婚約破棄!悪役令嬢の演技、お楽しみいただけました?

夏乃みのり

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クライン公爵家へと向かう馬車の中、私は一人、先程までの完璧な淑女の仮面を投げ捨てていた。

「やった……やったわーっ!」

ゴホンと一つ咳払いをしてから、誰にも聞こえないのをいいことに、クッションに顔を埋めて喜びを爆発させる。手足をばたつかせ、声にならない歓声を上げる。長年の努力が、ようやく実を結んだのだ。

(ああ、なんて素晴らしい夜! エドワード殿下のあの単純さ! リリアさんの見事な涙! そして、私を軽蔑しきったあの観衆の目! 全てが完璧だったわ!)

思い出すだけで、笑いが込み上げてくる。数年がかりで練り上げた脚本、主演・私、助演・エドワード殿下とリリアさん。本日、無事にクランクアップを迎えたというわけだ。

やがて馬車が屋敷の前に着くと、私はすっと表情を「悲劇のヒロイン」モードに戻し、馬車を降りた。玄関では、我が家の完璧な執事であるセバスチャンが、深々と頭を下げて待っていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「……ええ、ただいま」

俯き加減に、弱々しく返事をする。

「今宵の舞台、大変お見事でございました。主演女優賞は間違いなく、お嬢様のものでございましょう」

セバスチャンが、いつもと変わらぬポーカーフェイスのまま、耳元でそっと囁いた。私は思わず噴き出しそうになるのを、必死で唇を噛んで堪える。

「……お父様は?」

「書斎にてお待ちでございます。旦那様も奥様も、お嬢様のご帰宅を心待ちにされておりました」

(心待ちに、ねえ……)

これから始まるであろう叱責、あるいは慰めの言葉を想像し、私は少しだけ憂鬱な気分で書斎の重厚な扉をノックした。

「アルカです。ただいま戻りました」

「入れ」

中から聞こえた父、レオポルド・フォン・クライン公爵の低く厳格な声に、私はきゅっと身を引き締める。扉を開けると、そこには厳しい表情の父と、心配そうに眉を寄せた母、エレオノーラが座っていた。

空気が、重い。

私は静かに部屋の中央まで進み、深くカーテシーをした。

「お父様、お母様。この度は、わたくしの不徳の致すところにより、クライン公爵家の名に泥を……」

「アルカ!」

父が私の言葉を遮るように、椅子から立ち上がった。その顔は……なぜか、満面の笑みだった。

「よくやった! 実に天晴れだ、我が娘! あの石頭の王太子を、実に見事に手玉に取りおって!」

「え?」

父はそう言うと、大股で私に近づき、その大きな手でわしゃわしゃと私の頭を撫でた。完璧にセットした髪が、一瞬で乱れる。

「あ、あなた、したたかにございますわ。アルカの髪が……」

母が呆れたように言うが、その口元も楽しそうに綻んでいる。

「エドワード殿下の、あの自信に満ちた婚約破棄宣言! 思い出すだけで笑いが止まらん! あそこでアルカが流した涙! アカデミーの歴史に残る名演だったぞ!」

「お母様まで……」

呆然とする私に、セバスチャンがいつの間にか用意していたシャンパンをトレーに乗せて、すっと差し出した。ポンッ、と軽快な音と共にコルクが抜かれる。

「さあ、まずは祝杯だ! 我が娘の、輝かしい門出に!」

父が高らかにグラスを掲げた。

「計画成功、おめでとう、アルカ」

母も優しく微笑む。

そう、すべては計画通り。私の婚約破棄計画は、この両親とセバスチャン公認の、一大プロジェクトだったのである。

「もう、心配しましたわ。殿下がなかなか婚約破棄を言い出してくださらないものだから、計画が頓挫するのではないかと」

「まったくだ。あの朴念仁がリリア嬢に夢中になるまで、ずいぶん時間がかかったからな!」

両親の言葉に、私はようやく安堵の息をついた。

「本当に、ありがとうございます、お父様、お母様。私の我儘を許してくださって」

「我儘などではないさ。お前をあの融通の利かない王家に嫁がせることだけは、私も妻も断固として反対だったのだから」

「ええ。王妃教育などという古臭いものに、あなたの貴重な時間を縛り付けておくなんて、もったいないですもの。あなたには、もっと自由に、好きなことをして生きてほしかったの」

両親の温かい言葉に、胸が熱くなる。私が王太子妃になりたくなかったのは、窮屈な生活が嫌だったのもあるが、何より、私にはやりたいことがあったからだ。

「それで、アルカ。今後のことは、もう考えてあるのだろう?」

父の問いに、私は待ってましたとばかりに、懐から分厚い書類の束を取り出した。

「もちろんですわ! これが私のセカンドライフ計画書です!」

どん、とテーブルの上に置かれた計画書に、両親が目を丸くする。

「私の長年の夢……それは、古代魔導書の知識を活かした、『魔導書のしおり』というカフェを開くことです!」

私は熱を込めて語り始めた。静かな空間で、心ゆくまで本の世界に浸れること。古代魔法のレシピを再現した、ここでしか味わえないお茶やスイーツを提供すること。時には、魔法薬学の知識を応用した、ちょっとした悩み事を解決するハーブティーを出すこと。

「素晴らしいじゃないか! さすが私の娘だ!」

父は計画書を読みながら、感動で打ち震えている。

「うむ! 店舗の物件は私に任せろ! 城下の一等地を用意させる! 資金も心配するな!」

「まあ、素敵ね。内装のデザインは、私に任せてちょうだい。あなたのイメージにぴったりの、最高の空間を作ってあげるわ」

「でしたら、私はお嬢様の店の、初代ギャルソン兼マネージャーとして、この身を捧げましょう」

セバスチャンまで、いつになく乗り気だ。

最強の味方たちからの力強い言葉に、私は胸がいっぱいになる。

悪役令嬢としての人生は、今日で終わり。

明日からは、一人の女性、アルカ・フォン・クラインとして、夢に向かって歩き出すのだ。

シャンパングラスの気泡のように、私の胸には希望がきらきらと弾けていた。
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