婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「……これは、何かの嫌がらせかしら?」

バーベナ侯爵邸の応接間。

私は、目の前に積み上げられた「山」を見上げて、こめかみを指で押さえた。

部屋の床が見えない。

足の踏み場もないほどに埋め尽くされているのは、箱、箱、箱。

「嫌がらせだなんて! これは我々の愛の結晶だ!」

「君への『投資』と言ってほしいですね」

「俺の国では、愛の大きさは物量で示すのが常識だ」

ソファーに座る(というか、荷物の隙間に埋まっている)のは、いつもの三馬鹿トリオ。

ジェラルド、サイラス、そしてレオナルド皇太子だ。

「一つずつ解説を求めます。……まず、ジェラルド様」

「うむ!」

ジェラルドが立ち上がり、自分の背丈ほどもある長細い包みを解いた。

中から現れたのは、禍々しいオーラを放つ巨大な剣。

「『邪竜殺しの大剣(ドラゴンスレイヤー)』だ! 古代遺跡から発掘された国宝級の一品だぞ!」

「……それを私にどうしろと?」

「護身用だ! これがあれば、アラン殿下がまた来ても、一刀両断でミンチにできる!」

「しません。重すぎて持てませんし、玄関に置いたら風水的に最悪です」

「むぅ、やはり筋力不足か……。では、こちらの『ミスリル製のダンベル』を……」

「いりません」

私は即座に却下し、隣へ視線を移した。

「次はサイラス様。その怪しげな紫色の小瓶は?」

「お目が高い。これは僕が徹夜で調合した『魅了増幅ポーション・改』です」

サイラスが得意げに瓶を振る。

中身がボコボコと沸騰しているように見えるのは気のせいだろうか。

「これを一滴肌に垂らすだけで、半径1キロ以内の異性が君にひれ伏し、下僕になりたいと懇願するようになります」

「呪いアイテムじゃないですか」

「副作用として、少しだけ『フェロモン過多』になって、猫や犬まで発情して追いかけてくるかもしれませんが」

「捨ててください。今すぐに」

「えー。自信作なのに」

「最後、レオナルド殿下」

私が睨むと、レオナルドはふんぞり返って、テーブルの上の巻物を指差した。

「俺からは実用的なものだ。隣国にある『ダイヤモンド鉱山』の権利書だ」

「……は?」

「あと、俺の私有地である無人島3つと、希少なホワイトタイガーのつがい、それから俺の国へ直通の『専用転移ゲート』の鍵だ」

規模が大きすぎて頭が追いつかない。

「鉱山も無人島も管理できません。虎は飼えません。転移ゲートは不法入国になります」

「なんだ、欲のない女だな。なら、俺のハーレムの管理権をやる。お前がトップだ」

「一番いりません」

私は大きく溜息をついた。

「皆様。お気持ちは……いえ、お気持ちだけ受け取ります。品物は全てお持ち帰りください」

「なぜだ! 気に入らないのか!?」

「私の愛が重すぎたか!?」

「俺の財力が怖いのか?」

「全部です!!」

私が叫ぶと、三人はショボンと肩を落とした。

大型犬が雨に濡れたような姿に、少しだけ罪悪感が湧く……わけがない。

部屋の片付けをするメイドたちの苦労を考えてほしい。

「大体、こんな高価なものを受け取ったら、外聞が悪いです。私はまだ、誰のものでもありませんから」

私が釘を刺すと、ジェラルドが顔を上げた。

「……そうか。物で君の心は動かせないということか。やはり君は高潔だ」

「普通の令嬢なら、ダイヤモンド一つで落ちるんですけどねぇ。難攻不落ですね」

「フッ、ますます燃えてきたぜ」

なぜか彼らのやる気が再燃している。

逆効果だったかもしれない。

その時。

「失礼いたします」

執事が、銀色のお盆を持って入ってきた。

「王宮より、正式な書状が届いております」

「王宮から?」

アラン殿下の件だろうか。

私は警戒しながら封筒を手に取った。

封蝋は、王家の紋章。しかも、王妃様の個人印ではなく、国王陛下の公印が押されている。

「……」

部屋の空気が張り詰めた。

ジェラルドたちも、ふざけた態度を改め、真剣な表情になる。

私はペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出した。

『拝啓、リーフィー・バーベナ嬢。

先日の我が愚息アランの非礼、重ねて詫びを入れる。

さて、来たる週末。

王宮にて『謝罪および関係修復のための舞踏会』を開催する運びとなった。

これはアランのためではない。

我が国の名誉と、貴殿の傷ついた尊厳を回復するためのものである。

ついては、貴殿には『主賓』として参加していただきたい。

なお、当日はパートナーを同伴することを推奨するが、強制ではない。

貴殿の自由な意思を尊重する――国王より』

読み終えた私は、手紙をテーブルに置いた。

「……舞踏会の正式な招待状ね」

「来たか」

ジェラルドが拳を握る。

「『パートナー同伴推奨』……。実質的な『婚約者選び』の場ということですね」

サイラスが目を細める。

「俺の国へ連れて帰る前の、最後のお披露目会ってところか」

レオナルドがニヤリと笑う。

三人の視線が、私に集中した。

「リーフィー嬢! 私と共に!」

「僕と踊りましょう」

「俺がエスコートしてやる」

三人が同時に手を差し出す。

剣、ポーション、権利書。

それらの「物」よりも、この手紙の意味はずっと重い。

ここで誰かの手を取れば、それは「次の婚約者」を公認することになる。

アラン殿下を見返すためには、最高のパートナーが必要だ。

しかし、この三人の中から一人を選ぶということは、残りの二人(と、その背後にある組織や国家)を敵に回すことにもなりかねない。

(……面倒くさい)

私は本音を飲み込み、三人の顔を順番に見つめた。

そして、静かに告げた。

「申し訳ありませんが」

「「「!?」」」

「パートナーは、当日まで秘密にさせていただきます」

「なっ……!?」

「焦らしますねぇ」

「俺たちを試す気か?」

「ええ。当日、会場で一番『私をときめかせた方』の手を取るかもしれませんし……誰の手も取らないかもしれません」

私は悪戯っぽく微笑んだ。

「精々、私を口説き落としてみてくださいませ。物量作戦以外で」

三人は顔を見合わせ、そして不敵に笑い合った。

「望むところだ!」

「知恵比べなら負けませんよ」

「俺のフェロモンで溺れさせてやる」

火花が散る応接間。

舞踏会まで、あと3日。

私の「パートナー選び」を巡る戦いは、ここからが本番だった。

だが、私はまだ知らなかった。

その舞踏会で、アラン殿下が「とんでもない起死回生の一手」を用意していることを。
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