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「……ルルノ・エルバート。顔を上げなさい」
重厚な扉の向こう、王宮の最奥にある謁見の間。
そこに鎮座していたのは、現国王の正妃にして、アラルク様とセドリック様の母君であるヴィクトリア王妃様だった。
その鋭い眼光は、まるで獲物の急所を瞬時に見抜く鷹のようだ。
(……きたわ。ついにラスボス、王妃様の御幸(みゆき)よ。ここで『不潔な女め、二度と息子に近づくな!』って手切れ金を投げつけられるのかしら。それはそれで、悪役令嬢としての実績解除っぽくて熱いわね!)
私は、震える(フリをした)肩を抱きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「王妃様……。謹慎中の身でありながら、このような場所へ呼び出されたこと、恐悦至極に存じますわ」
「しらじらしいわね。アラルクを連れ回して街でデートをしていたという報告は受けているわよ」
「あら、あれは『取り調べ』という名の公務に協力していただけでして……」
「……ふん。その減り口、噂通りだわ」
王妃様はフッと口角を上げた。
意外なことに、その表情に敵意はない。むしろ、品定めをするような好奇心が勝っている。
「単刀直入に言うわ。ルルノ、貴女に仕事を依頼したいの」
「仕事……ですわか? 私のような、婚約破棄されたばかりの汚れた令嬢に?」
「ええ。貴女のその『汚れ』が必要なのよ。……アラルクの周囲に群がる、図々しい羽虫どもを掃除するためのね」
王妃様は、テーブルの上に広げられた山のような釣書(つりがき)を、忌々しげに扇子で払った。
「アラルクが次期国王として正式に指名されてからというもの、国内外から『自称・淑女』たちが押し寄せてきているわ。あの子は冷徹に見えて、意外と公的な場での無礼には寛容なの。だから、羽虫たちがつけ上がる」
(……分かるわ。アラルク様のあの氷の微笑を、自分への特別だと勘違いする令嬢は後を絶たないものね。あのお方は、ただ単にゴミを見るような目で見ていただけなのに!)
「そこで、貴女の出番よ。ルルノ。貴女がアラルクの『最愛の悪女』として彼の隣に居座り、寄ってくる女たちを片っ端からなぎ倒してほしいの」
「つまり……アラルク様の公式な『魔除け』になれ、ということですわね?」
「言い方は悪いけれど、その通りよ。貴女なら、嫉妬に狂った悪役令嬢のフリをして、容赦なく彼女たちを排除できるでしょう?」
私は、内心で特大のファンファーレを鳴らした。
なんという好条件。
アラルク様の隣に堂々と居座り、かつ、大好きな「悪役令嬢ごっこ」を公認で続けられるなんて!
「……王妃様。そのお仕事、謹んでお引き受けいたしますわ」
私は深々とカーテシーをした。
「ただし。あまりにも私がやりすぎて、殿下の評判がさらに下がってしまっても、責任は持てませんことよ?」
「構わないわ。あの子の評判なんて、もうこれ以上下がりようがないもの。……あ、それと。報酬は望むものを出すわ。何がいい?」
「アラルク様の、朝起きた瞬間の寝起き写真を要求してもよろしいかしら?」
「…………。……貴女、本当に救いようのない子ね。……検討しておくわ」
王妃様が呆れ果てた顔で私を下がらせようとした、その時。
「――母上。勝手に俺の『魔除け』を雇用するのはやめていただきたい」
背後の扉が開き、アラルク様が悠然と入ってきた。
「アラルク。あら、ちょうどいいわ。ルルノさんと今、契約を交わしたところよ」
「……ルルノ。君、また余計なことを引き受けたな」
アラルク様は私の隣に立つと、大きな手で私の頭を乱暴に撫でた。
(……きゃっ! 頭ポンポン! ではなくて、頭ワシャワシャ! アラルク様の握力が伝わってきて幸せ……!)
「殿下、私は王家のためにこの身を捧げる覚悟を決めましたの。今日から私は、あなたの盾であり、矛であり、……そして最高の『毒』になりますわ」
「ふん。……毒、か。勝手にするがいい。だが、俺の目の届かないところで勝手に壊れるなよ」
アラルク様はそう言うと、私の手首を掴んで強引に引き寄せた。
「母上、この女は俺が連れて行く。……まだ、昨日の『取り調べ』の続きが終わっていないのでな」
「あらあら。……お手柔らかにね、アラルク」
王妃様の楽しげな声を背中で聞きながら、私はアラルク様に引きずられるようにして部屋を出た。
廊下を歩くアラルク様の横顔は、少しだけ機嫌が悪そうで、けれどどこか満足げでもあった。
(……ふふふ。再雇用、万歳! これで私は、世界で唯一の『公認悪役令嬢』だわ!)
