勝ち取れ!婚約破棄、悪役令嬢のふりを極めます!

夏乃みのり

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クロムウェル子爵と、彼が雇ったチンピラたちは、カインの部下である騎士たちによってきっちり拘束され、王都へと護送されていった。

領地を襲った束の間の危機は、完全に過ぎ去ったのだ。

「まったく、後味の悪い事件だったわ。こんな時は、美味しいものを食べて、ぱーっと厄払いするに限るわね!」

グレイの鶴の一声で、その日の夜、領主の館ではささやかな祝宴が催されることになった。

領民を恐怖させた悪党が捕まったこと、そして何より、自分たちの主君であるグレイが無事だったこと。その二つを祝うための宴だ。

厨房には、グレイの指揮のもと、心の底から彼女を心配していた館のスタッフたちが腕によりをかけた料理が並ぶ。採れたての野菜を使ったサラダ、じっくり煮込まれた肉のシチュー、そして工房で作られたばかりの甘いデザート。

館の広間は、使用人や騎士たちの、安堵と喜びに満ちた笑い声で満たされていた。

「さあ、皆! 今夜は無礼講よ! 飲んで、食べて、明日への英気を養いなさい!」

宴の中心で、グレイは高らかにグラスを掲げた。

彼女自身も、緊張の糸が切れた反動か、いつもよりペースを上げて、領地特産の果実酒を口に運んでいた。その白い頬は、ほんのりと上気し、アメジスト色の瞳は、お酒のせいで潤んでとろりとした光を宿している。

カインは、そんな宴の輪から少し離れ、壁際で腕を組みながら、警戒を解くことなく全体の様子を見守っていた。職務上、彼だけは一滴も酒を口にしていない。

すると、そんな彼の元へ、グレイが千鳥足、とまではいかないが、少しふわふわとした足取りで近づいてきた。

「あら、カイン。あなた、まだそんなところで番犬をしているの? 今夜くらい、楽しめばいいのに」

「……職務ですので」

いつも通りの返事をしたが、目の前の彼女から漂う甘い果実酒の香りに、カインは少しだけ、心臓が跳ねるのを感じた。

「堅物さん」

グレイは、楽しそうにくすくすと笑うと、カインの目の前に、ぴと、と人差し指を突きつけた。

「でも、まあ、今日のあなたには褒美をあげてもよろしくてよ。ええ、実に、実に素晴らしかったわ」

「……光栄です」

「まるで、物語に出てくる英雄のようだった。わたくしを助けに来た、白馬の……いえ、氷の騎士様、かしら」

うっとりとした口調で言うグレイに、カインはなんと返すべきか、言葉に詰まる。

からかわれているのだろうか。それとも、本心なのだろうか。酔っている彼女の真意は、普段よりもさらに読むのが難しい。

すると、グレイは不意に悪戯っぽい笑みを浮かべ、カインの顔を覗き込むように、ぐっと距離を縮めた。

「でもね……」

彼女の吐息がかかるほどの距離。カインの心臓が、どくん、と大きく音を立てる。

「あの時のあなたの目……。敵を睨みつける、あの冷たい瞳。正直、少し怖かったわ。まるで、本物の鬼神のようだったもの」

グレイは、ふふっ、と意味深に笑うと、時代劇の役者のように、ぽん、とカインの肩を軽く叩いた。

そして、囁くような声で、こう言った。

「お主も、悪よのう」

「……っ!」

その、あまりに不意打ちで、あまりに的確な一撃に、カインの思考は完全に停止した。

なんだ、今の言葉は。
なんだ、今の仕草は。

彼が、その長い人生で、一度も浴びたことのない種類の、からかいの言葉。

カインが硬直していると、周囲でそのやり取りを見ていた騎士たちが、必死で笑いをこらえて肩を震わせているのが見えた。

次の瞬間、カインの首筋から、ぶわっ、と熱が込み上げてきた。

いつもは白い彼の肌が、耳まで、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「グ、グレイ様……! お戯れが過ぎます……!」

やっとの思いで絞り出した抗議の声は、情けないほどに上ずっていた。

グレイは、そんな彼の反応を見て、きゃらきゃらと鈴を転がすように笑った。

「まあ、顔が真っ赤。可愛いところもあるのね、氷の騎士様も」

「か、可愛いなどと……!」

「あら、照れているの?」

さらに追い打ちをかけるようにからかうグレイ。

彼女は、酔いのせいか、少しだけ足元がふらついた。

その瞬間、カインは、考えるより先に、反射的に彼女の腕を掴んで、その体を支えていた。

「危ない……!」

「……あ」

触れた腕は、驚くほどに華奢で、熱かった。

遊びめいていた空気が、一瞬にして消え去る。

至近距離で見つめ合う、二人の瞳。

先に我に返ったのは、グレイの方だった。

彼女は、はっとしたようにカインの手を振り払うと、さっと顔を赤らめた。

「な、なによ! ……もういいわ、わたくし、少し飲みすぎたみたい。部屋に戻るわね!」

そう早口でまくし立てると、グレイはくるりと背を向け、少しだけ乱れた足取りで、広間から去っていってしまった。

一人残されたカインは、彼女を支えた方の手を見つめ、まだそこに残る柔らかな感触と熱さに、ただ、立ち尽くすしかなかった。

胸の中で、今までに感じたことのない、温かくて、どうしようもなく甘い嵐が、激しく吹き荒れていた。
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