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契約を交わした翌日から、マリアンとカイの怒涛の日々が始まった。
「うおおお、埃がすごい! お嬢様、本当にご自分でやるんですかい? 掃除くらい、業者を雇えば一発ですよ」
「自分のお店ですもの。自分の手で綺麗にしてあげないと、愛着が湧かないでしょう? それに……」
作業用のつなぎに着替え、髪をターバンでまとめたマリアンは、箒を片手ににっこりと笑った。
「こうして汗を流していると、自分が確かに生きているって実感できるのよ!」
埃まみれの顔で楽しそうに笑うマリアンに、カイは「あんた、本当に元公爵令嬢か……?」と呆れつつも、文句を言いながら床板を磨き始めた。
二人は来る日も来る日も、掃除と改装に明け暮れた。壁のペンキを塗り替え、傷んだ床を磨き上げ、厨房には新しい調理台を運び込む。貴族の令嬢だったとは思えないほど、マリアンは実に手際が良かった。
「さてと、一休みしましょうか」
ペンキまみれのまま床に座り込み、水筒の水を飲む。少しずつ、しかし着実に、古びた骨董品店がカフェへと姿を変えていく様に、マリアンは満ち足りた気持ちになる。
「それにしても、店の名前はどうするんです? そろそろ看板も用意しないと」
カイの言葉に、マリアンは待ってましたとばかりに答えた。
「もちろん、もう決めているわ。『カフェ・アルケミスタ』よ」
「あるけみすた……? それって、錬金術師って意味ですかい? なんでまた、そんな変わった名前を?」
マリアンは、店の中心に置く予定のカウンターテーブルを愛おしそうに撫でながら言った。
「わたくしにとっては、ガラクタ同然の古い魔道具も、煎る前のコーヒー豆も、すべてが宝の原石なの。それらに愛情と手間をかけて、人々を幸せにする最高の一杯や、心温まるお菓子を生み出す。それってまるで、石ころを黄金に変える錬金術のようだと思わない?」
その真剣な横顔と、夢を語るキラキラした瞳に、カイはただ「なるほどねぇ」と感心するしかなかった。
◇
数日後、店の内装がほぼ固まったところで、いよいよマリアンの「宝物」たちが運び込まれることになった。
カイが手配した荷馬車から降ろされたのは、いくつもの厳重に梱包された木箱。カイが訝しげに見守る中、マリアンは慣れた手つきで釘抜きを使い、次々と箱を開けていく。
「な、なんですかこりゃあ!?」
中から現れた奇妙な機械の数々に、カイは素っ頓狂な声を上げた。
ガラス管と真鍮のパイプが複雑に絡み合った、まるで実験器具のような機械。
大小さまざまな歯車がむき出しになった、物々しい雰囲気の粉砕機。
鳥の飾りがついた、優雅だが用途不明なゼンマイ仕掛けの道具。
「ふふふ、わたくしの可愛い子たちよ。これは古代文明の遺物、『魔道具』。これからこのお店の心臓部になるの」
マリアンは、油の染みた布で一つ一つを丁寧に磨き上げ、カウンターや厨房の所定の位置に設置していく。
「これは『蒸気式珈琲抽出機』。蒸気の力でゆっくりとお湯を押し上げて、豆のうまみを余すところなく引き出してくれるの」
「こっちは『自動泡立て器』。ゼンマイを巻けば、この小さな羽根が高速で回転して、極上の生クリームを作ってくれるわ」
「そしてこれが『魔力保温ポット』。中に魔力を少し込めた石が入っていてね。注いだ飲み物の温度を、ずっと飲み頃に保ってくれるのよ」
彼女が小さなドライバーでネジを締め、部品の噛み合わせを調整する姿は、もはや令嬢ではなく、熟練の職人のそれだった。
すべての魔道具の設置が終わると、マリアンは試運転を兼ねて、初めてこの店でコーヒーを淹れた。
豆を挽くカリカリという心地よい音。蒸気式抽出機が、しゅうしゅうと静かな音を立てる。やがて、ガラスのフラスコに琥珀色の液体がぽたり、ぽたりと落ち始め、店中にこれまで嗅いだこともないような、芳醇で香ばしい匂いが満ちていった。
「さあ、カイ。毒味役をお願いするわ」
焼き立てのスコーンと共に差し出されたコーヒーを、カイはおそるおそる口にした。
「……う、うまい! なんですかこりゃ! 苦いのに、甘くて、奥深いっていうか……とにかく、今まで飲んだどんな飲み物よりうまい!」
「ええ、そうでしょ? これがわたくしの錬金術よ」
マリアンは、誇らしげに胸を張った。
◇
開店準備の最終日。店の外に、手作りの木製看板が掲げられた。
カイが脚立に乗り、マリアンが下から「もうちょっと右!」「いや、左よ!」と指示を出す。
やがて、傾きなく完璧な位置に収まった看板には、マリアンの手による美しい文字で、『Cafe Alchemista』と書かれている。
二人で店の前に立ち、自分たちの城となった建物を、そしてその顔となった看板を見上げた。
「さあ、明日はいよいよプレオープンよ、カイ。気合を入れていきましょう!」
「へい、マスター!」
活気のある二人の声が、夕暮れの路地裏に響く。
その様子を、隣の騎士団屯所の二階の窓から、一人の男が腕を組んで、いぶかしげな表情で見下ろしていることには、まだ誰も気づいていなかった。
