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14話
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「兄貴のピザはね、生地が命なんだから! あんたみたいなのが手伝ったら、生地が泣くわ!」
「あら、わたくしは監督ですの。手を動かすのはマスカル。口を出すのがわたくし。完璧な分業体制ですわ」
翌日から、リコッタによるグルメアへの対抗意識は、全開だった。
ピザ屋の手伝いでも、事あるごとにグルメアに突っかかってくる。
「そんな偉そうな態度じゃ、お客さんが逃げちゃうでしょ!」
「あら、見て分からないのですか? 皆さん、このわたくしに罵られるために来ているのですよ。これも立派なサービスですわ」
「なっ……!?」
リコッタは、グルメアの堂々とした態度と、それを喜んでいる(ように見える)客たちの姿を見て、ぐうの音も出なかった。
何から何まで、自分の常識が通用しない相手だった。
しかし、リコッタもただの嫉妬深い妹ではなかった。
兄の隣で働くグルメアの姿を観察するうちに、少しずつ彼女への印象が変わっていく。
グルメアは、確かに口は悪いが、仕事は驚くほど的確だった。
客あしらいも見事だし、何より、彼女がマスカルに向ける視線には、深い尊敬と愛情がこもっているのが分かった。
そして、兄であるマスカルもまた、グルメアのそばにいる時、とても楽しそうに見えた。
決定的な出来事が起こったのは、その数日後の夜だった。
夜中にふと目を覚ましたリコッタは、ランプの明かりが厨房から漏れているのに気づいた。
(泥棒かしら?)
そっと覗いてみると、そこにいたのはグルメアだった。
彼女は、慣れない手つきで、針と糸を手にしていた。
そして、マスカルの仕事着の、擦り切れた肘の部分を、一生懸命に繕っているのだ。
その縫い目は、お世辞にも上手とは言えなかった。
ガタガタで、不格好で、まるで芋虫が這った跡のようだ。
きっと、彼女は生まれてから一度も、裁縫などしたことがなかったのだろう。
それでも、彼女は指に針を刺し、小さな血のにじませながらも、必死に手を動かしていた。
その真剣な横顔は、昼間の傲慢な彼女とはまるで別人だった。
(……あんた、そんなことまで……)
兄のために、自分の不得意なことを、夜なべしてまでやっている。
その健気な姿に、リコッタの心の中の氷が、すうっと溶けていくのを感じた。
この人の、兄への想いは、本物だ。
翌朝、リコッタは、少し眠そうな顔をしているグルメアに、ぶっきらぼうに話しかけた。
「……あんたさ」
「何ですの、朝から」
「……本当に、兄貴のことが好きなんだね」
その言葉に、グルメアは一瞬、目を丸くした。
「そ、そんなこと……!」
「隠さなくていいわよ。昨日の夜、見てたんだから」
リコッタにそう指摘され、グルメアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それを見たリコッタは、ふっと息を吐くと、少しだけ優しい顔で笑った。
「……まあ、あんたみたいな変な女の方が、うちの朴念仁な兄貴には、お似合いかもね」
「へ……?」
「しょーがないから! 私が二人の仲を、ちょっとだけ手伝ってあげなくもないわ!」
それは、リコッタなりの、最大限のツンデレな和解宣言だった。
グルメアは、ぽかんとした顔でリコッタを見ていたが、やがて、ふふっと小さく笑みをこぼした。
「……感謝いたしますわ、妹君」
こうして、二人の間には、マスカルを繋ぐ、奇妙で温かい友情が芽生えたのだった。
「あら、わたくしは監督ですの。手を動かすのはマスカル。口を出すのがわたくし。完璧な分業体制ですわ」
翌日から、リコッタによるグルメアへの対抗意識は、全開だった。
ピザ屋の手伝いでも、事あるごとにグルメアに突っかかってくる。
「そんな偉そうな態度じゃ、お客さんが逃げちゃうでしょ!」
「あら、見て分からないのですか? 皆さん、このわたくしに罵られるために来ているのですよ。これも立派なサービスですわ」
「なっ……!?」
リコッタは、グルメアの堂々とした態度と、それを喜んでいる(ように見える)客たちの姿を見て、ぐうの音も出なかった。
何から何まで、自分の常識が通用しない相手だった。
しかし、リコッタもただの嫉妬深い妹ではなかった。
兄の隣で働くグルメアの姿を観察するうちに、少しずつ彼女への印象が変わっていく。
グルメアは、確かに口は悪いが、仕事は驚くほど的確だった。
客あしらいも見事だし、何より、彼女がマスカルに向ける視線には、深い尊敬と愛情がこもっているのが分かった。
そして、兄であるマスカルもまた、グルメアのそばにいる時、とても楽しそうに見えた。
決定的な出来事が起こったのは、その数日後の夜だった。
夜中にふと目を覚ましたリコッタは、ランプの明かりが厨房から漏れているのに気づいた。
(泥棒かしら?)
そっと覗いてみると、そこにいたのはグルメアだった。
彼女は、慣れない手つきで、針と糸を手にしていた。
そして、マスカルの仕事着の、擦り切れた肘の部分を、一生懸命に繕っているのだ。
その縫い目は、お世辞にも上手とは言えなかった。
ガタガタで、不格好で、まるで芋虫が這った跡のようだ。
きっと、彼女は生まれてから一度も、裁縫などしたことがなかったのだろう。
それでも、彼女は指に針を刺し、小さな血のにじませながらも、必死に手を動かしていた。
その真剣な横顔は、昼間の傲慢な彼女とはまるで別人だった。
(……あんた、そんなことまで……)
兄のために、自分の不得意なことを、夜なべしてまでやっている。
その健気な姿に、リコッタの心の中の氷が、すうっと溶けていくのを感じた。
この人の、兄への想いは、本物だ。
翌朝、リコッタは、少し眠そうな顔をしているグルメアに、ぶっきらぼうに話しかけた。
「……あんたさ」
「何ですの、朝から」
「……本当に、兄貴のことが好きなんだね」
その言葉に、グルメアは一瞬、目を丸くした。
「そ、そんなこと……!」
「隠さなくていいわよ。昨日の夜、見てたんだから」
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それを見たリコッタは、ふっと息を吐くと、少しだけ優しい顔で笑った。
「……まあ、あんたみたいな変な女の方が、うちの朴念仁な兄貴には、お似合いかもね」
「へ……?」
「しょーがないから! 私が二人の仲を、ちょっとだけ手伝ってあげなくもないわ!」
それは、リコッタなりの、最大限のツンデレな和解宣言だった。
グルメアは、ぽかんとした顔でリコッタを見ていたが、やがて、ふふっと小さく笑みをこぼした。
「……感謝いたしますわ、妹君」
こうして、二人の間には、マスカルを繋ぐ、奇妙で温かい友情が芽生えたのだった。
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