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「……ちょっと待ちなさい、貴女たち。逃がすとでも思いましたの?」
立ち去ろうとする令嬢たちの背中に、私は氷点下の声を叩きつけた。
ビクゥッ! と見事なシンクロ率で肩を跳ねさせた彼女たちが、恐る恐る振り返る。
「な、何ですの。忠告は済んだはずよ。私たちは忙しいの……」
「あら、マリアンヌちゃんに『冷水』をプレゼントしようとした、その温かなホスピタリティ。まだお返しをしておりませんわ」
私はゆっくりと彼女たちに歩み寄り、一番大きな声で騒いでいた伯爵令嬢の眼前に立った。
彼女の瞳に、私の冷徹な顔が映り込んでいるのが分かる。
「貴女方。自分たちの行いが『正義』だと思っていらっしゃるのでしょうけれど、私から見ればただの『稚拙な集団リンチ』ですわ。悪役を名乗るなら、もっと気高く、もっと合理的に動きなさいな」
「な、何を……っ。貴女のような公爵家の面汚しに、教えを請うつもりはないわ!」
「面汚し、結構ですわ。私は泥の中でも宝石を掴み取るタイプですので。……ところで、貴女の実家のベネット伯爵家。最近、王都の商会とトラブルを抱えていらっしゃるわね?」
伯爵令嬢の顔が、一瞬で土気色に変わった。
「ど、どうしてそれを……」
「あら、悪役令嬢の情報網を舐めないでくださる? そのトラブルの証拠資料……今、私の手元にあると言ったら、貴女はどう動くかしら?」
私は扇子を口元に当て、クスクスと喉を鳴らした。
もちろんハッタリだ。……と言いたいところだが、マーサが事前に集めていた『王都貴族の不祥事リスト』にバッチリ載っていた情報である。
「もしマリアンヌちゃんにこれ以上手を出したら、その資料を明日、アラルク殿下の執務机に『うっかり』忘れてきてしまいますわ。……そうなれば、貴女の家門はどうなるかしらね?」
「ひ、ひぃっ……!」
「さあ、お帰りなさい。二度とその汚い言葉で私の友人を汚さないこと。分かったら……返事は?」
「……わ、分かりましたわ! ごめんなさい!」
彼女たちは今度こそ、脱兎のごとく逃げ出していった。
その必死な走りっぷりに、私は少しだけスカッとした気分になる。
「……ふぅ。マリアンヌちゃん、もう大丈夫よ。あの子たち、当分は私の顔を見るだけで震え上がるはずだから」
私が微笑んで振り返ると、マリアンヌちゃんではなく、別の人物がそこに立っていた。
「――実に見事な脅迫だったな、ルルノ」
頭上から降ってきたのは、聞き間違えるはずのない、低くて美しいバリトン。
「あ、ア、アラルク様!? いつからそこに……」
「『稚拙な集団リンチ』のくだりからだ。……君は本当に、俺を飽きさせないな」
アラルク様は柱の陰から悠然と姿を現すと、私のすぐ目の前で立ち止まった。
夕暮れの光に縁取られた彼の姿は、あまりにも絵になりすぎていて、私の心臓に多大な負荷をかける。
(ぎゃああああ! また見られてた! 私のドスの利いた声、バッチリ聞かれてたぁぁーー!)
「あ、あれは、その、友人を守るための、あくまで演技指導の一環でして……!」
「いいや、あれは本物だった。……そして、そんな君が俺はたまらなく愛おしい」
アラルク様は私の腰を強引に引き寄せ、額をこつんとぶつけてきた。
至近距離で見つめられるサファイア色の瞳。その奥には、先ほどの冷徹な悪女っぷりを称賛するような、深い悦びの色が宿っている。
「誰かを守るために、自ら泥を被り、悪女として君臨する。……ルルノ、君こそが真の『王妃』にふさわしい資質を持っていると思わないか?」
「……は、はい? 王妃?」
「そうだ。……清廉潔白なだけの女では、この国のドロドロとした裏側は掃除しきれない。……君なら、俺の隣で、誰よりも美しく、誰よりも恐ろしく輝いてくれるだろう」
アラルク様は私の耳たぶを甘く噛み、囁いた。
「……惚れ直したぞ。我が誇り高き悪女よ」
(……ひ、ひいいいいい! 惚れ直された! 『真の悪役』っぷりが、最高の求愛行動になっちゃったわ!)
