ざまぁ不要の悪役令嬢!婚約破棄は想定内、むしろご褒美ですわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
6 / 28

6

しおりを挟む
契約を交わした翌日から、マリアンとカイの怒涛の日々が始まった。

「うおおお、埃がすごい! お嬢様、本当にご自分でやるんですかい? 掃除くらい、業者を雇えば一発ですよ」

「自分のお店ですもの。自分の手で綺麗にしてあげないと、愛着が湧かないでしょう? それに……」

作業用のつなぎに着替え、髪をターバンでまとめたマリアンは、箒を片手ににっこりと笑った。

「こうして汗を流していると、自分が確かに生きているって実感できるのよ!」

埃まみれの顔で楽しそうに笑うマリアンに、カイは「あんた、本当に元公爵令嬢か……?」と呆れつつも、文句を言いながら床板を磨き始めた。

二人は来る日も来る日も、掃除と改装に明け暮れた。壁のペンキを塗り替え、傷んだ床を磨き上げ、厨房には新しい調理台を運び込む。貴族の令嬢だったとは思えないほど、マリアンは実に手際が良かった。

「さてと、一休みしましょうか」

ペンキまみれのまま床に座り込み、水筒の水を飲む。少しずつ、しかし着実に、古びた骨董品店がカフェへと姿を変えていく様に、マリアンは満ち足りた気持ちになる。

「それにしても、店の名前はどうするんです? そろそろ看板も用意しないと」

カイの言葉に、マリアンは待ってましたとばかりに答えた。

「もちろん、もう決めているわ。『カフェ・アルケミスタ』よ」

「あるけみすた……? それって、錬金術師って意味ですかい? なんでまた、そんな変わった名前を?」

マリアンは、店の中心に置く予定のカウンターテーブルを愛おしそうに撫でながら言った。

「わたくしにとっては、ガラクタ同然の古い魔道具も、煎る前のコーヒー豆も、すべてが宝の原石なの。それらに愛情と手間をかけて、人々を幸せにする最高の一杯や、心温まるお菓子を生み出す。それってまるで、石ころを黄金に変える錬金術のようだと思わない?」

その真剣な横顔と、夢を語るキラキラした瞳に、カイはただ「なるほどねぇ」と感心するしかなかった。



数日後、店の内装がほぼ固まったところで、いよいよマリアンの「宝物」たちが運び込まれることになった。

カイが手配した荷馬車から降ろされたのは、いくつもの厳重に梱包された木箱。カイが訝しげに見守る中、マリアンは慣れた手つきで釘抜きを使い、次々と箱を開けていく。

「な、なんですかこりゃあ!?」

中から現れた奇妙な機械の数々に、カイは素っ頓狂な声を上げた。

ガラス管と真鍮のパイプが複雑に絡み合った、まるで実験器具のような機械。
大小さまざまな歯車がむき出しになった、物々しい雰囲気の粉砕機。
鳥の飾りがついた、優雅だが用途不明なゼンマイ仕掛けの道具。

「ふふふ、わたくしの可愛い子たちよ。これは古代文明の遺物、『魔道具』。これからこのお店の心臓部になるの」

マリアンは、油の染みた布で一つ一つを丁寧に磨き上げ、カウンターや厨房の所定の位置に設置していく。

「これは『蒸気式珈琲抽出機』。蒸気の力でゆっくりとお湯を押し上げて、豆のうまみを余すところなく引き出してくれるの」

「こっちは『自動泡立て器』。ゼンマイを巻けば、この小さな羽根が高速で回転して、極上の生クリームを作ってくれるわ」

「そしてこれが『魔力保温ポット』。中に魔力を少し込めた石が入っていてね。注いだ飲み物の温度を、ずっと飲み頃に保ってくれるのよ」

彼女が小さなドライバーでネジを締め、部品の噛み合わせを調整する姿は、もはや令嬢ではなく、熟練の職人のそれだった。

すべての魔道具の設置が終わると、マリアンは試運転を兼ねて、初めてこの店でコーヒーを淹れた。

豆を挽くカリカリという心地よい音。蒸気式抽出機が、しゅうしゅうと静かな音を立てる。やがて、ガラスのフラスコに琥珀色の液体がぽたり、ぽたりと落ち始め、店中にこれまで嗅いだこともないような、芳醇で香ばしい匂いが満ちていった。

「さあ、カイ。毒味役をお願いするわ」

焼き立てのスコーンと共に差し出されたコーヒーを、カイはおそるおそる口にした。

「……う、うまい! なんですかこりゃ! 苦いのに、甘くて、奥深いっていうか……とにかく、今まで飲んだどんな飲み物よりうまい!」

「ええ、そうでしょ? これがわたくしの錬金術よ」

マリアンは、誇らしげに胸を張った。



開店準備の最終日。店の外に、手作りの木製看板が掲げられた。

カイが脚立に乗り、マリアンが下から「もうちょっと右!」「いや、左よ!」と指示を出す。

やがて、傾きなく完璧な位置に収まった看板には、マリアンの手による美しい文字で、『Cafe Alchemista』と書かれている。

二人で店の前に立ち、自分たちの城となった建物を、そしてその顔となった看板を見上げた。

「さあ、明日はいよいよプレオープンよ、カイ。気合を入れていきましょう!」

「へい、マスター!」

活気のある二人の声が、夕暮れの路地裏に響く。

その様子を、隣の騎士団屯所の二階の窓から、一人の男が腕を組んで、いぶかしげな表情で見下ろしていることには、まだ誰も気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...