婚約破棄!悪役令嬢の演技、お楽しみいただけました?

夏乃みのり

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アークライトの騎士団長ゼノン・アークライトと、エルクハルトの公爵令嬢アルカ・フォン・クラインの婚約は、両国を挙げての祝福ムードに包まれた。

あれから、半年。

季節は巡り、アークライトの王都には、柔らかな春の光が降り注いでいた。私は今、愛する夫となったゼノンさんと共に、この白銀の都で、新しい生活を始めている。

結婚式の後、私はゼノンさんの妻として、アークライト公爵家の夫人として、穏やかながらも充実した日々を送っていた。優しい義父上と義母上、そして、実の妹のように私に懐いてくれる可愛いリゼット様。温かい家族に囲まれた生活は、私がかつて夢見た「自由」とはまた違う、満ち足りた幸福を、私に与えてくれた。

そして今日、私の人生の新しいページが、また一つ、開かれようとしていた。

「アルカ、準備はいいか?」

「ええ、いつでもよろしくてよ、旦那様」

私たちが立っているのは、アークライト王都の一角に新しく建てられた、一軒の店の前だった。磨き上げられたガラスの扉と、温かみのあるレンガ造りの壁。そして、その入り口の上には、見慣れた文字で書かれた、一枚の木製の看板が掲げられている。

『魔導書のしおり アークライト王都支店』

そう、私は、この愛する第二の故郷に、私の夢の城の二号店を、オープンさせることにしたのだ。

カラン、とドアベルが鳴り、開店を待ちわびていたお客様たちが、次々と笑顔で入店してくる。

「まあ、ここが噂の!」
「エルクハルトで大人気だという、魔法のクッキーはありますの?」

「いらっしゃいませ! 『魔導書のしおり』へ、ようこそ!」

私は、懐かしい森色のエプロンをきゅっと結び、心からの笑顔でお客様を迎える。隣では、なぜか私の店の名誉店長に就任したゼノンさんが、慣れない手つきながらも、一生懸命に紅茶を淹れていた。そのぎこちない姿に、お客様の貴婦人たちが、うっとりとしたため息を漏らしている。

店の奥の本棚には、私の故郷から持ってきた魔導書と、この国で新しく集めた本が、仲良く並んでいる。そして、厨房で焼きあがるのは、もちろん、あの伝説のレシピ本から生まれた、人々を幸せにする魔法のお菓子たちだ。

ふと、店の窓から外を見ると、通りの向こうを、見慣れた二つの人影が歩いていくのが見えた。

エドワード殿下と、リリア様だ。

聞くところによると、私とゼノンさんの婚約が成立した後、エドワード殿下は深く己の過ちを反省し、リリア様と、そして彼女の家であるブラウン男爵家にも、正式に謝罪したらしい。

二人の婚約は、まだ結ばれてはいない。だが、殿下は、以前のように彼女をただ甘やかすのではなく、一人のパートナーとして真摯に向き合い、リリア様もまた、アルカに言われた言葉を胸に、妃となるべく必死の努力を続けているという。

二人が、本当の意味で結ばれる日が来るのかそれは私にはわからない。だが、彼らが今自分の足で自分たちの物語を歩み始めていることだけは確かだった。

「アルカ」

不意に、優しい声で名前を呼ばれ振り返る。そこにはエプロン姿の私の愛する夫が少し照れたような顔で立っていた。

「新作のスコーン、焼けたぞ。……味見をしてくれないか」

「まあ、嬉しい。ぜひいただかなくては」

彼が差し出してくれたスコーンは、少しだけ形は不格好だったけれど驚くほど美味しくて、そしてどうしようもなく温かくて優しい味がした。

悪役令嬢として、窮屈なだけの人生に絶望していたあの頃の私。

自分のためだけに自由を求めていた、あの頃の私。

そんな私が、今こうして愛する人の隣でたくさんの人々の笑顔に囲まれて心からの幸福を感じている。

私の手の中にあるこの一冊の魔導書。そのしおりは、これからもたくさんの新しい輝かしいページを私に示してくれるだろう。

「とても美味しいですわ、ゼノンさん」

私は、世界で一番幸せな魔法使い。

私の物語は、これからもこの甘い香りと愛する人々の笑顔と共に続いていく。
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