天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
「――というわけで、本日よりわたくしは『謹慎』に入ります!」

公爵家の自室。

私はベッドの上に立ち上がり、高らかに宣言した。

部屋のカーテンはすべて閉め切り、重苦しい空気を演出している。

ドアの前には、呆れた顔のクロワッサンが立っていた。

「……お嬢様。王家からは何のお咎めもありませんよ? むしろ『聖女ブリオッシュ様のパン配り』として、称賛の手紙が山のように届いていますが」

「うるさいわね! 世間が許しても、私の『悪役としてのプライド』が許さないのよ!」

私は枕を抱きしめて、ベッドに座り込んだ。

昨日のパン騒動。

あれは完全に計算違いだった。

結果として民衆に感謝され、サヴァラン様に褒められ、私の「悪名」は「名声」へと書き換えられてしまった。

屈辱だ。

悪役令嬢失格だ。

「だから、私は自ら『謹慎』という名の引きこもり生活を送ることで、世間に『あの方は何かやましいことがあったに違いない』と勘ぐらせる作戦に出るのよ!」

「深読みしすぎでは?」

「いいえ! 貴族社会とは深読みの応酬よ! 私が姿を消せば、『実はあのパン、賞味期限切れだったらしい』とか『横領の証拠隠滅らしい』とか、あることないこと噂されるはず!」

「お嬢様が配ったパンは最高級品でしたし、領収書も完璧に切ってあります」

「あーもう! クロワッサンは黙ってて! とにかく私は一歩も部屋から出ないからね! 誰が来ても『病気です』『反省中です』って追い返してちょうだい!」

「……誰が来ても、ですか?」

「ええ! たとえ国王陛下でも、サヴァラン様でもね!」

私は布団を頭から被り、ダンゴムシのように丸まった。

完璧だ。

これぞ悪役令嬢の末路。

薄暗い部屋で孤独に震える日々……。

これならサヴァラン様も「付き合いきれない」と愛想を尽かすに違いない。

コンコン。

窓ガラスが叩かれる音がした。

「……風かしら?」

コンコンコン。

「……鳥?」

ガタガタガタッ!

