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時が、止まった。
園遊会に集った誰もが、アレクシス・フォン・ヴァイスのその行動に、息をのんだ。
毒が盛られていると、疑われている菓子。それを、彼は、一切のためらいもなく、その手に取ったのだ。
「アレクシス様、いけませんわ!」
最初に我に返ったのは、リリアナだった。その顔から血の気が引き、その声はもはや悲劇のヒロインのものではなく、ただただ狼狽した、素の少女の悲鳴だった。
「それを召し上がっては! 万が一のことがあったら……!」
「そうだ、ヴァイス団長! 蛮勇はよせ! 証拠の品をなくす気か!」
エドワードも、リリアナに同調して叫ぶ。
だが、アレクシスの耳に、その二人の声は届いていなかった。
彼は、喧騒も、疑惑も、王太子の制止さえも、すべてをその意識から締め出していた。彼の、その凍てつくような青い瞳が見つめているのは、ただ一人。
絶望の淵で、か細く立ち尽くしている、マリアンだけだった。
そして、彼は言った。
その声は、決して大きくはなかった。けれど、その場にいるすべての者の耳に、そして何より、マリアンの心の奥深くに、はっきりと届いた。
「彼女が、そんなことをするはずがない」
それは、弁護でも、擁護でもない。
ただ、絶対的な、揺るぎない、信頼の言葉だった。
次の瞬間。
アレクシスは、その手に持った獅子のクッキーを、ゆっくりと、自らの口へと運んだ。
サクッ。
静寂に包まれた庭園に、その、あまりにも場違いな、軽やかな音だけが響き渡る。
「「「……っ!」」」
誰もが、息をのんだ。
マリアンは、心臓を氷の鷲に掴まれたような衝撃に、声も出せずに立ち尽くしていた。
(だめ……! だめですわ、アレクシス様!)
もし、万が一。自分の知らないところで、本当に何かが混入されていたとしたら。この人が、自分のせいで、命の危険に晒されてしまったら。
その恐怖が、マリアンの全身を駆け巡る。
だが、アレクシスは、そんな彼女の恐怖をあざ笑うかのように、平然と、そしてどこか味わうように、ゆっくりとクッキーを咀嚼し、飲み込んだ。
一秒が、一時間のように感じられる。
誰もが、彼が苦しみだすのを、その場に崩れ落ちるのを、固唾をのんで見守っていた。
リリアナの顔は、もはや真っ白を通り越して、土気色になっていた。彼女の完璧な筋書きが、目の前で、この無骨な騎士の手によって、粉々に砕かれていく。
そして。
すべてを食べ終えたアレクシスは、何事もなかったかのように、静かに佇んでいた。
彼は、その鋭い視線を、唖然とする侍医と、貴族たちへと向けた。
「侍医よ。見ての通りだ。俺は、何ともない」
その声には、一片の揺らぎもなかった。
「むしろ」
彼は、指先に残ったクッキーの欠片を払うと、はっきりと、全員に聞こえるように言い放った。
「実に、うまい菓子だ。これほどのものを作れる職人が、毒などという下劣な手段に、わざわざ頼る理由があるとは思えんな」
その言葉は、何よりも雄弁な、マリアンの無実の証明だった。
ざわ、ざわ……。
貴族たちの間に、先ほどとは質の違う戸惑いのどよめきが広がる。
毒など、入っていなかった。
では、あの令嬢たちは、一体なぜ倒れたのか?
