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「……信じられん。これが、本当に私の顔か?」
鏡を覗き込んだレオナルト様が、自分の頬を指で突きながら呆然と呟いた。
緑色のパックを洗い流した後の彼の肌は、まるで内側から発光しているかのような輝きを放っている。
カサカサだった乾燥はどこへやら、今の彼は、触れれば弾けそうなほどの潤いと、滑らかな質感を手に入れていた。
「当然ですわ! 私の美学と、この辺境の野性味溢れるハーブの力が融合した奇跡……名付けて『キキ様式・強制剥離美白術』の結果ですもの!」
私は彼の後ろに立ち、満足げに頷いた。
うん、やっぱり私の目に狂いはなかった。
銀髪を整え、清潔感のある服(予備の護衛用のものを私が数分でリメイクした特製品)に着替えた彼は、そこらの王族よりもよっぽど高貴なオーラを放っている。
「キキ。……君は、恐ろしい女だな。剣や魔法でも届かなかった私の心の壁を、たった一回の『緑の泥』で粉砕するとは」
「心の壁なんて、毛穴の詰まりに比べれば些細な問題ですわ。さて、レオナルト様。お肌も整ったところで、そろそろあなたの『本当のお仕事』を伺ってもよろしいかしら?」
私は扇を口元に当て、目を細めて彼を見た。
ただの旅人が、これほどまでに上等な身のこなしをするはずがない。
おまけに、パック中に彼がうわ言で漏らしていた「隣国の情勢」や「騎士団の再編」といったワードは、一般市民が口にするものではない。
「……フッ、隠し通せるとは思っていなかったが。私は隣国のザイン大公領を治める、レオナルト・ザインだ。視察の途中で賊の待ち伏せに遭い、馬を失い、この森を彷徨っていたのだ」
「大公様! まあ、思ったよりもしっかりした身分をお持ちでしたのね。でも安心してください、レオナルト様。私にとっては、大公様もただの『美しくリフォームすべき素材』に過ぎませんわ」
「……普通、大公だと名乗れば、もう少し驚いたり、跪いたりするものだと思うのだが」
「そんな非生産的な時間は必要ありませんわ。それより、レオナルト様! 私、名案を思いつきましたの!」
私はレオナルト様の肩をグイと引き寄せ、窓の外に広がる広大な森を指さした。
そこには、先ほどのパックに使った薬草が、雑草のように群生している。
「この辺境、お金がない、産業がない、センスがないの『三な三苦』だと思っていましたけれど……実は宝の山でしたわ! 見てください、あの薬草! 王都の高級店で売られているものより、数段も香りが強くて効能が高いんですの!」
「薬草か。確かにこのあたりは自然が豊かだが、それがどうした?」
「これを加工して、私がプロデュースする『辺境発・奇跡の美肌石鹸』として売り出すのですわ! ターゲットは王都の流行に敏感な貴婦人たち。そして、隣国のおしゃれ迷子な貴族たちです!」
「石鹸……。君が私に使った、あの緑の泥のようなものか?」
「ええ! そしてその石鹸の広告塔……いわゆるモデルには、この『発光する大公様』であるあなたに、一役買ってもらいますわ!」
レオナルト様が、露骨に顔を引きつらせた。
「断る。私が石鹸を持って微笑むなど、大公の威厳に関わる」
「威厳? そんなもの、美しい肌の前では無力ですわ。いいですか、レオナルト様。あなたは今、私の館に命を救われ、美容まで施された。つまり、私に大きな借りがあるのです。その借りを、美貌で返していただこうという、これ以上なく合理的な提案ですわよ」
「合理性という言葉の定義が、私の知っているものと違う気がするのだが……」
「アンナ! 早速、工房の準備に取り掛かって。あと、レオナルト様が逃げ出さないように、一番良い部屋に閉じ込……いえ、ご案内して!」
「かしこまりました、お嬢様。レオナルト様、こちらへ。お肌を維持するための『特別メニュー』の食事も用意させております」
「特別メニュー……? まさか、それも緑色ではないだろうな?」
レオナルト様は、アンナの無言の圧力に押されるようにして、トボトボと部屋を後にした。
大公としての威厳はどこへやら、完全に私のペースに巻き込まれている。
私は一人、書斎に残って「石鹸のパッケージデザイン」を描き始めた。
「ふふふ……。まずはこの石鹸で、辺境の財政をリフォームよ。お金が手に入れば、次は道路、橋、そして村人たちの絶望的なファッションの改善……! 忙しくなりそうですわね!」
婚約破棄されて、人生のどん底に落とされたはずなのに。
今の私は、王宮でナスビ殿下のポエムを聞かされていた頃より、何百倍も充実していた。
「待っていなさい、王都の皆さん。すぐに、私のセンスがこの国を支配することになるんだから!」
高笑いする私の声が、磨き上げられた領主館の廊下に響き渡った。
その頃、隣の部屋で「美肌メニュー(サラダ山盛り)」を前にしたレオナルト様が、「私は一体何をしているんだ……」と天を仰いでいたことは、言うまでもない。
