私が本当に好きなのは、元婚約者の完璧すぎる兄上なんです

夏乃みのり

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 お茶会の喧騒が遠のき、私たちは王宮の西塔にある私設図書室へと移動していた。

 ここはアラルク様が許可した者しか入れない、いわば彼の「聖域」だ。

 夕暮れの光がステンドグラスを通り、床に長い影を落としている。

「……さて。盾としての役目は果たしたようだが、ルルノ。君は一つ、大きな勘違いをしているのではないか?」

 アラルク様は大きな革張りの椅子に深く腰掛け、私をじっと見据えた。

「勘違い、ですわか? 私が殿下の唯一無二のパートナー(公式魔除け)であることに、疑いの余地はないと思いますけれど」

 私はあえて不遜な態度で、彼の机の端に腰を下ろした。

 これも「悪女」としての演出だ。本当は足がガクガク震えているけれど。

「ふ。……君は、俺が母上の頼みを聞いて、仕方なく君を隣に置いていると思っているようだが」

「……違うのですか?」

「俺が、自分の意志に反することをする男に見えるか?」

 アラルク様の瞳が、夕闇の中で鋭く光った。

 彼は立ち上がり、私の逃げ場を塞ぐように両手を机についた。

(ぎゃああああ! 机ドン! アラルク様の顔が近い! 夕日の逆光で、睫毛の先まで黄金色に輝いてるわ!)

「俺はな、ルルノ。君がセドリックに婚約破棄を仕掛けていたあの数ヶ月間、ずっと君を見ていた」

「……ストーカー気質ですわね、殿下」

「君に言われたくはない。……君がマリアンヌ嬢と密談し、いかに『嫌われるか』を熱心に議論している姿を見て、俺は思った。……これほどまでに愚かで、これほどまでに愛おしい執念を持つ女を、弟などに渡しておくのは惜しい、とな」

 アラルク様の低い声が、私の鼓膜を優しく震わせる。

 愛おしい……? 今、このお方は私を「愛おしい」と仰ったの!?

「つまり……殿下は、私の芝居を知りながら、わざと放置していたのですか?」

「放置ではない。……君がセドリックから解放される瞬間を、俺は一番特等席で待っていただけだ。……あの夜、君が婚約破棄されて床に崩れ落ちた時、俺がどれほど歓喜していたか分かるか?」

(……この人、私以上の変態だったわ!)

「アラルク様……。それって、私を最初から手に入れるつもりだった、ということですの?」

「そうだ。……魔除けの役目など、君を俺の側に縛り付けるための口実に過ぎない。王妃(母上)を動かしたのは、俺だ」

 アラルク様は私の髪を一房掬い上げ、その先にそっと唇を寄せた。

 冷徹な策士だと思っていた彼の瞳に、隠しきれない独占欲の炎が揺れている。

「君が悪女を演じるなら、俺はそれを飼い慣らす暴君になろう。……ルルノ。君のその腐った本性も、俺への熱烈な信仰心も、すべて俺だけが管理する」

「……っ。……そこまで仰るなら、覚悟してくださいませね」

 私は震える手でアラルク様の襟元を掴み、彼を引き寄せた。

「私は欲張りですわよ。殿下の時間も、視線も、その冷たい心臓の鼓動も。……すべて、私だけのものにして差し上げますわ!」

「ああ。……望むところだ、俺の悪女」

 アラルク様は満足げに笑い、私の額に深い口づけを落とした。

 推しを攻略しているつもりが、いつの間にか推しに捕獲されていた。

 けれど、そんな敗北感さえも、今の私には最高のご褒美だった。
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