疑惑の矛先が、ゆっくりと、しかし確実にその向きを変え始めていた。
その、変化の兆しを、この国の頂点に立つ男が見逃すはずはなかった。
これまで玉座で腕を組み、静かに事の成り行きを見守っていた国王が、初めて、その口元にかすかな笑みを浮かべた。
「ふむ……。面白いことになってきたではないか」
国王は、その鋭い視線を完全に狼狽しきっているリリアナへと向けた。
「侍医よ」
「は、ははっ!」
「倒れた令嬢たちの診断を、改めて朕に詳しく報告せよ。毒物でないとすれば、他に必ず原因があるはずだ。徹底的に調べるのだ」
その言葉は、この茶番劇の幕切れと、そして真実の追求の始まりを告げていた。
リリアナの、完璧に仕掛けられたはずの罠は、今や、彼女自身にその牙を剥こうとしていた。
園遊会に集った誰もが、アレクシス・フォン・ヴァイスのその行動に、息をのんだ。
毒が盛られていると、疑われている菓子。それを、彼は、一切のためらいもなく、その手に取ったのだ。
「アレクシス様、いけませんわ!」
最初に我に返ったのは、リリアナだった。その顔から血の気が引き、その声はもはや悲劇のヒロインのものではなく、ただただ狼狽した、素の少女の悲鳴だった。
「それを召し上がっては! 万が一のことがあったら……!」
「そうだ、ヴァイス団長! 蛮勇はよせ! 証拠の品をなくす気か!」
エドワードも、リリアナに同調して叫ぶ。
だが、アレクシスの耳に、その二人の声は届いていなかった。
彼は、喧騒も、疑惑も、王太子の制止さえも、すべてをその意識から締め出していた。彼の、その凍てつくような青い瞳が見つめているのは、ただ一人。
絶望の淵で、か細く立ち尽くしている、マリアンだけだった。
そして、彼は言った。
その声は、決して大きくはなかった。けれど、その場にいるすべての者の耳に、そして何より、マリアンの心の奥深くに、はっきりと届いた。
「彼女が、そんなことをするはずがない」
それは、弁護でも、擁護でもない。
ただ、絶対的な、揺るぎない、信頼の言葉だった。
次の瞬間。
アレクシスは、その手に持った獅子のクッキーを、ゆっくりと、自らの口へと運んだ。
サクッ。
静寂に包まれた庭園に、その、あまりにも場違いな、軽やかな音だけが響き渡る。
「「「……っ!」」」
誰もが、息をのんだ。
マリアンは、心臓を氷の鷲に掴まれたような衝撃に、声も出せずに立ち尽くしていた。
(だめ……! だめですわ、アレクシス様!)
もし、万が一。自分の知らないところで、本当に何かが混入されていたとしたら。この人が、自分のせいで、命の危険に晒されてしまったら。
その恐怖が、マリアンの全身を駆け巡る。
だが、アレクシスは、そんな彼女の恐怖をあざ笑うかのように、平然と、そしてどこか味わうように、ゆっくりとクッキーを咀嚼し、飲み込んだ。
一秒が、一時間のように感じられる。
誰もが、彼が苦しみだすのを、その場に崩れ落ちるのを、固唾をのんで見守っていた。
リリアナの顔は、もはや真っ白を通り越して、土気色になっていた。彼女の完璧な筋書きが、目の前で、この無骨な騎士の手によって、粉々に砕かれていく。
そして。
すべてを食べ終えたアレクシスは、何事もなかったかのように、静かに佇んでいた。
彼は、その鋭い視線を、唖然とする侍医と、貴族たちへと向けた。
「侍医よ。見ての通りだ。俺は、何ともない」
その声には、一片の揺らぎもなかった。
「むしろ」
彼は、指先に残ったクッキーの欠片を払うと、はっきりと、全員に聞こえるように言い放った。
「実に、うまい菓子だ。これほどのものを作れる職人が、毒などという下劣な手段に、わざわざ頼る理由があるとは思えんな」
その言葉は、何よりも雄弁な、マリアンの無実の証明だった。
ざわ、ざわ……。
貴族たちの間に、先ほどとは質の違う戸惑いのどよめきが広がる。
毒など、入っていなかった。
では、あの令嬢たちは、一体なぜ倒れたのか?
疑惑の矛先が、ゆっくりと、しかし確実にその向きを変え始めていた。
その、変化の兆しを、この国の頂点に立つ男が見逃すはずはなかった。
これまで玉座で腕を組み、静かに事の成り行きを見守っていた国王が、初めて、その口元にかすかな笑みを浮かべた。
「ふむ……。面白いことになってきたではないか」
国王は、その鋭い視線を完全に狼狽しきっているリリアナへと向けた。
「侍医よ」
「は、ははっ!」
「倒れた令嬢たちの診断を、改めて朕に詳しく報告せよ。毒物でないとすれば、他に必ず原因があるはずだ。徹底的に調べるのだ」
その言葉は、この茶番劇の幕切れと、そして真実の追求の始まりを告げていた。
リリアナの、完璧に仕掛けられたはずの罠は、今や、彼女自身にその牙を剥こうとしていた。
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