ざまぁ不要の悪役令嬢!婚約破棄は想定内、むしろご褒美ですわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
4 / 28

4

しおりを挟む
王都に到着したマリアンは、公爵家の紋章が入った馬車を降り、すぐさま庶民の足である辻馬車に乗り換えた。

向かった先は、王都の商業地区と職人街の境にある、清潔だが目立たない一軒の宿屋。ここが、彼女の当面の活動拠点となる。

「ふぅ……。まずは上々の滑り出し、かしら」

質素だが掃除の行き届いた部屋で一息ついていると、コンコン、と控えめなドアのノック音がした。

「どなた?」

「アルトハイム公爵閣下のご紹介で参りました、カイと申します。少し、よろしいでしょうか?」

ドアを開けると、そこには人の良さそうな笑みを浮かべた、そばかす顔の青年が立っていた。茶色の髪を無造作に後ろで束ね、服装もラフで、とても公爵家から遣わされた人間には見えない。

「あなたがカイ……。話は聞いています。入ってちょうだい」

部屋に通されたカイは、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回した。

「いやあ、驚きました。てっきり豪華なホテルにでも滞在されるのかと。公爵閣下から『娘を頼む』なんて言われたときは、どんな我儘なお嬢様かと思いましたけど、案外、庶民的なんですねぇ」

悪気のない、しかし少し侮りを含んだ物言いに、マリアンは小さくため息をついた。

「わたくしはもう、公爵令嬢ではありません。ただのマリアンです。それで、仕事の話をしてもよろしくて?」

マリアンが本題を切り出すと、カイは「へいへい」と軽い調子で椅子に腰かけた。

マリアンは、公爵家から運び出してきた荷物の中から、ひときわ大きなトランクをいくつも開けてみせた。中から現れたのは、光り輝く絹やレースでできたドレスの数々、そしてベルベットの箱に収められた、まばゆい宝飾品だった。

「これを、売りさばきたいのです」

カイは、その豪華な品揃えに目を丸くした。

「……本気ですかい? これ、一つ一つが家一軒分くらいの価値はありますぜ」

「ええ、本気よ。お父様からいただいた資金だけでは、理想のカフェを作るには足りませんから。それに……」

マリアンは、あるドレスを手に取り、そっと撫でた。

「過去の遺物と決別する、儀式のようなものですわ」

そう言うと、彼女はカイに向き直り、きっぱりとした口調で言った。

「名付けて、『元・王太子妃候補の訳ありワードローブ、涙の(?)処分市』よ!」

内心で名付けたその作戦名を口にすると、カイはぽかんとした後、腹を抱えて笑い出した。

「はははっ! 面白い! あんた、面白い人だ! いいですぜ、乗っかりましょう!」

そこからのマリアンの指示は、的確かつ迅速だった。

「カイ、あなたの情報網で、口が堅く、見栄っ張りで、金払いの良い貴族のリストを作りなさい。特に、わたくしに同情的だった方や、逆にライバル視していたような方が望ましいわ」

「へい!」

「招待状はこちらで用意します。日時は三日後。場所は、王都の外れにある貸サロンを押さえてちょうだい。あくまで『口コミだけの秘密のセール』という形を取ります」

てきぱきと計画を語るマリアンの姿に、カイはすっかり彼女への評価を改めていた。この人は、ただの箱入りお嬢様じゃない。相当な切れ者だ。



そして三日後。

カイが巧みに流した噂と、美しいカリグラフィーで書かれた招待状の効果は絶大だった。

貸サロンには、好奇心とほんの少しの同情、そして下世話な野次馬根性を胸に秘めた貴族の令嬢や夫人たちが、続々と集まってきた。

会場はマリアン自身が飾り付け、ドレスは美しくハンガーにかけられ、宝石は黒い布の上に並べられて、それぞれの輝きを最大限に放っている。

「まあ、マリアン様。このような形でお会いするなんて……。昨夜の夜会では、本当に大変でしたわねぇ」

猫なで声で近づいてきた伯爵夫人に、マリアンは完璧な淑女の笑みで応じる。

「ええ、ご覧の通りですわ。ですから、思い出の品々もこうして手放すしかなくて……。もしよろしければ、見ていってくださいませんこと?」

少し伏せられた翠色の瞳が、悲しみに濡れているように見える。見事な演技だった。

「あら、このドレス、素敵ですわね。たしか、殿下の誕生日の夜会でお召しになっていた……」

一人の令嬢が、空色のドレスを手に取って言う。

「ええ、よくご記憶で。そのドレスは、わたくしにとって幸運の一着でしたの。これを着ていると、不思議と良いことが舞い込んできたものですわ。……まあ、わたくしの幸運は、どうやら別の方向に向かっていたようですけれど」

自虐を交えた軽妙なセールストークに、令嬢は「まあ、不謹慎だわ」と言いつつも、まんざらでもない顔でドレスを体に当てている。

「こちらのルビーのネックレスは、情熱的な愛を実らせる石言葉がございますの。わたくしには、少し情熱が強すぎたのかもしれませんわね」

「この真珠のイヤリングは、清純な花嫁にこそふさわしい品。残念ながら、わたくしはその機会を失ってしまいましたけれど」

マリアンの巧みな話術と、「元・王太子妃候補の持ち物」という最高のブランド力、そして何より、品物そのものが超一流であるという事実。

この三つの要素が組み合わさり、商品は飛ぶように売れていった。

セールが終わり、がらんとしたサロンで売上を計算し終えたカイは、もはや呆れるのを通り越して感服していた。

「……お嬢様。いや、マリアン様。あんた、一体何者ですかい? 正直、ここまでやるとは思ってませんでした」

積み上げられた金貨の袋を見て、マリアンは満足げに微笑んだ。

「さあ、どうかしら? でも、わたくしは昔から、どうすれば物が一番魅力的に見えるか、そして人の心がどう動くのか、考えるのが好きでしたの」

その額は、父から援助された資金に匹敵するほどだった。これで、理想のカフェを作るための軍資金は、十二分に集まった。

カイは、目の前の元公爵令嬢に、深く頭を下げた。

「マリアン様。俺、あんたに本気で協力させてもらいます。こんなに面白い雇い主、他にいませんからね!」

力強い相棒を得て、マリアンのカフェ開業計画は、大きな一歩を踏み出したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...