私が本当に好きなのは、元婚約者の完璧すぎる兄上なんです

夏乃みのり

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「……ちょっと、マリアンヌさん。貴女、自分がどこの誰だか分かっていらっしゃるの?」

 王宮の回廊の影から、不快な高笑いと、震えるようなか細い声が聞こえてきた。

 アラルク様との甘い(?)尋問時間を終えて上機嫌だった私の足が、ピタリと止まる。

 角を曲がった先で、数人の高位令嬢たちがマリアンヌちゃんを囲んでいた。

「男爵令嬢の分際でセドリック殿下の寵愛を受けるなんて、身の程知らずも甚だしいわ。ルルノ様のような公爵令嬢ですら捨てられたのですもの。貴女なんて、三日もすれば路端の石ころのように放り出されますわよ」

「……あ、あの、私は……」

「あら、口答え? 教育がなっていなくてよ。その安っぽいドレス、見てるだけで吐き気がするわ。……誰か、この子に『冷水』を浴びせて差し上げて? 少しは頭が冷えるでしょう」

 一人の令嬢が、手にしたグラスを掲げる。

 マリアンヌちゃんはギュッと目を閉じ、肩を震わせていた。

(……はぁ。どこの世界にもいるわね、自分より立場の弱い子をいじめて悦に浸る、センスの欠片もない羽虫たちが)

 私はゆっくりと、けれど圧倒的な威圧感を放ちながら、彼女たちの輪に足を踏み入れた。

「――おーっほっほっほ! あら、皆様。随分と賑やかですわね? この私を差し置いて、誰が誰に『冷水』を浴びせると仰ったのかしら?」

 扇子を勢いよく開き、私は令嬢たちの視線を独占した。

「ル、ルルノ・エルバート……!」

「あら、ご存知でしたの? 婚約破棄されてもなお、王宮を我が物顔で歩く厚顔無恥な悪女……ルルノですわ。よろしくて?」

 私はマリアンヌちゃんの前に立ち、彼女を背中に隠した。

 マリアンヌちゃんが私のドレスの裾を、小さな手でギュッと掴むのが分かった。

「ルルノ様、関係ない貴女は引っ込んでいてくださいまし! これは、王家の品位を守るための忠告ですわ!」

「品位? ……数人で一人を囲んで水をかけようとする行為の、どこに品位があるのか教えてくださるかしら?」

 私はわざとらしく首を傾げ、目を細めた。

「マリアンヌ様は、私の『特別なお気に入り』ですの。彼女をいじめていいのは、世界で唯一、この私だけ。……分かりますかしら? 私の獲物に手を出した罪、安くはないわよ?」

「な、何を……! 貴女はもう、セドリック殿下の婚約者ではないはずよ!」

「ええ、そうですわね。……ですが、私は今、アラルク殿下から直々に『魔除け』の全権を委任されておりますの。つまり、私が『この女は不快だ』と判断すれば、その瞬間に貴女方の家門は殿下のブラックリスト入りですわよ。……試してみます?」

 私は極上の、それでいて底冷えするような微笑みを浮かべた。

 令嬢たちは互いに顔を見合わせ、引き攣った表情で後退し始めた。

「……っ、覚えていなさい! そんな傲慢な態度、いつまでも続くはずがないんだから!」

 捨て台詞を残して、彼女たちは逃げるように去っていった。

 静かになった回廊で、私は深くため息をついた。

「……ったく。あんな小物に絡まれて、何をしているのよ、マリアンヌちゃん」

「……うう、ルルノ様……! 怖かったですぅ……!」

 マリアンヌちゃんが私の胸に飛び込んできた。

 私は「よしよし」と彼女の頭を撫でながら、心の中で静かに怒りの炎を燃やした。

(……アラルク様の魔除けだけじゃ足りないわね。私の友達に手を出す奴らは、社会的に再起不能にしてあげなきゃ)

「マリアンヌちゃん、泣かないで。……さっきの令嬢たちの名前、全員控えてあるから。明日から彼女たちの実家の商売に、ちょっとした『悪評』が流れるように手配してあげるわ」

「えっ、ルルノ様……それ、本当の悪役令嬢みたいです……」

「あら、みたいじゃないわよ。本物よ」

 私は不敵に笑い、マリアンヌちゃんの涙を指で拭った。

 私の「悪」は、大切なものを守るためにこそある。

 たとえ世界中を敵に回しても、この小さな友人と、愛するアラルク様だけは、私が完膚なきまでに守り抜いてみせるわ。
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