ざまぁ不要の悪役令嬢!婚約破棄は想定内、むしろご褒美ですわ!

夏乃みのり

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王宮の庭園は、色とりどりの花々と、着飾った貴族たちの笑い声で満ち溢れていた。

その華やかな喧騒の一角に、マリアンとカイは、自分たちの戦場を築き上げていた。

白いクロスがかけられた長テーブルの上には、彼女が愛情を込めて磨き上げた『蒸気式珈琲抽出機』をはじめとする、自慢の魔道具たちが鎮座している。それはまるで、異世界から迷い込んだかのような、不思議で、しかし機能的な美しさを放っていた。

「カイ、豆の準備はいい? お湯の温度、常に気を配ってちょうだい」

「へい、マスター! いつでもいけますぜ!」

周囲から注がれる、好奇と、そして侮蔑が入り混じった視線。マリアンは、それらを一切意に介さなかった。今の彼女にあるのは、ただ、最高の仕事をするという、プロとしての誇りだけだ。

そして、そんな彼女の背中を、すぐ近くの位置から、氷の騎士団長が静かに、しかし一切の隙なく、守っていた。

やがて、楽団の演奏が一段と華やかになり、庭園に集う人々の間に、さざ波のようなよどめきが走った。

「国王陛下のおなりー!」

廷臣たちを幾人も引き連れ、現国王、ジェラルド三世が、ゆっくりと庭園を歩いてくる。その威厳に満ちた足取りは、やがて、マリアンの小さなカフェブースの前で、ぴたりと止まった。

「ほう。貴殿が、噂の『錬金術師』か」

国王は、面白そうな目で、マリアンと、彼女が並べた奇妙な機械たちを見比べた。

「なかなか、興味深い道具立てだな。して、朕にも、その噂の味とやらを、試させてはくれぬか?」

「はっ。この上なき光栄に存じます、陛下」

マリアンは、練習通り、完璧な淑女の礼をとると、一切の無駄のない、流れるような動きで、国王のためだけの一杯を淹れ始めた。

やがて、国王の前に、深い琥珀色に輝くコーヒーと、王家の獅子の紋章を見事なアイシングで描いた、特製のクッキーが献上される。

周囲の貴族たちが、固唾をのんで見守る中、国王は、まずコーヒーの香りを楽しみ、そして、静かに一口、その液体を口に含んだ。

次の瞬間、国王の目が、驚きに見開かれた。

「……うむ。これは、うまい」

低い、しかしよく通る声で、国王は言った。

「ただ苦いだけではない。芳醇な香りと、その奥に、確かな甘みとコクがある。見事なものだ」

さらにクッキーも口に運び、満足げに頷く。

「この菓子も、実に結構。貴殿の腕は、噂以上と見えるな」

国王からの、この上ない賛辞。

その一言が、園遊会の空気と、マリアンを見る周囲の目を、一瞬にして変えた。

「陛下があれほどお褒めになるなんて!」
「ぜひ、わたくしも一杯いただきたいわ!」
「あの獅子のクッキーも! なんて可愛らしいのかしら!」

先ほどまでマリアンを遠巻きに眺めて、落ちぶれたものだと嘲笑していた貴族たちが、手のひらを返したように、彼女のブースの前に、長蛇の列を作り始めたのだ。



その光景を、少し離れた噴水の陰から、リリアナ・ベルは、憎々しげに見つめていた。

(なんなのよ、あの女……! どうして、あんな女が、陛下にまで認められて……!)

彼女の隣では、王太子エドワードが、どこか誇らしげな、そして少しだけ寂しげな、複雑な表情で、人々に囲まれ、生き生きと働くマリアンの姿を、じっと見つめている。

「……見事なものだな、マリアンは」

エドワードが、ぽつりと呟いた。

「彼女は、昔からああいうところがあった。一度決めたことは、誰に何を言われようと、とことんやり抜く。その強さこそが、彼女の美しさだったのだろう。俺は……それに気づかなかった」

その、まるで後悔を滲ませたような言葉が、リリアナの嫉妬の炎に、さらに油を注いだ。

(エドワード様まで……! いいえ、そんなこと、許さないわ)

彼女は、ただ王太子の隣で可憐に微笑むだけの、人形のような存在でいるつもりは、毛頭なかった。王太子の寵愛だけでは、満足できない。マリアンのように、人々から注目され、賞賛され、そして何より、権力を持つ人間に認められる存在に、自分がならなければならないのだ。

このままでは、マリアンに、すべてを奪われてしまう。

王太子の心も、周囲の評価も、園遊会の主役の座も。

強い、強い焦燥感。

リリアナは、扇で口元を隠すと、背後に控えていた侍女を呼び寄せ、その耳に、蛇のように冷たい声で、そっと囁いた。

「……計画を実行します。今夜、厨房で手筈を整えなさい。失敗は、許しませんよ」

侍女が、恐怖に青ざめながら頷くのを見て、リリア-ナは再び、園遊会の喧騒へと視線を戻した。

その可憐な顔に浮かんでいたのは、いつもの計算高い笑みではない。

すべてを破壊してでも、欲しいものを手に入れようとする、暗く、そして危険な光を宿した、狂気の笑みだった。

マリアンの輝かしい成功の、すぐその裏側で。

彼女を社会の底へと突き落とすための、最後の、そして最大の陰謀が、静かに、そして確実に、動き出そうとしていた。
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