鏡を覗き込んだレオナルト様が、自分の頬を指で突きながら呆然と呟いた。
緑色のパックを洗い流した後の彼の肌は、まるで内側から発光しているかのような輝きを放っている。
カサカサだった乾燥はどこへやら、今の彼は、触れれば弾けそうなほどの潤いと、滑らかな質感を手に入れていた。
「当然ですわ! 私の美学と、この辺境の野性味溢れるハーブの力が融合した奇跡……名付けて『キキ様式・強制剥離美白術』の結果ですもの!」
私は彼の後ろに立ち、満足げに頷いた。
うん、やっぱり私の目に狂いはなかった。
銀髪を整え、清潔感のある服(予備の護衛用のものを私が数分でリメイクした特製品)に着替えた彼は、そこらの王族よりもよっぽど高貴なオーラを放っている。
「キキ。……君は、恐ろしい女だな。剣や魔法でも届かなかった私の心の壁を、たった一回の『緑の泥』で粉砕するとは」
「心の壁なんて、毛穴の詰まりに比べれば些細な問題ですわ。さて、レオナルト様。お肌も整ったところで、そろそろあなたの『本当のお仕事』を伺ってもよろしいかしら?」
私は扇を口元に当て、目を細めて彼を見た。
ただの旅人が、これほどまでに上等な身のこなしをするはずがない。
おまけに、パック中に彼がうわ言で漏らしていた「隣国の情勢」や「騎士団の再編」といったワードは、一般市民が口にするものではない。
「……フッ、隠し通せるとは思っていなかったが。私は隣国のザイン大公領を治める、レオナルト・ザインだ。視察の途中で賊の待ち伏せに遭い、馬を失い、この森を彷徨っていたのだ」
「大公様! まあ、思ったよりもしっかりした身分をお持ちでしたのね。でも安心してください、レオナルト様。私にとっては、大公様もただの『美しくリフォームすべき素材』に過ぎませんわ」
「……普通、大公だと名乗れば、もう少し驚いたり、跪いたりするものだと思うのだが」
「そんな非生産的な時間は必要ありませんわ。それより、レオナルト様! 私、名案を思いつきましたの!」
私はレオナルト様の肩をグイと引き寄せ、窓の外に広がる広大な森を指さした。
そこには、先ほどのパックに使った薬草が、雑草のように群生している。
「この辺境、お金がない、産業がない、センスがないの『三な三苦』だと思っていましたけれど……実は宝の山でしたわ! 見てください、あの薬草! 王都の高級店で売られているものより、数段も香りが強くて効能が高いんですの!」
「薬草か。確かにこのあたりは自然が豊かだが、それがどうした?」
「これを加工して、私がプロデュースする『辺境発・奇跡の美肌石鹸』として売り出すのですわ! ターゲットは王都の流行に敏感な貴婦人たち。そして、隣国のおしゃれ迷子な貴族たちです!」
「石鹸……。君が私に使った、あの緑の泥のようなものか?」
「ええ! そしてその石鹸の広告塔……いわゆるモデルには、この『発光する大公様』であるあなたに、一役買ってもらいますわ!」
レオナルト様が、露骨に顔を引きつらせた。
「断る。私が石鹸を持って微笑むなど、大公の威厳に関わる」
「威厳? そんなもの、美しい肌の前では無力ですわ。いいですか、レオナルト様。あなたは今、私の館に命を救われ、美容まで施された。つまり、私に大きな借りがあるのです。その借りを、美貌で返していただこうという、これ以上なく合理的な提案ですわよ」
「合理性という言葉の定義が、私の知っているものと違う気がするのだが……」
「アンナ! 早速、工房の準備に取り掛かって。あと、レオナルト様が逃げ出さないように、一番良い部屋に閉じ込……いえ、ご案内して!」
「かしこまりました、お嬢様。レオナルト様、こちらへ。お肌を維持するための『特別メニュー』の食事も用意させております」
「特別メニュー……? まさか、それも緑色ではないだろうな?」
レオナルト様は、アンナの無言の圧力に押されるようにして、トボトボと部屋を後にした。
大公としての威厳はどこへやら、完全に私のペースに巻き込まれている。
私は一人、書斎に残って「石鹸のパッケージデザイン」を描き始めた。
「ふふふ……。まずはこの石鹸で、辺境の財政をリフォームよ。お金が手に入れば、次は道路、橋、そして村人たちの絶望的なファッションの改善……! 忙しくなりそうですわね!」
婚約破棄されて、人生のどん底に落とされたはずなのに。
今の私は、王宮でナスビ殿下のポエムを聞かされていた頃より、何百倍も充実していた。
「待っていなさい、王都の皆さん。すぐに、私のセンスがこの国を支配することになるんだから!」
高笑いする私の声が、磨き上げられた領主館の廊下に響き渡った。
その頃、隣の部屋で「美肌メニュー(サラダ山盛り)」を前にしたレオナルト様が、「私は一体何をしているんだ……」と天を仰いでいたことは、言うまでもない。
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