「不審者!?」

私は飛び起きて、恐る恐るカーテンを開けた。

そこには。

「やあ、ブリオッシュ。いい天気だね」

三階にある私の部屋のバルコニーに、なぜかサヴァラン様が立っていた。

爽やかな笑顔で手を振っている。

「ぎゃあああああ!? サ、サヴァラン様!? ここ三階ですよ!?」

私は慌てて窓の鍵を開けた。

サヴァラン様はヒラリと優雅に部屋の中へ飛び込んできた。

「風魔法で少し浮いただけだよ。正面から入ると、君の家の警備兵が大騒ぎして面倒だからね」

「不法侵入ですわ! 王太子が空き巣みたいな真似しないでください!」

「人聞きが悪いな。お見舞いに来たんだよ。君が『重い病に伏せって謹慎中』だと聞いたからね」

サヴァラン様は私の部屋を見回し、散らかったクッションやお菓子の食べかす(さっきまでヤケ食いしていた)を見て、ニヤリと笑った。

「……なるほど。これが『重い病』の療養風景か。ずいぶん楽しそうじゃないか」

「ち、違います! これは……その、病の苦しみを紛らわせるための儀式で……」

「ポテトチップスを歯茎で噛み砕く儀式かい?」

「うっ」

バレてる。

私は気まずくなって視線を逸らした。

サヴァラン様は私のベッドに勝手に腰を下ろし、リラックスし始めた。

「で? 本当は何をしているんだい? 昨日の今日で、僕に会うのが恥ずかしくなったのかな?」

「違います! 謹慎です! 反省しているんです!」

「反省? 何を?」

「……世間を騒がせたことと、パン屋の店長を泣かせたことです(嬉し泣きだったけど)」

「ふうん」

サヴァラン様は私の枕元のポテトチップスを一枚摘まんで口に入れた。

「ん、これ美味いな。……まあ、君がそう言うなら『謹慎』ということにしておこう。だが、暇だろう?」

「ええまあ、謹慎とは暇なものですから」

「だから、僕が遊びに来てあげたんだ」

彼は懐から、チェス盤と、トランプと、難解そうな魔導書と、新作のスイーツを取り出した。

ドラえもんか。

「さあ、どれで遊ぶ? それとも、僕と愛の逃避行の計画でも立てる?」

「どっちも嫌です! 帰ってください! 謹慎の意味がなくなります!」

「嫌だね」

サヴァラン様は即答した。

「今日の公務は全部終わらせてきた。マッハで書類を捌いてきたから、夕方までは完全にフリーだ。城にいても退屈な大臣たちの顔を見るだけだし、ここなら面白い生き物(君)がいる」

「生き物扱いしないでください!」

「ほら、ブリオッシュ。この新作スイーツは『王都限定・黄金のシュークリーム』だぞ。謹慎中だと買いに行けないだろう? 僕と遊ぶなら、一口あげてもいい」

ピクリ。

私の耳が反応した。

黄金のシュークリーム。

それは毎朝長蛇の列ができるという、幻のスイーツ……!

「……ぐぬぬ」

「カスタードクリームの中に、最高級のバニラビーンズがたっぷり。生地はサクサク、中はトロトロ……」

「……」

「食べたくないなら、僕が一人で食べるけど」

サヴァラン様が大きな口を開ける。

「待ちたまえ!」

私はスライディングで彼の足元に滑り込んだ。

「……遊びます。遊ばせていただきます! だからそのシュークリームをわたくしに!」

「よろしい」

サヴァラン様は満足げに頷いた。

「では、第一回『悪役令嬢の部屋でダラダラ過ごす選手権』を開催しよう」

「なんですかその選手権!」

結局。

その日の午後は、サヴァラン様と二人で部屋に引きこもり、トランプ(大富豪)でボロ負けし、シュークリームを餌付けされ、なぜか彼が持ってきた魔導書の解読を手伝わされるという、謎の時間を過ごすことになった。

「……ねえ、サヴァラン様」

夕暮れ時。

私はベッドの端で体育座りをしながら尋ねた。

「はいはい」

「王太子って、こんなに暇なんですか?」

「暇じゃないよ。分単位のスケジュールだ」

「じゃあ、なんでここにいるんですか」

サヴァラン様はページをめくる手を止めて、私を見た。

夕焼けに染まるその横顔は、悔しいけれど絵になる。

「……君の成分が足りなくなると、仕事の効率が落ちるんだよ」

「は?」

「君という予測不能な要素(カオス)を摂取することで、僕の脳は活性化される。つまり、これは国益のための『補給』だ」

「わたくしは栄養ドリンクですか」

「似たようなものだね。中毒性は高いけど」

彼はサラリと恐ろしいことを言い、また本に視線を落とした。

私は顔が熱くなるのを感じて、慌ててポテトチップスの袋に顔を突っ込んだ。

調子が狂う。

私が悪役になろうとすればするほど、彼との距離が縮まっていく気がする。

「……覚えてらっしゃい。明日は絶対に追い返しますから」

「明日はタルト嬢を連れてくるよ。三人でお茶会をしよう」

「なんで被害者を連れてくるんですか!?」

「彼女、君にすごく懐いているからね。『ブリオッシュお姉様にお会いしたい』ってうるさいんだ」

「お姉様……!?」

嘘でしょう。

いつの間にか舎弟までできていた。

私の「孤独な悪役ライフ」は、開始一日目にして、賑やかな「お泊まり会」のような様相を呈し始めていた。

謹慎生活、失敗。

次回こそは……次回こそは、もっと本格的な悪事を働いて、彼をドン引きさせてやるんだから……!

(ポテチの塩気が、涙で少ししょっぱかった)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

処理中です...