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テラスの空気は、張り詰めた弦のように、極度の緊張に満ちていた。
エリオットは、アリアが少しでも迷いの色を見せてくれることを、神に祈るような気持ちで待っていた。
ゼノンは、アリアがどんな答えを出すのか、その鉄壁の表情の裏で、固唾を飲んで見守っていた。
そしてリリアナは、自分の運命が、かつて自分が陥れようとした令嬢の、その一言に懸かっているという皮肉な現実に、絶望的な表情で立ち尽くしていた。
三者三様の視線が、一身に注がれる中。
アリアは、ゆっくりと、しかし驚くほど優雅な仕草で、エリオットに向かって深々と淑女の礼(カーテシー)をした。
その、あまりにも丁寧で、おしとやかな振る舞い。
エリオットの心に、一縷の、淡い期待が芽生えた。
(もしかしたら、彼女も、まだ私に……)
しかし、ゆっくりと顔を上げたアリアの表情は、彼のそんな甘い期待を、粉々に打ち砕くものだった。
そこに浮かんでいたのは、一点の曇りもない、まるで雨上がりの空のように、どこまでも晴れやかな笑顔だったのだ。
「エリオット様。そのように熱烈なお言葉を賜りまして、元婚約者として、大変光栄に思いますわ」
その完璧な前置きは、これから続く言葉の残酷さを、より一層引き立てるための序曲に過ぎなかった。
「ですが」
アリアは、きっぱりと言い放った。
「そのお申し出、謹んで、そして全力で、お断りさせていただきますわ」
「なっ……!」
エリオットの顔から、血の気が引いていく。
「な、なぜだ……! 私では、不満だとでも言うのか……!」
彼は、信じられないといった様子で、震える声を絞り出した。
アリアは、そんな彼の未練や嫉妬といった、どろりとした感情には全く気づいていない様子で、心底不思議そうに、小首を傾げた。
「なぜ、ですって? まあ、殿下。そのような、分かりきったことをお聞きになるなんて」
彼女は、ふふ、と楽しそうに笑うと、まるで子供に言い聞かせるかのように、その理由を語り始めた。
「それは、もちろん!」
アリアは、両手を夜空に向かってぱっと広げると、心の底からの喜びを込めて、高らかに、それはもう高らかに、宣言した。
「わたくし! あの息の詰まる王妃教育という名の牢獄から解放され! 自由に庭の土をいじって薬草を育て! 自由に厨房で炭……いえ、魂のこもったお菓子を焼き! そして、たまに街へ出ては買い食いをする! この! 今の毎日が! これまでの人生で、一番、これ以上ないほどに、幸せだからですのよ!」
そこには、何の駆け引きも、皮肉も、当てつけもなかった。
ただ、純度120%の、嘘偽りのない事実と、心からの歓喜だけが満ち溢れていた。
アリアの、あまりにも清々しく、幸せに満ちた笑顔と言葉。
それは、どんな鋭い刃よりも深く、エリオットのプライドと心を、完膚なきまでに叩き折った。
彼は、自分が、アリアの幸せを奪っていた元凶そのものであったという、動かしようのない、残酷な事実を、真正面から突きつけられたのだ。
「……そうか」
エリオットは、力なく呟いた。
「君は、そんなにも……私との婚約が、地獄だったのだな……」
その場に、がっくりと崩れ落ちそうになる王子。
その姿を、テラスの入り口で見ていたリリアナは、自分の物語が、完全に終わったことを悟った。
彼女は、誰にも気づかれることなく、静かに踵を返し、夜の闇へと消えていった。
ゼノンは、アリアのあまりにもアリアらしい返答に、安堵の息を深く、深く漏らした。
同時に、このどうしようもなく規格外で、自由で、そして眩しい令嬢に、自分の心が、もはや完全に囚われてしまっていることを、改めて自覚していた。
そんな周囲の感慨など、アリアの知るところではない。
彼女は、打ちひしがれるエリオットの横を素通りすると、「さて、と」と満足げにパン、と手を打った。
「お話は、もう済みましたわよね?」
そして、呆然とするゼノンとエリオットを振り返り、最高の笑顔でこう告げた。
「それでは皆様、ごきげんよう! わたくし、今宵の主役であるチョコレートファウンテンが、わたくしの帰りを待ちわびておりますので、これにて失礼いたしますわ!」
アリアは、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な足取りで、一人、祝賀会の喧騒の中へと戻っていった。
その後ろ姿は、まるで嵐のように現れ、全てをなぎ倒し、そして去っていく、自由の女神そのものだった。
残されたテラスで、ゼノンは、その自由すぎる背中を見送りながら、深いため息をつく。
(……全く、敵わんな)
恋の修羅場(?)を、食い意地ひとつで鮮やかに乗り切ってしまったアリア。