私は顔から火が出るほどの熱を感じながらも、アラルク様の胸に顔を埋めた。
悪役令嬢として生きる道を選んで、本当に良かった。
だって、こんなにも強烈に、世界一素敵な男性から愛されているのだから。
立ち去ろうとする令嬢たちの背中に、私は氷点下の声を叩きつけた。
ビクゥッ! と見事なシンクロ率で肩を跳ねさせた彼女たちが、恐る恐る振り返る。
「な、何ですの。忠告は済んだはずよ。私たちは忙しいの……」
「あら、マリアンヌちゃんに『冷水』をプレゼントしようとした、その温かなホスピタリティ。まだお返しをしておりませんわ」
私はゆっくりと彼女たちに歩み寄り、一番大きな声で騒いでいた伯爵令嬢の眼前に立った。
彼女の瞳に、私の冷徹な顔が映り込んでいるのが分かる。
「貴女方。自分たちの行いが『正義』だと思っていらっしゃるのでしょうけれど、私から見ればただの『稚拙な集団リンチ』ですわ。悪役を名乗るなら、もっと気高く、もっと合理的に動きなさいな」
「な、何を……っ。貴女のような公爵家の面汚しに、教えを請うつもりはないわ!」
「面汚し、結構ですわ。私は泥の中でも宝石を掴み取るタイプですので。……ところで、貴女の実家のベネット伯爵家。最近、王都の商会とトラブルを抱えていらっしゃるわね?」
伯爵令嬢の顔が、一瞬で土気色に変わった。
「ど、どうしてそれを……」
「あら、悪役令嬢の情報網を舐めないでくださる? そのトラブルの証拠資料……今、私の手元にあると言ったら、貴女はどう動くかしら?」
私は扇子を口元に当て、クスクスと喉を鳴らした。
もちろんハッタリだ。……と言いたいところだが、マーサが事前に集めていた『王都貴族の不祥事リスト』にバッチリ載っていた情報である。
「もしマリアンヌちゃんにこれ以上手を出したら、その資料を明日、アラルク殿下の執務机に『うっかり』忘れてきてしまいますわ。……そうなれば、貴女の家門はどうなるかしらね?」
「ひ、ひぃっ……!」
「さあ、お帰りなさい。二度とその汚い言葉で私の友人を汚さないこと。分かったら……返事は?」
「……わ、分かりましたわ! ごめんなさい!」
彼女たちは今度こそ、脱兎のごとく逃げ出していった。
その必死な走りっぷりに、私は少しだけスカッとした気分になる。
「……ふぅ。マリアンヌちゃん、もう大丈夫よ。あの子たち、当分は私の顔を見るだけで震え上がるはずだから」
私が微笑んで振り返ると、マリアンヌちゃんではなく、別の人物がそこに立っていた。
「――実に見事な脅迫だったな、ルルノ」
頭上から降ってきたのは、聞き間違えるはずのない、低くて美しいバリトン。
「あ、ア、アラルク様!? いつからそこに……」
「『稚拙な集団リンチ』のくだりからだ。……君は本当に、俺を飽きさせないな」
アラルク様は柱の陰から悠然と姿を現すと、私のすぐ目の前で立ち止まった。
夕暮れの光に縁取られた彼の姿は、あまりにも絵になりすぎていて、私の心臓に多大な負荷をかける。
(ぎゃああああ! また見られてた! 私のドスの利いた声、バッチリ聞かれてたぁぁーー!)
「あ、あれは、その、友人を守るための、あくまで演技指導の一環でして……!」
「いいや、あれは本物だった。……そして、そんな君が俺はたまらなく愛おしい」
アラルク様は私の腰を強引に引き寄せ、額をこつんとぶつけてきた。
至近距離で見つめられるサファイア色の瞳。その奥には、先ほどの冷徹な悪女っぷりを称賛するような、深い悦びの色が宿っている。
「誰かを守るために、自ら泥を被り、悪女として君臨する。……ルルノ、君こそが真の『王妃』にふさわしい資質を持っていると思わないか?」
「……は、はい? 王妃?」
「そうだ。……清廉潔白なだけの女では、この国のドロドロとした裏側は掃除しきれない。……君なら、俺の隣で、誰よりも美しく、誰よりも恐ろしく輝いてくれるだろう」
アラルク様は私の耳たぶを甘く噛み、囁いた。
「……惚れ直したぞ。我が誇り高き悪女よ」
(……ひ、ひいいいいい! 惚れ直された! 『真の悪役』っぷりが、最高の求愛行動になっちゃったわ!)
私は顔から火が出るほどの熱を感じながらも、アラルク様の胸に顔を埋めた。
悪役令嬢として生きる道を選んで、本当に良かった。
だって、こんなにも強烈に、世界一素敵な男性から愛されているのだから。
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