婚約破棄? 結構です! ついでにこの国のダサいセンスも断捨離!

夏乃みのり

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
「……はぁ、はぁ。キキ様、豆のおかわりを……。汗を流した後のこの質素な食事が、こんなに体に染み渡るなんて……」


領主館の食堂。
石鹸のコスチュームを着たまま、セドリック殿下がボウル一杯の煮豆を無心で口に運んでいた。
隣ではマリア様も、網タイツのヘッドドレスを揺らしながら「お豆、美味しいですわ……」と虚空を見つめている。
王都の贅沢で歪んだ舌が、辺境の労働によってリフォームされた瞬間ですわね。


「よろしいこと。食べることは生きること、そして生きることはセンスを磨くこと。殿下、少しは人間らしい顔つきになりましたわね」


私はテーブルの端で、優雅に紅茶を楽しみながら二人を見下ろす。


「……キキ。私は気づいたのだ。マリアと二人、王都でポエムを詠み合っていた日々がいかに虚無だったか。私はこの地で、石鹸の泡と共に生きていきたい……」


「あら、それは困りますわ。私の領地の景観が損なわれますもの。殿下には、明日には王都へ帰っていただかないと」


「嫌だ! 帰りたくない! 王都に帰れば、またあのレタスのような襟を立てて、退屈な社交界に埋もれるだけだ! 私はここで、名もなき石鹸売りとして……!」


セドリック殿下が私の足元に縋り付こうとした、その時。
食堂の重厚な扉が、これ以上ないほど洗練された音を立てて開かれた。


「……騒々しいな。私の婚約者がゆっくりと茶を楽しむ時間を邪魔する者は、誰だ?」


現れたのは、ザイン大公領の正式な礼装を纏ったレオナルト様だ。
肩には隣国大公であることを示す、白銀の鷲が刻まれたマント。
胸元には、一国の軍事権を掌握する証である勲章が、眩いばかりの光を放っている。
……あら、今日のレオナルト様、リフォームの必要が全くないほどに「完成」されていますわ!


「な……な、な……っ!?」


セドリック殿下が、スプーンを床に落とした。
彼はガタガタと震えながら、レオナルト様の足元から、その神々しい顔立ちへと視線を這わせる。


「……お、お前……。いや、貴殿は……。その紋章、まさか……隣国の……」


「ザイン大公、レオナルト・ザインだ。セドリック皇太子殿下。君が私の婚約者を『予備の側室』などという、耳を疑うような言葉で侮辱したという報告を受けているが?」


レオナルト様が冷徹な一歩を踏み出す。
その威圧感に、食堂の空気がマイナス十度くらいまで下がった。


「だい、大公……。本物の、本物の大公閣下……。なぜ、そんな雲の上の存在が、こんな辺境の令嬢と……」


「雲の上の存在? 違うな。彼女こそが、私の冷え切っていた国を、そして私の人生を、その圧倒的な色彩で塗り替えてくれた唯一無二の女性だ。……殿下。君は彼女を『悪役令嬢』と呼んで追放したようだが、私にとっては彼女こそが『美の女神』なのだよ」


レオナルト様が私の横に立ち、当然のように私の腰を引き寄せた。
……まあ、女神だなんて。
商売敵の間では「美の悪魔」と呼ばれている私に、なんてセンスの良い呼び名を!


「……勝てない。……勝てるわけがない……」


セドリック殿下が、膝から崩れ落ちた。
自分が皇太子という立場に胡座をかいていた間に、かつて捨てた婚約者は、隣国の最高権力者の心を完璧に射止めていたのだ。


「私は……私は『石鹸の妖精』なのに……。あの方は、本物の『銀の獅子』ではないか……。格差が……格差が激しすぎて、泡になりそうだ……」


「殿下、しっかりなさってください! マリアも、マリアもなんだか自分が、ただの網タイツの化け物に思えてきましたわ……!」


マリア様も、レオナルト様の圧倒的な「本物の気品」の前に、自分の浅ましさを悟ったようだ。
彼女は自分のドレスのフリルを引きちぎり、泣きながら食堂を飛び出していった。


「……キキ様。お騒がせしました。私は……私は王都に帰ります。そして、一生をかけて、自分のセンスのなさを反省します。……あ、最後に一つだけ。……その石鹸、一ダースほど売っていただけないでしょうか。……自分を洗いたいのです。心から」


「ええ、定価の三倍でなら構いませんわ。アンナ、殿下に領収書を」


「承知いたしました。殿下、お出口はこちらです。……あ、頭のポンポンがズレていますわよ。最後まで『ダサい』を貫く姿勢、敬服いたします」


セドリック殿下は、よろよろと立ち上がり、自らのコスチュームの重みに耐えながら、月明かりの下へと消えていった。
こうして、王都からの騒がしい客人は、完全に戦意を喪失して去っていったのである。


「……やっと二人きりになれたな、キキ」


レオナルト様が、私の髪を優雅に指で掬い上げた。


「お見事でしたわ、レオナルト様。あんなに分かりやすく心が折れる音、久しぶりに聞きましたわ」


「フッ。……彼がいなくなったことで、この地を訪れる『退屈な王族』はもういない。これからは、君の望む通りにこの世界をリフォームしよう」


「ええ、もちろんですわ! 次は王都で行われる『建国記念パーティー』に、辺境の女王として乗り込みますわよ! 準備はよろしいかしら?」


「君が隣にいるなら、火の海でもパーティー会場でもどこへでも行こう」


私たちは、磨き上げられた領主館の中で、次なる野望に向けて祝杯を挙げた。
王都の皆さん。
本当の「絶望」という名のドレスコード、私がパーティー当日にお届けして差し上げますわ!
おーっほっほっほ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

第一王子と見捨てられた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
アナトール公爵令嬢のマリアは婚約者である第一王子のザイツからあしらわれていた。昼間お話することも、夜に身体を重ねることも、なにもなかったのだ。形だけの夫婦生活。ザイツ様の新しい婚約者になってやろうと躍起になるメイドたち。そんな中、ザイツは戦地に赴くと知らせが入った。夫婦関係なんてとっくに終わっていると思っていた矢先、マリアの前にザイツが現れたのだった。 お読みいただきありがとうございます。こちらの話は24話で完結とさせていただきます。この後は「第一王子と愛された公爵令嬢」に続いていきます。こちらもよろしくお願い致します。

処理中です...