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「……はぁ、はぁ。キキ様、豆のおかわりを……。汗を流した後のこの質素な食事が、こんなに体に染み渡るなんて……」
領主館の食堂。
石鹸のコスチュームを着たまま、セドリック殿下がボウル一杯の煮豆を無心で口に運んでいた。
隣ではマリア様も、網タイツのヘッドドレスを揺らしながら「お豆、美味しいですわ……」と虚空を見つめている。
王都の贅沢で歪んだ舌が、辺境の労働によってリフォームされた瞬間ですわね。
「よろしいこと。食べることは生きること、そして生きることはセンスを磨くこと。殿下、少しは人間らしい顔つきになりましたわね」
私はテーブルの端で、優雅に紅茶を楽しみながら二人を見下ろす。
「……キキ。私は気づいたのだ。マリアと二人、王都でポエムを詠み合っていた日々がいかに虚無だったか。私はこの地で、石鹸の泡と共に生きていきたい……」
「あら、それは困りますわ。私の領地の景観が損なわれますもの。殿下には、明日には王都へ帰っていただかないと」
「嫌だ! 帰りたくない! 王都に帰れば、またあのレタスのような襟を立てて、退屈な社交界に埋もれるだけだ! 私はここで、名もなき石鹸売りとして……!」
セドリック殿下が私の足元に縋り付こうとした、その時。
食堂の重厚な扉が、これ以上ないほど洗練された音を立てて開かれた。
「……騒々しいな。私の婚約者がゆっくりと茶を楽しむ時間を邪魔する者は、誰だ?」
現れたのは、ザイン大公領の正式な礼装を纏ったレオナルト様だ。
肩には隣国大公であることを示す、白銀の鷲が刻まれたマント。
胸元には、一国の軍事権を掌握する証である勲章が、眩いばかりの光を放っている。
……あら、今日のレオナルト様、リフォームの必要が全くないほどに「完成」されていますわ!
「な……な、な……っ!?」
セドリック殿下が、スプーンを床に落とした。
彼はガタガタと震えながら、レオナルト様の足元から、その神々しい顔立ちへと視線を這わせる。
「……お、お前……。いや、貴殿は……。その紋章、まさか……隣国の……」
「ザイン大公、レオナルト・ザインだ。セドリック皇太子殿下。君が私の婚約者を『予備の側室』などという、耳を疑うような言葉で侮辱したという報告を受けているが?」
レオナルト様が冷徹な一歩を踏み出す。
その威圧感に、食堂の空気がマイナス十度くらいまで下がった。
「だい、大公……。本物の、本物の大公閣下……。なぜ、そんな雲の上の存在が、こんな辺境の令嬢と……」
「雲の上の存在? 違うな。彼女こそが、私の冷え切っていた国を、そして私の人生を、その圧倒的な色彩で塗り替えてくれた唯一無二の女性だ。……殿下。君は彼女を『悪役令嬢』と呼んで追放したようだが、私にとっては彼女こそが『美の女神』なのだよ」
レオナルト様が私の横に立ち、当然のように私の腰を引き寄せた。
……まあ、女神だなんて。
商売敵の間では「美の悪魔」と呼ばれている私に、なんてセンスの良い呼び名を!
「……勝てない。……勝てるわけがない……」
セドリック殿下が、膝から崩れ落ちた。
自分が皇太子という立場に胡座をかいていた間に、かつて捨てた婚約者は、隣国の最高権力者の心を完璧に射止めていたのだ。
「私は……私は『石鹸の妖精』なのに……。あの方は、本物の『銀の獅子』ではないか……。格差が……格差が激しすぎて、泡になりそうだ……」
「殿下、しっかりなさってください! マリアも、マリアもなんだか自分が、ただの網タイツの化け物に思えてきましたわ……!」
マリア様も、レオナルト様の圧倒的な「本物の気品」の前に、自分の浅ましさを悟ったようだ。
彼女は自分のドレスのフリルを引きちぎり、泣きながら食堂を飛び出していった。
「……キキ様。お騒がせしました。私は……私は王都に帰ります。そして、一生をかけて、自分のセンスのなさを反省します。……あ、最後に一つだけ。……その石鹸、一ダースほど売っていただけないでしょうか。……自分を洗いたいのです。心から」
「ええ、定価の三倍でなら構いませんわ。アンナ、殿下に領収書を」
「承知いたしました。殿下、お出口はこちらです。……あ、頭のポンポンがズレていますわよ。最後まで『ダサい』を貫く姿勢、敬服いたします」
セドリック殿下は、よろよろと立ち上がり、自らのコスチュームの重みに耐えながら、月明かりの下へと消えていった。
こうして、王都からの騒がしい客人は、完全に戦意を喪失して去っていったのである。
「……やっと二人きりになれたな、キキ」
レオナルト様が、私の髪を優雅に指で掬い上げた。
「お見事でしたわ、レオナルト様。あんなに分かりやすく心が折れる音、久しぶりに聞きましたわ」
「フッ。……彼がいなくなったことで、この地を訪れる『退屈な王族』はもういない。これからは、君の望む通りにこの世界をリフォームしよう」
「ええ、もちろんですわ! 次は王都で行われる『建国記念パーティー』に、辺境の女王として乗り込みますわよ! 準備はよろしいかしら?」
「君が隣にいるなら、火の海でもパーティー会場でもどこへでも行こう」
私たちは、磨き上げられた領主館の中で、次なる野望に向けて祝杯を挙げた。
王都の皆さん。
本当の「絶望」という名のドレスコード、私がパーティー当日にお届けして差し上げますわ!
