27 / 28
27
しおりを挟む
「……ふぅ。ようやく、ドレスの最終フィッティングが終わりましたわ」
嵐のような喧騒が去り、静まり返った領主館のバルコニー。
私は冷えた夜風に当たりながら、遠くに広がる辺境の街並みを眺めていた。
数ヶ月前までは「グレー一色の絶望」だったこの場所も、今は家々の窓から温かな光が漏れ、活気ある夜の調べが聞こえてくる。
「……遅くまで精が出るな、キキ」
背後から、聞き慣れた心地よい声がした。
振り返ると、そこにはガウンを羽織り、少しだけリラックスした様子のレオナルト様が立っていた。
月の光を浴びた彼の銀髪は、もはや「野良猫の尻尾」なんて面影は微塵もなく、最高級のシルクのように輝いている。
「レオナルト様。あなたこそ、明日は主役なのですから、早くお休みにならなくては。お肌のゴールデンタイムを逃すと、私のリフォーム計画に狂いが生じますわよ?」
「フッ。……明日になれば、私は君の夫だ。もう『素材』として扱われるのも終わりかと思っていたが、どうやら一生、君の管理下に置かれることになりそうだな」
レオナルト様は私の隣に並び、手すりに手をかけた。
彼の大きな手が、私の小さな手をそっと包み込む。
……あら。今夜の彼の温度は、いつもより少しだけ熱い気がするわ。
「……不思議なものだ。あの時、森で泥にまみれて倒れていた私を、君が日傘で突っつかなければ、今の私はなかっただろう」
「あら、懐かしいわね。あの時のあなたの服のボタンの取れかかり具合、今思い出しても鳥肌が立ちますわ。あれこそが、私の人生で最大の『リフォーム案件』でしたもの」
「……命を救われたことよりも、ボタンの心配をされるとはな。……だが、君に救われたのは命だけではない。……キキ、私はずっと、隣国の大公という重責に押し潰され、感情を殺して生きてきた」
レオナルト様が、真剣な眼差しで私を見つめた。
その瞳の奥には、王都の偽物たちには決して持ち得ない、深い慈しみと誠実さが宿っている。
「君が私の肌を磨き、服を整え、そして……私の凍りついた心を、その鮮やかな毒舌で叩き壊してくれた。君のおかげで、私は初めて『自分として生きる』楽しさを知ったんだ」
「……。………………。レオナルト様、今夜は随分とポエミーですわね。セドリック殿下の『ナスビ・ポエム』に毒されたわけではありませんわよね?」
私は照れ隠しに、わざと意地悪な言い方をしてみた。
けれど、レオナルト様は動じず、私の手をさらに強く握りしめた。
「殿下のポエムと一緒にしないでくれ。……これは、私の本心だ。キキ。明日、世界で一番美しい花嫁になる君を、私は一生かけて守り抜く。君が描く色とりどりの未来を、一番近くで支え続けたいんだ」
「……守り抜く? 頼もしいことですわ。でも、忘れないでくださいね? 私が守ってほしいのは、私の身の安全だけではありませんわよ。私の『美学』と、この領地の『輝き』、そして何より……」
私は、彼にしか見せないような、少しだけ弱気で、けれど最高に幸せな微笑みを浮かべた。
「……あなたの、その整ったお顔を、一生私の隣で維持していただくことですわ。……約束してくださる?」
「ああ、約束しよう。君に『ダサい』と言われないよう、死ぬまで自分を磨き続けるよ」
レオナルト様が私の腰を引き寄せ、月明かりの下でゆっくりと顔を近づけてくる。
……あら、これは。
リフォームの計画表にはない、想定外の「熱い展開」だわ。
「キキ……、愛している」
「……。……私も、あなたのその『素材の良さ』だけは、愛してあげなくもありませんわ」
唇が重なる直前、私は彼にだけ聞こえるような声で囁いた。
甘いハーブの香りと、彼の体温。
遠くでバドさんたちが打ち上げている、明日の予行演習の花火の音が、かすかに響いた。
「おーっほっほっほ! 明日は世界一の結婚式にしますわよ! レオナルト様、腰を抜かす準備はよろしい!?」
「……ああ。君となら、どんな未来でも驚きに満ちているはずだ」
私たちは夜の静寂の中で、明日という新しい扉が開くのを、静かに、けれど誰よりも熱い期待と共に待っていた。
王都の皆さん。
明日は、あなたたちの常識がすべて塗り替えられる日。
私の「最高傑作」の完成披露会、楽しみにしていてくださいな!
