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勝利の祝賀会の翌日、王宮は奇妙なほどの静けさに包まれていた。
エリオット王子が昨夜のアリアへの「公開告白」と「公開失恋」のショックで自室に引きこもり、そして、これまで常に王子の傍らにいたリリアナ・ローズが、忽然と姿を消したからである。
貴族たちは、新たなゴシップの種に囁きを交わしていたが、その水面下で、事態が大きく動いていることに気づく者はいなかった。
王国騎士団の詰め所、団長執務室。
ゼノンは、静かに、しかし鋭い眼差しで、部下である副官から差し出された報告書に目を通していた。
「……やはり、彼女か」
「はい。親善試合の折、団長の水差しに薬を盛った備品係を問い詰めたところ、リリアナ・ローズ嬢に金で雇われたと、全て白状いたしました」
報告書には、リリアナが犯した悪事の数々が、詳細に記されていた。
夜会でアリアのドレスに細工をさせた仕立て屋の証言。
アリアを貶めるための、根も葉もない噂を最初に流し始めたのが、リリアナ主催のお茶会であったという事実。
そのどれもが、彼女の執拗な悪意を物語っていた。
「思った以上に、手が込んでいますね。アリア様への、尋常ならざる執着心が感じられます」
「ああ。そして、その矛先は、アリア嬢だけでなく、この国の騎士団の名誉、ひいては王家そのものにまで向けられた。決して、許されることではない」
ゼノンの声は、氷のように冷たかった。
彼の瞳の奥には、静かな、しかし決して消えることのない怒りの炎が燃えていた。
***
一方、全ての元凶であるリリアナは、その頃、みすぼらしい平民の娘に変装し、王都から逃亡を図っていた。
エリオットにまで見捨てられた今、この国に自分の居場所はもうない。
そう悟った彼女の行動は、早かった。
(このまま隣国へ逃げ込んでしまえば……ええ、わたくしのこの美貌があれば、どこでだってやり直せるわ)
しかし、彼女のそんな甘い計画は、国境へと続く街道の関所で、あっけなく打ち砕かれた。
「リリアナ・ローズ嬢ですね。ご同行願います」
彼女を取り囲んだのは、ゼノンが率いる騎士団の精鋭たちだった。
全ては、ゼノンの手のひらの上で転がされていたのだ。
騎士団の薄暗い尋問室に、リリアナの甲高い悲鳴が響き渡る。
「いやっ! 離して! わたくしは何も知らないわ!」
ゼノンが、静かに彼女の前に立つ。
「なぜ、わたくしがこのような目に遭わなければならないの!? きっと、アリア様が、わたくしを陥れようとしているのですわ! あの女は、昔からそうで……!」
最後まで、涙を武器に、悲劇のヒロインを演じようとするリリアナ。
だが、その芝居は、鉄壁の騎士団長の前では、もはや何の効力も持たなかった。
ゼノンは、何も言わずに、机の上に数枚の羊皮紙を叩きつけた。
そこには、備品係や仕立て屋の、署名入りの証言録が記されている。
「……言い逃れは、できん」
動かぬ証拠を前に、リリアナの顔から、すうっと血の気が引いていく。
そして、追い詰められた彼女は、ついに、繕うことをやめた。
「…………そうよ!」
その表情は、もはや可憐な少女のものではない。
憎悪と嫉妬に歪んだ、悪女の顔だった。
「全部、わたくしがやったわ! あの女さえいなければ……! アリアさえいなければ、エリオット様も! 王太子妃の地位も! その名声も! 全部、ぜんぶ、わたくしのものだったはずなのに!」
狂ったように叫ぶリリアナを、ゼノンはただ、冷たい目で見下ろしていた。
***
事件の全貌は、直ちに国王陛下と、クライネルト公爵に報告された。
国王は、王子の婚約者候補でありながら、隣国との親善試合を台無しにしかけたリリアナの罪を重く見て、激怒した。
クライネルト公爵もまた、最愛の娘が、これほど執拗な嫌がらせと、命の危険にさえ晒されていたという事実に、燃えるような怒りを露わにした。
本来ならば、王家への反逆罪として、極刑もあり得るところだった。
しかし、これ以上王家の恥を世間に晒したくないという政治的判断と、ローズ男爵家への最後の温情として、処分は決定された。
リリアナ・ローズの、国外永久追放。
そして、ローズ男爵家の爵位剥奪、並びに全領地の没収。
数日後、リリアナは、罪人用の、窓もないみすぼらしい馬車に乗せられ、誰にも見送られることなく、静かに国境の外へと去っていった。
美貌と才覚に恵まれながら、道を誤った少女の野望は、こうして、あまりにも空しい結末を迎えたのだった。
そして、その頃。
全ての騒動の中心にいたはずのアリアは、そんな大事件が裏で起きていたことなど、全く知る由もなかった。
彼女は、クライネルト公爵家の陽だまりの庭で、新作のポーションをかき混ぜながら、のんきに鼻歌を歌っていた。
「ふふん♪ なんだか最近、余計な邪魔が入らなくて、お菓子作りもポーション作りも、とっても捗りますわねぇ」
物語の悪役が、静かに舞台から去った。
アリアとゼノンの前には、もう、それを遮るものは何もない。
