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元婚約者であるエドワード殿下との過去に、完全に終止符を打ってから数週間。私の心は、かつてないほど晴れやかで、穏やかだった。『魔導書のしおり』は変わらず多くの人で賑わい、セバスチャンと二人で店を切り盛りする日常は、愛おしい宝物のような時間だった。
そして、私の心の中には、いつも隣国アークライトにいる、ただ一人の男性の存在があった。ゼノンさんとは、魔法の通信機を使って、短いながらも手紙のやり取りを続けている。彼の、不器用だけれど心のこもった言葉の一つ一つが、私の毎日に、温かい光を灯してくれていた。
そんなある日のこと。
私の故郷であるエルクハルト王国は、少しだけ、いつもと違う空気に包まれていた。隣国アークライトから、重要な案件を携えた公式な使節団が、王宮を訪れることになっていたからだ。
「まあ、隣国からの使節団ですって? きっと美丈夫な騎士様がいらっしゃるに違いないわ!」
店に来ていた若い女性客たちが、そんな噂話に花を咲かせているのを私は微笑ましく聞いていた。その使節団を率いているのが誰であるのかを私だけが知っていたから。
その日の午後、店のドアベルがカランと鳴った。
入ってきた人物の姿に、店内にいた全ての客が息をのんだ。
そこに立っていたのは、アークライト騎士団が誇る白銀の最高礼装に身を包んだゼノン・アークライト騎士団長その人だった。公務で訪れている彼の佇まいはいつもの常連客としてのそれとは全く違う圧倒的なまでの威厳と神々しいほどの輝きを放っていた。
「……ゼノンさん」
私が驚いてカウンターから駆け寄ると、彼は店中の客が見守る前で私の前に静かに片膝をついた。
「なっ……!?」
「アルカさん。迎えに来た」
彼の低くそしてどこまでも優しい声が、静まり返った店内に響き渡る。
「これから、王宮へ向かう。エルクハルト国王陛下に正式なご挨拶とご許可をいただきに」
「ご許可……? 何のですの?」
私の問いに、彼は集まっている全ての人々に聞こえるようにはっきりとそして力強く宣言した。
「あなたを私の妻としてアークライトへ迎えるための許可を、だ」
その言葉に、店内にいた女性客たちから、「きゃあああ!」という割れんばかりの黄色い悲鳴が上がった。常連客たちは、驚きながらもまるで自分のことのようににこにこと嬉しそうに頷いている。
私は顔が真っ赤になるのを感じながらも、彼の差し出す手をしっかりと握り返した。
白銀の狼の紋章が輝く、豪華な馬車に乗り私たちは王宮へと向かった。
謁見の間。そこには父である国王陛下、そして青ざめた顔で立ち尽くすエドワード殿下の姿があった。
玉座の前に進み出たゼノンさんは、アークライト騎士団長として堂々たる礼を取ると、国王陛下に向かって今回の訪問の目的を朗々と述べ始めた。
「エルクハルト国王陛下におかれましては、ますますご健勝のことと心よりお慶び申し上げます。本日私が参りましたのは、我が国アークライト王国とエルクハルト王国との未来永劫にわたるより強固な友好関係を築くためここに新たなる縁談をお申し込み申し上げるためでございます」
国王陛下は、全てを知っているかのように厳かに頷く。
ゼノンさんは私の隣に一歩進むと、再び私の前に跪いた。そして謁見の間にいる全ての人間が見守る中で小さなベルベットの箱を取り出しその蓋を開けた。
箱の中にあったのは、アークライトの澄んだ冬の空をそのまま閉じ込めたようなそれは美しい蒼い宝石の指輪だった。
「アルカ・フォン・クライン嬢」
「私は、あなたを心の底から愛している。あなたの聡明さをあなたの強さをあなたの優しさを誰よりも私が知っている」
「どうか、私の妻となりこれからの人生を共に歩んでほしい。私が生涯をかけてあなたを幸せにすることをここに誓う」
それは、一国の騎士団長のどこまでも真摯で情熱的な最高のプロポーズだった。
私の瞳から、幸せの涙が一筋こぼれ落ちた。
「……はい。喜んで」
私の返事に、ゼノンさんの顔が心からの喜びでくしゃりと綻んだ。彼が私の指に指輪をはめてくれた瞬間、謁見の間は大きな拍手に包まれた。
その輪の中でただ一人、エドワード殿下だけが握りしめた拳を震わせこの世の終わりのような顔で私たち二人をただ見つめていた。
国王陛下は、玉座から立ち上がると高らかに宣言した。
「二人の婚約を、エルクハルト国王としてここに正式に認める! 両国の輝かしい未来に祝福を!」
私の人生の歯車は、一度大きく狂った。悪役令嬢として婚約を破棄されたあの日。
だが、それは破滅への道ではなかった。
