私が本当に好きなのは、元婚約者の完璧すぎる兄上なんです

夏乃みのり

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「……ルルノ・エルバート。これで、君の逃げ道は完全に塞がれたな」

 王宮の枢密院。国王陛下や重鎮たちが見守る中、アラルク様が重厚な羊皮紙を私の前に差し出した。

 それは、第一王子アラルク・ヴァインと、公爵令嬢ルルノ・エルバートの正式な婚約誓約書。

 この紙にサインをした瞬間、私は「元婚約破棄された令嬢」から「次期王妃候補」へと、一足飛びに昇格することになる。

(……きた、きたわ! これこそが私の求めていた真のエンディング! 推しの隣に永久に居座れるプラチナチケットよ!)

「……逃げるつもりなんて、毛頭ございませんわ。むしろ、この紙を額縁に入れて、公爵邸の玄関に飾りたいくらいですの」

 私は、震える指先で(武者震いよ!)羽根ペンを握った。

 アラルク様は、私の隣で満足げに口角を上げている。

「ふ。……飾るのは構わないが、君のその汚い字で俺の名前を汚さないでくれよ?」

「失礼ね! これでもアラルク様へのファンレター……じゃなくて、お詫び状を何枚も書いて練習したんですから、美文字ですわよ!」

 私は一気に、ルルノ・エルバートの名をサインした。

 最後の一画を書き終えた瞬間、室内に重厚な鐘の音が響き渡る。

 婚約、正式成立。

 国王陛下が、深く頷きながら立ち上がった。

「……よし。これで、王家の長兄としてのケジメはついた。ルルノよ、お前のその『悪女の知略』、これからは国の繁栄のために使ってもらうぞ」

「……謹んで、お引き受けいたしますわ。陛下」

 私は深々とカーテシーを捧げた。

 周囲の重臣たちは、いまだに信じられないといった顔でヒソヒソと囁き合っている。

「本当に、あの悪役令嬢を妃にするのか……」

「だが、あの凄まじい迫力。並の令嬢では、アラルク殿下の隣は務まるまいな」

 私はその言葉を「最高の褒め言葉」として、胸を張って受け流した。

 枢密院を出ると、回廊の先ではセドリック様とマリアンヌちゃんが待っていた。

「兄上! ルルノ……義姉上! おめでとうございます! 僕も今、歴史のテストで満点を取りました! これで僕たち、本当の家族ですね!」

 セドリック様が、テスト用紙を高く掲げて駆け寄ってくる。

 ……満点といっても、内容は「建国神話の登場人物を三言で答えよ」という超初歩的なものだったけれど。

「……セドリック。お前も少しはマシになったようだな。……マリアンヌ嬢、苦労をかけるが、あのアホをよろしく頼むぞ」

 アラルク様が、珍しく労いの言葉をマリアンヌちゃんにかけた。

「はい、アラルク殿下! セドリック様、最近は筋肉のことよりも、私の好きな花の品種を覚えるのに必死なんです。……とっても幸せですわ」

 マリアンヌちゃんが、セドリック様の逞しい腕に寄り添う。

 かつてのドロドロとした(私が演出した)関係が、嘘のような大団円。

 私はその光景を眺めながら、アラルク様の腕に自分の手を絡めた。

「アラルク様。……ようやく、一段落ですわね」

「……何を見惚れている。……これからが本当の地獄だぞ、ルルノ」

 アラルク様は、私の手を引き、王宮のバルコニーへと連れ出した。

 階下には、新しい婚約を祝うために集まった民衆たちの歓声が響いている。

「君はこれから、この国で最も注目される王妃となる。……隙を見せれば、すぐに羽虫たちが寄ってくるだろう。……その時は、またあの『悪女の笑顔』でなぎ倒して見せろ」

「もちろんですわ。……でも、殿下。私が本当になぎ倒したいのは、殿下のその冷たい鉄面皮だけですのよ?」

「ほう。……なら、今夜にでも挑戦してみるか? ……俺の理性が、どこまで君の毒に耐えられるか」

 アラルク様は、私の耳元に唇を寄せ、周囲には聞こえない低い声で囁いた。

 その声音の熱さに、私の心臓は本日何度目かの爆発を遂げた。

(……ひ、ひいいいいい! 幸せすぎて、もはや語彙力が死滅したわ!)

 私はバルコニーから民衆に向けて、これ以上なく高慢で、そして最高に美しい微笑みを振りまいた。

「皆様! このルルノ・エルバート、アラルク殿下の隣で、最高に恐ろしい王妃になって差し上げますわ! おーっほっほっほ!!」

 王都の空に、私の高笑いが響き渡る。

 悪役令嬢としての物語は、ここで一旦の幕を閉じる。

 けれど、アラルク様の妃としての、さらに刺激的な物語は、今この瞬間から始まったのだ。
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