婚約破棄? 結構です! ついでにこの国のダサいセンスも断捨離!

夏乃みのり

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ガタゴトと揺れる馬車の窓から外を眺める。
景色は次第に緑が深くなり、王都の整えられた街路樹とは違う、野性味溢れる風景へと変わっていた。


「お嬢様、そろそろこのあたりは治安が悪いと評判の峠道です。護衛の騎士の方々も警戒を強めておりますが……」


アンナがティーカップを片手に、冷静な口調で告げる。
馬車が揺れているのに、一滴も紅茶をこぼさない彼女の体幹は、もはや武芸者の域に達していると思う。


「治安が悪い? 素敵じゃない。どんな荒くれ者が飛び出してくるのかしら。少しは退屈しのぎになりそうね」


「お嬢様、野盗はエンターテインメントではありません。命の危険を伴うものです」


「分かっているわよ、アンナ。でも、今の私には失うものなんて何もないわ。あ、あるわね。この馬車に積んだ特級のシルクと、私の輝かしい未来!」


その時だった。
ヒヒーン! という馬のいななきと共に、馬車が急停車した。
外からガシャガシャという鎧の音と、野太い声が響いてくる。


「止まれ止まれェ! 命が惜しくば、積んでいる荷物を全部置いていきな!」


「……まあ、本当に来たわ。アンナ、台本通りの展開すぎて逆に関心しちゃうわね」


私はアンナが止めるのも聞かず、馬車の扉を勢いよく開けて外に飛び出した。
そこには、いかにも「私は悪党です」という顔をした男たちが、剣を抜いて護衛の騎士たちと対峙していた。


「ちょっと、そこの野盗の皆さん! 静かになさって! 私のティータイムが台無しですわ!」


「あ、あぁ!? なんだこの女は……。公爵家の令嬢か? へっ、運がいいぜ。荷物だけじゃなく、お前も人質として……」


「黙りなさい! 人質になる前に、その絶望的な格好について説明を求めますわ!」


私は一歩、泥だらけの地面に足を踏み出した。
野盗の首領らしき男を指さし、私は額に手を当てて嘆いて見せる。


「何だその、使い古した雑巾のようなマントは! 返り血を隠すための赤茶色だか知らないけれど、今のトレンドは『くすみカラー』であって『ただ汚い色』ではないのよ!」


「はあ……!? マントの色の話なんてしてねえんだよ!」


「いいえ、重要ですわ! おまけにそのベルト! バックルの位置が数センチ右に寄りすぎです。あなたの腰の位置が歪んで見えるじゃない。悪事の前に整体に行きなさい!」


「整体だと!? うるせえ、死ね!」


男が剣を振り上げた。
護衛の騎士たちが動こうとしたが、私の言葉の方が早かった。


「その剣の錆も許せませんわね! 人を斬る道具にこだわりがないなんて、プロの悪党失格です! 美しく磨き上げられた刃で斬られるならまだしも、そんな不衛生な鉄くずで傷をつけられたら、破傷風になってしまうじゃない! 殺菌消毒の概念はないのかしら!」


「さ……殺菌……?」


「あと、そっちの部下の人! そのバンダナの巻き方は何!? 海賊のつもり? それとも農作業の合間? 中途半端に顔を隠すくらいなら、いっそ紙袋でも被っていなさいな。その方がまだ『ミステリアスな敵役』として格が上がりますわよ!」


「……俺のバンダナ、そんなにヘンか?」


部下の男が、ショックを受けたように自分の頭を触った。
現場に、妙な空気が流れ始める。


「あなたたち、野盗という職業に誇りはないの? 人々を恐怖に陥れるのなら、圧倒的な『カリスマ性』と『美学』が必要不可欠ですわ。今のあなたたちは、ただの『身だしなみが整っていない浮浪者の集団』です。そんなものに襲われるなんて、私の経歴に泥を塗るようなものですわ!」


「う、うおお……なんだこの女……。言葉の圧が凄すぎて、剣を振る気が失せてきた……」


首領の男が、困惑したように剣を下ろした。
私はさらに畳みかける。


「いい? 今すぐその汚い格好を改めて、せめて清潔感のある悪党になりなさい。お礼に、この使い古しの石鹸と、私の美学が詰まったファッション誌(手書き)をあげてもいいわよ。それで勉強して出直してきなさい!」


「ファッション誌……? それ、読めば強くなれるのか?」


「心は強くなれますわね。少なくとも、人前でそのマントを着て歩く恥ずかしさには気づけるはずよ」


「……アニキ、もう帰ろうぜ。この女、関わっちゃいけねえタイプだ」


部下たちが一人、また一人と森の奥へ引き返していく。
首領の男も、最後には「……悪かったな、なんか。整体、行ってみるわ」と呟いて去っていった。


沈黙が流れる峠道。
護衛の騎士たちは、剣を抜いたまま石像のように固まっている。
馬車から降りてきたアンナだけが、パチパチと無表情に拍手を送ってくれた。


「お見事です、お嬢様。口先だけで野盗を撤退させるとは、もはや魔術の域ですね」


「失礼ね、アンナ。私はただ、彼らのQOL(生活の質)を向上させるためのアドバイスをしただけよ」


私は勝ち誇ったように鼻を鳴らし、再び馬車に乗り込んだ。


「さあ、出発よ! こんなところで油を売っている暇はないわ。私のセンスを待っている辺境の人たちが、首を長くして待っているんだから!」


こうして、私は一兵も失うことなく、最も平和的な方法で危機を乗り越えた。
後ろで騎士の一人が「公爵令嬢って、みんなああなのか……?」と震えながら呟いていたけれど、それはきっと尊敬の念に違いない。
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