「うおおお、埃がすごい! お嬢様、本当にご自分でやるんですかい? 掃除くらい、業者を雇えば一発ですよ」
「自分のお店ですもの。自分の手で綺麗にしてあげないと、愛着が湧かないでしょう? それに……」
作業用のつなぎに着替え、髪をターバンでまとめたマリアンは、箒を片手ににっこりと笑った。
「こうして汗を流していると、自分が確かに生きているって実感できるのよ!」
埃まみれの顔で楽しそうに笑うマリアンに、カイは「あんた、本当に元公爵令嬢か……?」と呆れつつも、文句を言いながら床板を磨き始めた。
二人は来る日も来る日も、掃除と改装に明け暮れた。壁のペンキを塗り替え、傷んだ床を磨き上げ、厨房には新しい調理台を運び込む。貴族の令嬢だったとは思えないほど、マリアンは実に手際が良かった。
「さてと、一休みしましょうか」
ペンキまみれのまま床に座り込み、水筒の水を飲む。少しずつ、しかし着実に、古びた骨董品店がカフェへと姿を変えていく様に、マリアンは満ち足りた気持ちになる。
「それにしても、店の名前はどうするんです? そろそろ看板も用意しないと」
カイの言葉に、マリアンは待ってましたとばかりに答えた。
「もちろん、もう決めているわ。『カフェ・アルケミスタ』よ」
「あるけみすた……? それって、錬金術師って意味ですかい? なんでまた、そんな変わった名前を?」
マリアンは、店の中心に置く予定のカウンターテーブルを愛おしそうに撫でながら言った。
「わたくしにとっては、ガラクタ同然の古い魔道具も、煎る前のコーヒー豆も、すべてが宝の原石なの。それらに愛情と手間をかけて、人々を幸せにする最高の一杯や、心温まるお菓子を生み出す。それってまるで、石ころを黄金に変える錬金術のようだと思わない?」
その真剣な横顔と、夢を語るキラキラした瞳に、カイはただ「なるほどねぇ」と感心するしかなかった。
◇
数日後、店の内装がほぼ固まったところで、いよいよマリアンの「宝物」たちが運び込まれることになった。
カイが手配した荷馬車から降ろされたのは、いくつもの厳重に梱包された木箱。カイが訝しげに見守る中、マリアンは慣れた手つきで釘抜きを使い、次々と箱を開けていく。
「な、なんですかこりゃあ!?」
中から現れた奇妙な機械の数々に、カイは素っ頓狂な声を上げた。
ガラス管と真鍮のパイプが複雑に絡み合った、まるで実験器具のような機械。
大小さまざまな歯車がむき出しになった、物々しい雰囲気の粉砕機。
鳥の飾りがついた、優雅だが用途不明なゼンマイ仕掛けの道具。
「ふふふ、わたくしの可愛い子たちよ。これは古代文明の遺物、『魔道具』。これからこのお店の心臓部になるの」
マリアンは、油の染みた布で一つ一つを丁寧に磨き上げ、カウンターや厨房の所定の位置に設置していく。
「これは『蒸気式珈琲抽出機』。蒸気の力でゆっくりとお湯を押し上げて、豆のうまみを余すところなく引き出してくれるの」
「こっちは『自動泡立て器』。ゼンマイを巻けば、この小さな羽根が高速で回転して、極上の生クリームを作ってくれるわ」
「そしてこれが『魔力保温ポット』。中に魔力を少し込めた石が入っていてね。注いだ飲み物の温度を、ずっと飲み頃に保ってくれるのよ」
彼女が小さなドライバーでネジを締め、部品の噛み合わせを調整する姿は、もはや令嬢ではなく、熟練の職人のそれだった。
すべての魔道具の設置が終わると、マリアンは試運転を兼ねて、初めてこの店でコーヒーを淹れた。
豆を挽くカリカリという心地よい音。蒸気式抽出機が、しゅうしゅうと静かな音を立てる。やがて、ガラスのフラスコに琥珀色の液体がぽたり、ぽたりと落ち始め、店中にこれまで嗅いだこともないような、芳醇で香ばしい匂いが満ちていった。
「さあ、カイ。毒味役をお願いするわ」
焼き立てのスコーンと共に差し出されたコーヒーを、カイはおそるおそる口にした。
「……う、うまい! なんですかこりゃ! 苦いのに、甘くて、奥深いっていうか……とにかく、今まで飲んだどんな飲み物よりうまい!」
「ええ、そうでしょ? これがわたくしの錬金術よ」
マリアンは、誇らしげに胸を張った。
◇
開店準備の最終日。店の外に、手作りの木製看板が掲げられた。
カイが脚立に乗り、マリアンが下から「もうちょっと右!」「いや、左よ!」と指示を出す。
やがて、傾きなく完璧な位置に収まった看板には、マリアンの手による美しい文字で、『Cafe Alchemista』と書かれている。
二人で店の前に立ち、自分たちの城となった建物を、そしてその顔となった看板を見上げた。
「さあ、明日はいよいよプレオープンよ、カイ。気合を入れていきましょう!」
「へい、マスター!」
活気のある二人の声が、夕暮れの路地裏に響く。
その様子を、隣の騎士団屯所の二階の窓から、一人の男が腕を組んで、いぶかしげな表情で見下ろしていることには、まだ誰も気づいていなかった。
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