彼女の物語は、まだ始まったばかりである。
エリオットは、アリアが少しでも迷いの色を見せてくれることを、神に祈るような気持ちで待っていた。
ゼノンは、アリアがどんな答えを出すのか、その鉄壁の表情の裏で、固唾を飲んで見守っていた。
そしてリリアナは、自分の運命が、かつて自分が陥れようとした令嬢の、その一言に懸かっているという皮肉な現実に、絶望的な表情で立ち尽くしていた。
三者三様の視線が、一身に注がれる中。
アリアは、ゆっくりと、しかし驚くほど優雅な仕草で、エリオットに向かって深々と淑女の礼(カーテシー)をした。
その、あまりにも丁寧で、おしとやかな振る舞い。
エリオットの心に、一縷の、淡い期待が芽生えた。
(もしかしたら、彼女も、まだ私に……)
しかし、ゆっくりと顔を上げたアリアの表情は、彼のそんな甘い期待を、粉々に打ち砕くものだった。
そこに浮かんでいたのは、一点の曇りもない、まるで雨上がりの空のように、どこまでも晴れやかな笑顔だったのだ。
「エリオット様。そのように熱烈なお言葉を賜りまして、元婚約者として、大変光栄に思いますわ」
その完璧な前置きは、これから続く言葉の残酷さを、より一層引き立てるための序曲に過ぎなかった。
「ですが」
アリアは、きっぱりと言い放った。
「そのお申し出、謹んで、そして全力で、お断りさせていただきますわ」
「なっ……!」
エリオットの顔から、血の気が引いていく。
「な、なぜだ……! 私では、不満だとでも言うのか……!」
彼は、信じられないといった様子で、震える声を絞り出した。
アリアは、そんな彼の未練や嫉妬といった、どろりとした感情には全く気づいていない様子で、心底不思議そうに、小首を傾げた。
「なぜ、ですって? まあ、殿下。そのような、分かりきったことをお聞きになるなんて」
彼女は、ふふ、と楽しそうに笑うと、まるで子供に言い聞かせるかのように、その理由を語り始めた。
「それは、もちろん!」
アリアは、両手を夜空に向かってぱっと広げると、心の底からの喜びを込めて、高らかに、それはもう高らかに、宣言した。
「わたくし! あの息の詰まる王妃教育という名の牢獄から解放され! 自由に庭の土をいじって薬草を育て! 自由に厨房で炭……いえ、魂のこもったお菓子を焼き! そして、たまに街へ出ては買い食いをする! この! 今の毎日が! これまでの人生で、一番、これ以上ないほどに、幸せだからですのよ!」
そこには、何の駆け引きも、皮肉も、当てつけもなかった。
ただ、純度120%の、嘘偽りのない事実と、心からの歓喜だけが満ち溢れていた。
アリアの、あまりにも清々しく、幸せに満ちた笑顔と言葉。
それは、どんな鋭い刃よりも深く、エリオットのプライドと心を、完膚なきまでに叩き折った。
彼は、自分が、アリアの幸せを奪っていた元凶そのものであったという、動かしようのない、残酷な事実を、真正面から突きつけられたのだ。
「……そうか」
エリオットは、力なく呟いた。
「君は、そんなにも……私との婚約が、地獄だったのだな……」
その場に、がっくりと崩れ落ちそうになる王子。
その姿を、テラスの入り口で見ていたリリアナは、自分の物語が、完全に終わったことを悟った。
彼女は、誰にも気づかれることなく、静かに踵を返し、夜の闇へと消えていった。
ゼノンは、アリアのあまりにもアリアらしい返答に、安堵の息を深く、深く漏らした。
同時に、このどうしようもなく規格外で、自由で、そして眩しい令嬢に、自分の心が、もはや完全に囚われてしまっていることを、改めて自覚していた。
そんな周囲の感慨など、アリアの知るところではない。
彼女は、打ちひしがれるエリオットの横を素通りすると、「さて、と」と満足げにパン、と手を打った。
「お話は、もう済みましたわよね?」
そして、呆然とするゼノンとエリオットを振り返り、最高の笑顔でこう告げた。
「それでは皆様、ごきげんよう! わたくし、今宵の主役であるチョコレートファウンテンが、わたくしの帰りを待ちわびておりますので、これにて失礼いたしますわ!」
アリアは、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な足取りで、一人、祝賀会の喧騒の中へと戻っていった。
その後ろ姿は、まるで嵐のように現れ、全てをなぎ倒し、そして去っていく、自由の女神そのものだった。
残されたテラスで、ゼノンは、その自由すぎる背中を見送りながら、深いため息をつく。
(……全く、敵わんな)
恋の修羅場(?)を、食い意地ひとつで鮮やかに乗り切ってしまったアリア。
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