彼らの物語は、いよいよ、新たな章へと進もうとしていた。
エリオット王子が昨夜のアリアへの「公開告白」と「公開失恋」のショックで自室に引きこもり、そして、これまで常に王子の傍らにいたリリアナ・ローズが、忽然と姿を消したからである。
貴族たちは、新たなゴシップの種に囁きを交わしていたが、その水面下で、事態が大きく動いていることに気づく者はいなかった。
王国騎士団の詰め所、団長執務室。
ゼノンは、静かに、しかし鋭い眼差しで、部下である副官から差し出された報告書に目を通していた。
「……やはり、彼女か」
「はい。親善試合の折、団長の水差しに薬を盛った備品係を問い詰めたところ、リリアナ・ローズ嬢に金で雇われたと、全て白状いたしました」
報告書には、リリアナが犯した悪事の数々が、詳細に記されていた。
夜会でアリアのドレスに細工をさせた仕立て屋の証言。
アリアを貶めるための、根も葉もない噂を最初に流し始めたのが、リリアナ主催のお茶会であったという事実。
そのどれもが、彼女の執拗な悪意を物語っていた。
「思った以上に、手が込んでいますね。アリア様への、尋常ならざる執着心が感じられます」
「ああ。そして、その矛先は、アリア嬢だけでなく、この国の騎士団の名誉、ひいては王家そのものにまで向けられた。決して、許されることではない」
ゼノンの声は、氷のように冷たかった。
彼の瞳の奥には、静かな、しかし決して消えることのない怒りの炎が燃えていた。
***
一方、全ての元凶であるリリアナは、その頃、みすぼらしい平民の娘に変装し、王都から逃亡を図っていた。
エリオットにまで見捨てられた今、この国に自分の居場所はもうない。
そう悟った彼女の行動は、早かった。
(このまま隣国へ逃げ込んでしまえば……ええ、わたくしのこの美貌があれば、どこでだってやり直せるわ)
しかし、彼女のそんな甘い計画は、国境へと続く街道の関所で、あっけなく打ち砕かれた。
「リリアナ・ローズ嬢ですね。ご同行願います」
彼女を取り囲んだのは、ゼノンが率いる騎士団の精鋭たちだった。
全ては、ゼノンの手のひらの上で転がされていたのだ。
騎士団の薄暗い尋問室に、リリアナの甲高い悲鳴が響き渡る。
「いやっ! 離して! わたくしは何も知らないわ!」
ゼノンが、静かに彼女の前に立つ。
「なぜ、わたくしがこのような目に遭わなければならないの!? きっと、アリア様が、わたくしを陥れようとしているのですわ! あの女は、昔からそうで……!」
最後まで、涙を武器に、悲劇のヒロインを演じようとするリリアナ。
だが、その芝居は、鉄壁の騎士団長の前では、もはや何の効力も持たなかった。
ゼノンは、何も言わずに、机の上に数枚の羊皮紙を叩きつけた。
そこには、備品係や仕立て屋の、署名入りの証言録が記されている。
「……言い逃れは、できん」
動かぬ証拠を前に、リリアナの顔から、すうっと血の気が引いていく。
そして、追い詰められた彼女は、ついに、繕うことをやめた。
「…………そうよ!」
その表情は、もはや可憐な少女のものではない。
憎悪と嫉妬に歪んだ、悪女の顔だった。
「全部、わたくしがやったわ! あの女さえいなければ……! アリアさえいなければ、エリオット様も! 王太子妃の地位も! その名声も! 全部、ぜんぶ、わたくしのものだったはずなのに!」
狂ったように叫ぶリリアナを、ゼノンはただ、冷たい目で見下ろしていた。
***
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国王は、王子の婚約者候補でありながら、隣国との親善試合を台無しにしかけたリリアナの罪を重く見て、激怒した。
クライネルト公爵もまた、最愛の娘が、これほど執拗な嫌がらせと、命の危険にさえ晒されていたという事実に、燃えるような怒りを露わにした。
本来ならば、王家への反逆罪として、極刑もあり得るところだった。
しかし、これ以上王家の恥を世間に晒したくないという政治的判断と、ローズ男爵家への最後の温情として、処分は決定された。
リリアナ・ローズの、国外永久追放。
そして、ローズ男爵家の爵位剥奪、並びに全領地の没収。
数日後、リリアナは、罪人用の、窓もないみすぼらしい馬車に乗せられ、誰にも見送られることなく、静かに国境の外へと去っていった。
美貌と才覚に恵まれながら、道を誤った少女の野望は、こうして、あまりにも空しい結末を迎えたのだった。
そして、その頃。
全ての騒動の中心にいたはずのアリアは、そんな大事件が裏で起きていたことなど、全く知る由もなかった。
彼女は、クライネルト公爵家の陽だまりの庭で、新作のポーションをかき混ぜながら、のんきに鼻歌を歌っていた。
「ふふん♪ なんだか最近、余計な邪魔が入らなくて、お菓子作りもポーション作りも、とっても捗りますわねぇ」
物語の悪役が、静かに舞台から去った。
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