おーっほっほっほ!
領主館の食堂。
石鹸のコスチュームを着たまま、セドリック殿下がボウル一杯の煮豆を無心で口に運んでいた。
隣ではマリア様も、網タイツのヘッドドレスを揺らしながら「お豆、美味しいですわ……」と虚空を見つめている。
王都の贅沢で歪んだ舌が、辺境の労働によってリフォームされた瞬間ですわね。
「よろしいこと。食べることは生きること、そして生きることはセンスを磨くこと。殿下、少しは人間らしい顔つきになりましたわね」
私はテーブルの端で、優雅に紅茶を楽しみながら二人を見下ろす。
「……キキ。私は気づいたのだ。マリアと二人、王都でポエムを詠み合っていた日々がいかに虚無だったか。私はこの地で、石鹸の泡と共に生きていきたい……」
「あら、それは困りますわ。私の領地の景観が損なわれますもの。殿下には、明日には王都へ帰っていただかないと」
「嫌だ! 帰りたくない! 王都に帰れば、またあのレタスのような襟を立てて、退屈な社交界に埋もれるだけだ! 私はここで、名もなき石鹸売りとして……!」
セドリック殿下が私の足元に縋り付こうとした、その時。
食堂の重厚な扉が、これ以上ないほど洗練された音を立てて開かれた。
「……騒々しいな。私の婚約者がゆっくりと茶を楽しむ時間を邪魔する者は、誰だ?」
現れたのは、ザイン大公領の正式な礼装を纏ったレオナルト様だ。
肩には隣国大公であることを示す、白銀の鷲が刻まれたマント。
胸元には、一国の軍事権を掌握する証である勲章が、眩いばかりの光を放っている。
……あら、今日のレオナルト様、リフォームの必要が全くないほどに「完成」されていますわ!
「な……な、な……っ!?」
セドリック殿下が、スプーンを床に落とした。
彼はガタガタと震えながら、レオナルト様の足元から、その神々しい顔立ちへと視線を這わせる。
「……お、お前……。いや、貴殿は……。その紋章、まさか……隣国の……」
「ザイン大公、レオナルト・ザインだ。セドリック皇太子殿下。君が私の婚約者を『予備の側室』などという、耳を疑うような言葉で侮辱したという報告を受けているが?」
レオナルト様が冷徹な一歩を踏み出す。
その威圧感に、食堂の空気がマイナス十度くらいまで下がった。
「だい、大公……。本物の、本物の大公閣下……。なぜ、そんな雲の上の存在が、こんな辺境の令嬢と……」
「雲の上の存在? 違うな。彼女こそが、私の冷え切っていた国を、そして私の人生を、その圧倒的な色彩で塗り替えてくれた唯一無二の女性だ。……殿下。君は彼女を『悪役令嬢』と呼んで追放したようだが、私にとっては彼女こそが『美の女神』なのだよ」
レオナルト様が私の横に立ち、当然のように私の腰を引き寄せた。
……まあ、女神だなんて。
商売敵の間では「美の悪魔」と呼ばれている私に、なんてセンスの良い呼び名を!
「……勝てない。……勝てるわけがない……」
セドリック殿下が、膝から崩れ落ちた。
自分が皇太子という立場に胡座をかいていた間に、かつて捨てた婚約者は、隣国の最高権力者の心を完璧に射止めていたのだ。
「私は……私は『石鹸の妖精』なのに……。あの方は、本物の『銀の獅子』ではないか……。格差が……格差が激しすぎて、泡になりそうだ……」
「殿下、しっかりなさってください! マリアも、マリアもなんだか自分が、ただの網タイツの化け物に思えてきましたわ……!」
マリア様も、レオナルト様の圧倒的な「本物の気品」の前に、自分の浅ましさを悟ったようだ。
彼女は自分のドレスのフリルを引きちぎり、泣きながら食堂を飛び出していった。
「……キキ様。お騒がせしました。私は……私は王都に帰ります。そして、一生をかけて、自分のセンスのなさを反省します。……あ、最後に一つだけ。……その石鹸、一ダースほど売っていただけないでしょうか。……自分を洗いたいのです。心から」
「ええ、定価の三倍でなら構いませんわ。アンナ、殿下に領収書を」
「承知いたしました。殿下、お出口はこちらです。……あ、頭のポンポンがズレていますわよ。最後まで『ダサい』を貫く姿勢、敬服いたします」
セドリック殿下は、よろよろと立ち上がり、自らのコスチュームの重みに耐えながら、月明かりの下へと消えていった。
こうして、王都からの騒がしい客人は、完全に戦意を喪失して去っていったのである。
「……やっと二人きりになれたな、キキ」
レオナルト様が、私の髪を優雅に指で掬い上げた。
「お見事でしたわ、レオナルト様。あんなに分かりやすく心が折れる音、久しぶりに聞きましたわ」
「フッ。……彼がいなくなったことで、この地を訪れる『退屈な王族』はもういない。これからは、君の望む通りにこの世界をリフォームしよう」
「ええ、もちろんですわ! 次は王都で行われる『建国記念パーティー』に、辺境の女王として乗り込みますわよ! 準備はよろしいかしら?」
「君が隣にいるなら、火の海でもパーティー会場でもどこへでも行こう」
私たちは、磨き上げられた領主館の中で、次なる野望に向けて祝杯を挙げた。
王都の皆さん。
本当の「絶望」という名のドレスコード、私がパーティー当日にお届けして差し上げますわ!
おーっほっほっほ!
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