自分の足で立ち、自分の力で掴み取った自由の先にこんなにも温かく輝かしい最高の幸せが待っていたなんて。
ゼノンさんの隣で万雷の拍手を受けながら、私はこの物語よりも奇なる私の人生を心の底から愛おしいと思った。
そして、私の心の中には、いつも隣国アークライトにいる、ただ一人の男性の存在があった。ゼノンさんとは、魔法の通信機を使って、短いながらも手紙のやり取りを続けている。彼の、不器用だけれど心のこもった言葉の一つ一つが、私の毎日に、温かい光を灯してくれていた。
そんなある日のこと。
私の故郷であるエルクハルト王国は、少しだけ、いつもと違う空気に包まれていた。隣国アークライトから、重要な案件を携えた公式な使節団が、王宮を訪れることになっていたからだ。
「まあ、隣国からの使節団ですって? きっと美丈夫な騎士様がいらっしゃるに違いないわ!」
店に来ていた若い女性客たちが、そんな噂話に花を咲かせているのを私は微笑ましく聞いていた。その使節団を率いているのが誰であるのかを私だけが知っていたから。
その日の午後、店のドアベルがカランと鳴った。
入ってきた人物の姿に、店内にいた全ての客が息をのんだ。
そこに立っていたのは、アークライト騎士団が誇る白銀の最高礼装に身を包んだゼノン・アークライト騎士団長その人だった。公務で訪れている彼の佇まいはいつもの常連客としてのそれとは全く違う圧倒的なまでの威厳と神々しいほどの輝きを放っていた。
「……ゼノンさん」
私が驚いてカウンターから駆け寄ると、彼は店中の客が見守る前で私の前に静かに片膝をついた。
「なっ……!?」
「アルカさん。迎えに来た」
彼の低くそしてどこまでも優しい声が、静まり返った店内に響き渡る。
「これから、王宮へ向かう。エルクハルト国王陛下に正式なご挨拶とご許可をいただきに」
「ご許可……? 何のですの?」
私の問いに、彼は集まっている全ての人々に聞こえるようにはっきりとそして力強く宣言した。
「あなたを私の妻としてアークライトへ迎えるための許可を、だ」
その言葉に、店内にいた女性客たちから、「きゃあああ!」という割れんばかりの黄色い悲鳴が上がった。常連客たちは、驚きながらもまるで自分のことのようににこにこと嬉しそうに頷いている。
私は顔が真っ赤になるのを感じながらも、彼の差し出す手をしっかりと握り返した。
白銀の狼の紋章が輝く、豪華な馬車に乗り私たちは王宮へと向かった。
謁見の間。そこには父である国王陛下、そして青ざめた顔で立ち尽くすエドワード殿下の姿があった。
玉座の前に進み出たゼノンさんは、アークライト騎士団長として堂々たる礼を取ると、国王陛下に向かって今回の訪問の目的を朗々と述べ始めた。
「エルクハルト国王陛下におかれましては、ますますご健勝のことと心よりお慶び申し上げます。本日私が参りましたのは、我が国アークライト王国とエルクハルト王国との未来永劫にわたるより強固な友好関係を築くためここに新たなる縁談をお申し込み申し上げるためでございます」
国王陛下は、全てを知っているかのように厳かに頷く。
ゼノンさんは私の隣に一歩進むと、再び私の前に跪いた。そして謁見の間にいる全ての人間が見守る中で小さなベルベットの箱を取り出しその蓋を開けた。
箱の中にあったのは、アークライトの澄んだ冬の空をそのまま閉じ込めたようなそれは美しい蒼い宝石の指輪だった。
「アルカ・フォン・クライン嬢」
「私は、あなたを心の底から愛している。あなたの聡明さをあなたの強さをあなたの優しさを誰よりも私が知っている」
「どうか、私の妻となりこれからの人生を共に歩んでほしい。私が生涯をかけてあなたを幸せにすることをここに誓う」
それは、一国の騎士団長のどこまでも真摯で情熱的な最高のプロポーズだった。
私の瞳から、幸せの涙が一筋こぼれ落ちた。
「……はい。喜んで」
私の返事に、ゼノンさんの顔が心からの喜びでくしゃりと綻んだ。彼が私の指に指輪をはめてくれた瞬間、謁見の間は大きな拍手に包まれた。
その輪の中でただ一人、エドワード殿下だけが握りしめた拳を震わせこの世の終わりのような顔で私たち二人をただ見つめていた。
国王陛下は、玉座から立ち上がると高らかに宣言した。
「二人の婚約を、エルクハルト国王としてここに正式に認める! 両国の輝かしい未来に祝福を!」
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だが、それは破滅への道ではなかった。
自分の足で立ち、自分の力で掴み取った自由の先にこんなにも温かく輝かしい最高の幸せが待っていたなんて。
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