私が本当に好きなのは、元婚約者の完璧すぎる兄上なんです

夏乃みのり

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「……はぁ、はぁ! 見てくれルルノ! 僕の大胸筋が、君への愛で過去最高にパンプアップしているよ!」

 王宮の訓練場。泥と汗にまみれ、何故か丸太を担ぎながらスクワットを繰り返すセドリック様を前に、私は深い、深いため息をついた。

 国王陛下から仰せつかった『セドリック更生計画』。その第一歩は、彼の脳内にこびりついた「ルルノは僕を愛している」という呪いを解くことにある。

「セドリック様。……いい加減にその丸太を捨てて、こちらへいらっしゃいませ。最後のお話がございますの」

 私は、純白のドレスに毒々しい真紅の薔薇を指し、冷徹な『悪役令嬢』としての正装で彼の前に立った。

 セドリック様は丸太をドスンと放り投げ、目を輝かせて駆け寄ってくる。

「最後のお話!? もしや、駆け落ちの相談か!? 兄上の目を盗んで、二人で筋肉の聖地・マッスル島へ……」

「そんな島、この国の地図にはございませんわ。……セドリック様。貴方は、私がどうして貴方の教科書を売り、ドレスを汚したか、本当の理由をお知りになりたい?」

 私はあえて声を低くし、冷たい風が吹くような眼差しで彼を見据えた。

 セドリック様はゴクリと唾を呑み込み、真剣な表情になる。

「……君の歪んだ、不器用な愛の表現……だろう?」

「いいえ。……単なる『投資』ですわ」

「……投資?」

「ええ。貴方をマリアンヌちゃんに押し付け、私は自由の身となってアラルク様を手に入れる。そのための、冷徹な計算に基づいた投資ですわ。……貴方がマリアンヌちゃんを『真実の愛』だと勘違いしてくれたおかげで、私の計画は百点満点で進みましたのよ?」

 私は扇子で口元を隠し、高慢に笑った。

(よし、ここからが本番よ。徹底的に絶望させて、あきらめさせるのよ!)

「セドリック様、貴方はずっと私の手のひらで踊らされていた、ただの『道化』ですわ。私が貴方に贈ったあのドブネズミ色のマフラー……あれ、実は雑巾にするつもりで編み損じたゴミでしたのよ?」

「……ゴミ……?」

「そう、ゴミですわ! それを貴方が大切に首に巻いているのを見て、裏でマリアンヌちゃんとどれほど笑い転げたことか! 貴方のその自慢の筋肉も、私にとってはただの暑苦しい肉の塊。アラルク様の、あの繊細で知的な指先の一本にも及びませんわ!」

 私は一歩詰め寄り、震えるセドリック様の胸板を扇子でピシャリと叩いた。

「貴方はもう、私にとって利用価値のない『元・婚約者』というだけの抜け殻ですの。……さあ、いい加減に現実をご覧なさい! 貴方を心から心配し、汚れた貴方の顔を拭ってくれるのは、私ではなくマリアンヌちゃんだけなんですのよ!」

 訓練場の隅でオドオドと控えていたマリアンヌちゃんが、私の合図を受けて飛び出してきた。

「セ、セドリック様! ルルノ様は……ルルノ様は、貴方のことを思って、あえて厳しいことを仰っているんです!(※大嘘)」

「……ルルノ。君は、僕を……笑っていたのか? 僕の愛を、ゴミだと……」

 セドリック様の大きな瞳から、ポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 その肩が、筋肉の重みではなく、絶望の重みで激しく震えている。

(ごめんなさい、セドリック様。でも、これで貴方は前を向けるはずよ。……筋肉は裏切らないけれど、私は最初から貴方の味方じゃなかったんだから!)

「……分かった。……ルルノ。君がそこまで僕を……、いや、アラルク兄上を愛しているというのなら、僕は……僕は、潔く身を引こう」

 セドリック様は、マリアンヌちゃんが差し出したハンカチで顔を覆い、声を殺して泣いた。

「僕は、君の隣に立つために筋肉を鍛えてきた……。でも、君が求めていたのは筋肉ではなく、兄上の知性だったんだね……。僕は……僕は、一から出直すよ。筋肉だけでなく、心も鍛え直して、マリアンヌを幸せにできる男に……!」

「……セドリック様! 私、一生ついていきますわ!」

 マリアンヌちゃんがセドリック様に抱きつく。

 ……よし。完璧だわ。

 私は、自分の『悪役演技』が最高のハッピーエンドを引き寄せたことに、内心でガッツポーズをした。

「――実に見事な大芝居だったな、ルルノ」

 背後から、いつものように低く甘い声が聞こえてくる。

 振り返ると、柱に寄りかかって一部始終を見ていたアラルク様が、優雅に拍手を送っていた。

「ア、アラルク様……。見ていらしたのですか?」

「ああ。君が『ドブネズミのゴミ』と言い切った瞬間、少しだけあいつが不憫になったが……。まあ、これでようやく俺たちの邪魔者はいなくなったわけだ」

 アラルク様は私に歩み寄り、涙ぐんでいる私の目元を指先で優しく拭った。

「……悪女の役は、これで終わりだ。これからは、俺の妃としての役目を果たしてもらうぞ」

「……はい。……でもアラルク様、セドリック様の教育係としての仕事は、まだ始まったばかりですわよ?」

「ふ。……それについては、俺も手伝ってやろう。……もっとも、俺の教育は、あいつの筋肉よりもスパルタだがな」

 アラルク様は不敵に笑い、私の腰を抱き寄せた。

 セドリック様とマリアンヌちゃんが泣きながら抱き合う背景で、私たちは熱い口づけを交わした。

 こうして、私の『悪役令嬢』としての最後の大仕事は、これ以上ない成功を収めたのである。
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