私の推し活は、ついに国家レベルのプロジェクトへと昇華したのである。
重厚な扉の向こう、王宮の最奥にある謁見の間。
そこに鎮座していたのは、現国王の正妃にして、アラルク様とセドリック様の母君であるヴィクトリア王妃様だった。
その鋭い眼光は、まるで獲物の急所を瞬時に見抜く鷹のようだ。
(……きたわ。ついにラスボス、王妃様の御幸(みゆき)よ。ここで『不潔な女め、二度と息子に近づくな!』って手切れ金を投げつけられるのかしら。それはそれで、悪役令嬢としての実績解除っぽくて熱いわね!)
私は、震える(フリをした)肩を抱きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「王妃様……。謹慎中の身でありながら、このような場所へ呼び出されたこと、恐悦至極に存じますわ」
「しらじらしいわね。アラルクを連れ回して街でデートをしていたという報告は受けているわよ」
「あら、あれは『取り調べ』という名の公務に協力していただけでして……」
「……ふん。その減り口、噂通りだわ」
王妃様はフッと口角を上げた。
意外なことに、その表情に敵意はない。むしろ、品定めをするような好奇心が勝っている。
「単刀直入に言うわ。ルルノ、貴女に仕事を依頼したいの」
「仕事……ですわか? 私のような、婚約破棄されたばかりの汚れた令嬢に?」
「ええ。貴女のその『汚れ』が必要なのよ。……アラルクの周囲に群がる、図々しい羽虫どもを掃除するためのね」
王妃様は、テーブルの上に広げられた山のような釣書(つりがき)を、忌々しげに扇子で払った。
「アラルクが次期国王として正式に指名されてからというもの、国内外から『自称・淑女』たちが押し寄せてきているわ。あの子は冷徹に見えて、意外と公的な場での無礼には寛容なの。だから、羽虫たちがつけ上がる」
(……分かるわ。アラルク様のあの氷の微笑を、自分への特別だと勘違いする令嬢は後を絶たないものね。あのお方は、ただ単にゴミを見るような目で見ていただけなのに!)
「そこで、貴女の出番よ。ルルノ。貴女がアラルクの『最愛の悪女』として彼の隣に居座り、寄ってくる女たちを片っ端からなぎ倒してほしいの」
「つまり……アラルク様の公式な『魔除け』になれ、ということですわね?」
「言い方は悪いけれど、その通りよ。貴女なら、嫉妬に狂った悪役令嬢のフリをして、容赦なく彼女たちを排除できるでしょう?」
私は、内心で特大のファンファーレを鳴らした。
なんという好条件。
アラルク様の隣に堂々と居座り、かつ、大好きな「悪役令嬢ごっこ」を公認で続けられるなんて!
「……王妃様。そのお仕事、謹んでお引き受けいたしますわ」
私は深々とカーテシーをした。
「ただし。あまりにも私がやりすぎて、殿下の評判がさらに下がってしまっても、責任は持てませんことよ?」
「構わないわ。あの子の評判なんて、もうこれ以上下がりようがないもの。……あ、それと。報酬は望むものを出すわ。何がいい?」
「アラルク様の、朝起きた瞬間の寝起き写真を要求してもよろしいかしら?」
「…………。……貴女、本当に救いようのない子ね。……検討しておくわ」
王妃様が呆れ果てた顔で私を下がらせようとした、その時。
「――母上。勝手に俺の『魔除け』を雇用するのはやめていただきたい」
背後の扉が開き、アラルク様が悠然と入ってきた。
「アラルク。あら、ちょうどいいわ。ルルノさんと今、契約を交わしたところよ」
「……ルルノ。君、また余計なことを引き受けたな」
アラルク様は私の隣に立つと、大きな手で私の頭を乱暴に撫でた。
(……きゃっ! 頭ポンポン! ではなくて、頭ワシャワシャ! アラルク様の握力が伝わってきて幸せ……!)
「殿下、私は王家のためにこの身を捧げる覚悟を決めましたの。今日から私は、あなたの盾であり、矛であり、……そして最高の『毒』になりますわ」
「ふん。……毒、か。勝手にするがいい。だが、俺の目の届かないところで勝手に壊れるなよ」
アラルク様はそう言うと、私の手首を掴んで強引に引き寄せた。
「母上、この女は俺が連れて行く。……まだ、昨日の『取り調べ』の続きが終わっていないのでな」
「あらあら。……お手柔らかにね、アラルク」
王妃様の楽しげな声を背中で聞きながら、私はアラルク様に引きずられるようにして部屋を出た。
廊下を歩くアラルク様の横顔は、少しだけ機嫌が悪そうで、けれどどこか満足げでもあった。
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