嵐のような喧騒が去り、静まり返った領主館のバルコニー。
私は冷えた夜風に当たりながら、遠くに広がる辺境の街並みを眺めていた。
数ヶ月前までは「グレー一色の絶望」だったこの場所も、今は家々の窓から温かな光が漏れ、活気ある夜の調べが聞こえてくる。
「……遅くまで精が出るな、キキ」
背後から、聞き慣れた心地よい声がした。
振り返ると、そこにはガウンを羽織り、少しだけリラックスした様子のレオナルト様が立っていた。
月の光を浴びた彼の銀髪は、もはや「野良猫の尻尾」なんて面影は微塵もなく、最高級のシルクのように輝いている。
「レオナルト様。あなたこそ、明日は主役なのですから、早くお休みにならなくては。お肌のゴールデンタイムを逃すと、私のリフォーム計画に狂いが生じますわよ?」
「フッ。……明日になれば、私は君の夫だ。もう『素材』として扱われるのも終わりかと思っていたが、どうやら一生、君の管理下に置かれることになりそうだな」
レオナルト様は私の隣に並び、手すりに手をかけた。
彼の大きな手が、私の小さな手をそっと包み込む。
……あら。今夜の彼の温度は、いつもより少しだけ熱い気がするわ。
「……不思議なものだ。あの時、森で泥にまみれて倒れていた私を、君が日傘で突っつかなければ、今の私はなかっただろう」
「あら、懐かしいわね。あの時のあなたの服のボタンの取れかかり具合、今思い出しても鳥肌が立ちますわ。あれこそが、私の人生で最大の『リフォーム案件』でしたもの」
「……命を救われたことよりも、ボタンの心配をされるとはな。……だが、君に救われたのは命だけではない。……キキ、私はずっと、隣国の大公という重責に押し潰され、感情を殺して生きてきた」
レオナルト様が、真剣な眼差しで私を見つめた。
その瞳の奥には、王都の偽物たちには決して持ち得ない、深い慈しみと誠実さが宿っている。
「君が私の肌を磨き、服を整え、そして……私の凍りついた心を、その鮮やかな毒舌で叩き壊してくれた。君のおかげで、私は初めて『自分として生きる』楽しさを知ったんだ」
「……。………………。レオナルト様、今夜は随分とポエミーですわね。セドリック殿下の『ナスビ・ポエム』に毒されたわけではありませんわよね?」
私は照れ隠しに、わざと意地悪な言い方をしてみた。
けれど、レオナルト様は動じず、私の手をさらに強く握りしめた。
「殿下のポエムと一緒にしないでくれ。……これは、私の本心だ。キキ。明日、世界で一番美しい花嫁になる君を、私は一生かけて守り抜く。君が描く色とりどりの未来を、一番近くで支え続けたいんだ」
「……守り抜く? 頼もしいことですわ。でも、忘れないでくださいね? 私が守ってほしいのは、私の身の安全だけではありませんわよ。私の『美学』と、この領地の『輝き』、そして何より……」
私は、彼にしか見せないような、少しだけ弱気で、けれど最高に幸せな微笑みを浮かべた。
「……あなたの、その整ったお顔を、一生私の隣で維持していただくことですわ。……約束してくださる?」
「ああ、約束しよう。君に『ダサい』と言われないよう、死ぬまで自分を磨き続けるよ」
レオナルト様が私の腰を引き寄せ、月明かりの下でゆっくりと顔を近づけてくる。
……あら、これは。
リフォームの計画表にはない、想定外の「熱い展開」だわ。
「キキ……、愛している」
「……。……私も、あなたのその『素材の良さ』だけは、愛してあげなくもありませんわ」
唇が重なる直前、私は彼にだけ聞こえるような声で囁いた。
甘いハーブの香りと、彼の体温。
遠くでバドさんたちが打ち上げている、明日の予行演習の花火の音が、かすかに響いた。
「おーっほっほっほ! 明日は世界一の結婚式にしますわよ! レオナルト様、腰を抜かす準備はよろしい!?」
「……ああ。君となら、どんな未来でも驚きに満ちているはずだ」
私たちは夜の静寂の中で、明日という新しい扉が開くのを、静かに、けれど誰よりも熱い期待と共に待っていた。
王都の皆さん。
明日は、あなたたちの常識がすべて塗り替えられる日。
私の「最高傑作」の完成披露会、楽しみにしていてくださいな!
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。
王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。
――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。
学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。
「殿下、どういうことでしょう?」
私の声は驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」
第一王子と見捨てられた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
アナトール公爵令嬢のマリアは婚約者である第一王子のザイツからあしらわれていた。昼間お話することも、夜に身体を重ねることも、なにもなかったのだ。形だけの夫婦生活。ザイツ様の新しい婚約者になってやろうと躍起になるメイドたち。そんな中、ザイツは戦地に赴くと知らせが入った。夫婦関係なんてとっくに終わっていると思っていた矢先、マリアの前にザイツが現れたのだった。
お読みいただきありがとうございます。こちらの話は24話で完結とさせていただきます。この後は「第一王子と愛された公爵令嬢」に続いていきます。こちらもよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる