ざまぁ不要の悪役令嬢!婚約破棄は想定内、むしろご褒美ですわ!

夏乃みのり

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アレクシスの、たった一言。

その、地を這うような低い声は、不思議なほどよく通り、パニックに陥っていた園遊会の喧騒を、まるでナイフで切り裂くかのように、静まらせた。

衛兵たちは、王国最強と謳われる騎士団長の、ただならぬ覇気に気圧され、槍の穂先を向けたまま、動けずにいる。

その硬直を破ったのは、王太子エドワードだった。リリアナに腕を引かれ、正気を取り戻した彼は、憤然として声を張り上げた。

「ヴァイス団長! そこをどかれ! 貴官の立場をわきまえよ! その女は、国王陛下暗殺未遂の重大な容疑者だぞ!」

王太子としての権威を必死で示そうとするエドワード。その隣で、リリアナが泣き濡れた瞳で、アレクシスに訴えかける。

「そうですわ、アレクシス様……。わたくしたちも、マリアンさんを信じたかったのですけれど……。現に、こうして倒れてしまった方々がいるのです。これでは、庇いようがございませんわ」

悲劇のヒロインを完璧に演じきるリリアナ。周囲の貴族たちは、彼女の言葉に「その通りだ」「哀れなリリアナ様……」と、同情的な視線を送っている。

四面楚歌。マリアンは、自分の前に立つ、大きな背中を見つめることしかできなかった。

しかし、アレクシスは動じない。彼は、エドワードやリリアナには目もくれず、その冷たい視線を、衛兵を指揮する隊長へと向けた。

「衛兵隊長」

「は、はい!」

「俺の聞き間違いでなければ、今、そこの女たちは『毒が盛られていた』と申したな?」

「はっ! そのように聞いております!」

アレクシスの声は、危険なほどに、静かだった。

「ならば、なぜ侍医を呼ばん? なぜ、毒の種類を特定しようとせんのだ? 容疑者を確保するよりも、まずは被害者の救護が最優先事項ではないのか」

その、あまりにも正論な指摘に、衛兵隊長はぐっと言葉に詰まる。

「それとも、王宮の衛兵というのは、その程度の基本的な判断すらできん、無能の集まりだと、自ら証明したいのか?」

「そ、そのようなことは……!」

アレクシスのロジックは、常に的確で、そして容赦がない。それは、戦場だけでなく、このような場所でも、絶対的な武器となり得た。

「ヴァイス団長の言う通りだ」

その時、これまで沈黙を守っていた国王が、重々しく口を開いた。

「衛兵隊長。まず、倒れた者たちを医務室へ運べ。そして、大至急、侍医をここに呼ぶのだ」

「ははっ!」

国王の鶴の一声で、衛兵たちは慌てて気を失った令嬢たちを運び出していく。

ほんの少しだけ、猶予が生まれた。だが、マリアンを取り巻く状況は、何も変わっていなかった。

向けられる、数多の疑惑の目。

そして何より、かつて婚約者だったエドワードが、自分を信じず、一方的に非難したという事実が、マリアンの胸を冷たく締め付けた。

(わたくしは……。やはり、信じてもらえないのね)

誰にも。

そう思った瞬間、目の前に立つアレクシスの、大きな背中が、ほんの少しだけ、動いた気がした。

ほどなくして、年配の侍医が、慌てた様子で駆けつけてきた。彼は、残っていた食器や菓子を、手際よく調べ始める。リリアナは、その侍医に寄り添い、決定的な証言を引き出そうと、涙ながらに囁いた。

「先生……。やはり、これは毒ですわよね……? 恐ろしいことですわ……」

侍医は、銀の匙でコーヒーを一口舐め、クッキーの欠片を調べ、そして、深く眉をひそめた。

「これは……」

誰もが、固唾をのんで、その次の言葉を待っていた。

侍医が、何かを言おうと口を開きかけた、その時。

「侍医よ」

再び、アレクシスの静かな声が響いた。

「結果を待つまでもない。それが毒でないことは、俺が一番よく知っている」

そう言うと、アレクシスは、おもむろに振り返った。

そして、その場にいる全員が、息をのむ中で。

彼は、毒が盛られていると疑われているテーブルの上から、獅子の紋章が描かれたクッキーを、一枚、ためらうことなく、その武骨な手で、つまみ上げたのだった。
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