どもを掃除するためのね」

 王妃様は、テーブルの上に広げられた山のような釣書(つりがき)を、忌々しげに扇子で払った。

「アラルクが次期国王として正式に指名されてからというもの、国内外から『自称・淑女』たちが押し寄せてきているわ。あの子は冷徹に見えて、意外と公的な場での無礼には寛容なの。だから、羽虫たちがつけ上がる」

(……分かるわ。アラルク様のあの氷の微笑を、自分への特別だと勘違いする令嬢は後を絶たないものね。あのお方は、ただ単にゴミを見るような目で見ていただけなのに!)

「そこで、貴女の出番よ。ルルノ。貴女がアラルクの『最愛の悪女』として彼の隣に居座り、寄ってくる女たちを片っ端からなぎ倒してほしいの」

「つまり……アラルク様の公式な『魔除け』になれ、ということですわね?」

「言い方は悪いけれど、その通りよ。貴女なら、嫉妬に狂った悪役令嬢のフリをして、容赦なく彼女たちを排除できるでしょう?」

 私は、内心で特大のファンファーレを鳴らした。

 なんという好条件。

 アラルク様の隣に堂々と居座り、かつ、大好きな「悪役令嬢ごっこ」を公認で続けられるなんて!

「……王妃様。そのお仕事、謹んでお引き受けいたしますわ」

 私は深々とカーテシーをした。

「ただし。あまりにも私がやりすぎて、殿下の評判がさらに下がってしまっても、責任は持てませんことよ?」

「構わないわ。あの子の評判なんて、もうこれ以上下がりようがないもの。……あ、それと。報酬は望むものを出すわ。何がいい?」

「アラルク様の、朝起きた瞬間の寝起き写真を要求してもよろしいかしら?」

「…………。……貴女、本当に救いようのない子ね。……検討しておくわ」

 王妃様が呆れ果てた顔で私を下がらせようとした、その時。

「――母上。勝手に俺の『魔除け』を雇用するのはやめていただきたい」

 背後の扉が開き、アラルク様が悠然と入ってきた。

「アラルク。あら、ちょうどいいわ。ルルノさんと今、契約を交わしたところよ」

「……ルルノ。君、また余計なことを引き受けたな」

 アラルク様は私の隣に立つと、大きな手で私の頭を乱暴に撫でた。

(……きゃっ! 頭ポンポン! ではなくて、頭ワシャワシャ! アラルク様の握力が伝わってきて幸せ……!)

「殿下、私は王家のためにこの身を捧げる覚悟を決めましたの。今日から私は、あなたの盾であり、矛であり、……そして最高の『毒』になりますわ」

「ふん。……毒、か。勝手にするがいい。だが、俺の目の届かないところで勝手に壊れるなよ」

 アラルク様はそう言うと、私の手首を掴んで強引に引き寄せた。

「母上、この女は俺が連れて行く。……まだ、昨日の『取り調べ』の続きが終わっていないのでな」

「あらあら。……お手柔らかにね、アラルク」

 王妃様の楽しげな声を背中で聞きながら、私はアラルク様に引きずられるようにして部屋を出た。

 廊下を歩くアラルク様の横顔は、少しだけ機嫌が悪そうで、けれどどこか満足げでもあった。

(……ふふふ。再雇用、万歳! これで私は、世界で唯一の『公認悪役令嬢』だわ!)

 私の推し活は、ついに国家レベルのプロジェクトへと昇華したのである。
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

《完結》とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。 オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。 それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが… ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。 自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。 正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。 そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが… ※カクヨム、なろうでも投稿しています。 よろしくお願いします。