天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

文字の大きさ
6 / 28

6

しおりを挟む
「パンがダメなら、自然破壊よ!」

懲りない女、ブリオッシュである。

場所は王都の憩いの場、『王立中央公園』。

色とりどりの花が咲き乱れ、市民たちがピクニックを楽しむ平和な楽園だ。

私はシャベルを片手に、その花壇の前に立っていた。

今日の衣装は、汚れてもいいように特注した『漆黒の作業着(レース付き)』だ。

「お嬢様。その格好、農作業をする貴婦人にしか見えませんが」

荷物持ちとして連行されたクロワッサンが、呆れ顔で指摘する。

「黙りなさいクロワッサン! これは闇の仕事着よ!」

私は鼻息荒く花壇を見下ろした。

前回のパン騒動で、私は『聖女』という不名誉な称号を得てしまった。

このままではサヴァラン様に「やはり君は素晴らしい」と勘違いされたまま外堀を埋められてしまう。

だから今回は、もっと視覚的に分かりやすい『悪』を行う必要があるのだ。

「いい? 花というのは平和の象徴よ。それを公爵令嬢が白昼堂々、根こそぎ引っこ抜いて踏みにじる! これぞまさに外道の極み!」

「はあ」

「市民たちの悲鳴が聞こえるようだわ! 『ああっ、私たちが育てたお花が!』『なんて酷いことを!』ってね!」

想像するだけでゾクゾクする。

美しい花を愛でない心。

自然を破壊する残虐性。

これを見せつけられれば、植物愛好家であるサヴァラン様(彼は王宮の庭園を自ら手入れすることもある)は激怒するに違いない。

「さあ、破壊の宴の始まりよ!」

私はシャベルを振り上げ、目の前に生えている一際派手な紫色の花に狙いを定めた。

茎が太く、花弁が毒々しいほど鮮やかな植物だ。

「まずは貴様から血祭りにあげてやるわ! エイッ!」

ザクッ!

私は土にシャベルを突き立て、力任せに根っこを掘り起こした。

メリメリメリッ……スポーン!

「どうよ! 根こそぎよ!」

私は引っこ抜いた花を放り投げた。

さらに隣の黄色い花、その隣の赤い花と、手当たり次第に引っこ抜いていく。

「ふはははは! 枯れろ! 滅びろ! 光合成を放棄せよ!」

泥だらけになりながら、私は無心でシャベルを振るった。

汗が流れる。

腰が痛い。

でも止まらない。

悪役になるためには、肉体労働も厭わないのだ。

「……お嬢様、ペースが早すぎます。私が抜いた草を集めるのが追いつきません」

「クロワッサンも手伝いなさいよ! ほら、そこの可愛らしいピンクの花も抜きなさい!」

「……承知しました」

クロワッサンは無表情で、しかし恐ろしいほど効率的な手つきで花を抜き始めた。

主従二人で、無言の破壊活動。

通りかかった市民たちが足を止め、ざわつき始める。

「おい、あれを見ろ……」

「公爵令嬢様が……花壇を……」

しめしめ、注目されているわ。

もっと軽蔑して!

「なんて非道な……」と言って石を投げてもいいのよ!

「お嬢様、ギャラリーが増えてきました。そろそろ引き上げないと衛兵が来ます」

「まだよ! この区画を全部ハゲ山にするまでは帰らないわ!」

私は一心不乱に最後の巨大な株に取り掛かった。

根が深くてなかなか抜けない。

「ぬぬぬ……しぶといわね! 悪の力を見くびるな!」

「ふんぬっ!」

私が全体重をかけて引っ張ったその時だった。

「やめろぉぉぉーーっ!!」

悲鳴のような怒号が飛んできた。

来た!

ついに正義の市民が止めに来たわ!

私は息を切らしながら振り返る。

そこには、作業着を着た老人――この公園の管理長が、真っ赤な顔をして走ってくるところだった。

「貴様ら! そこで何をしているかわかっているのか!?」

私はドヤ顔で言い放った。

「見ればわかりますでしょ? わたくしはブリオッシュ公爵令嬢! この美しい花々を、気まぐれで破壊しているのですわ!」

「破壊……?」

管理長は私の足元に転がる植物の死骸を見た。

そして、私の顔をまじまじと見て、震える声で言った。

「……全部、抜いてくれたのか?」

「はい?」

「この……『悪魔の蔦(デビルズ・アイビー)』と『偽装百合(フェイク・リリィ)』を、根こそぎ駆除してくれたというのか!?」

……え?

今なんて?

悪魔?

偽装?

「ちょ、ちょっと待ってください。これ、普通のお花じゃなくて?」

私が手に持っている紫色の花を指差す。

管理長は激しく首を縦に振った。

「とんでもない! それは最近、大陸から入ってきた外来種の害草だ! 見た目は綺麗だが、根から強力な毒素を出して、周りの土を腐らせる最悪の植物なんだよ!」

「はあ!?」

「根が深くて駆除が難しくてなぁ……我々も手を焼いていたんだが、まさかお嬢様が自ら泥まみれになって引き抜いてくださるとは!」

管理長は涙ぐみながら私の手を取った(本日二回目、おじさんに手を握られる)。

「しかも、見ろ! 在来種の可憐なタンポポだけは傷つけずに、害草だけを綺麗に選り分けて抜いている!」

「えっ」

足元を見ると、確かに小さくて地味な花だけが残っている。

「いや、それは単に、派手な花の方がムカついたから優先的に……」

「なんと素晴らしい審美眼! そして生態系への深い理解! 公爵令嬢様は植物学の権威であらせられたか!」

「違います! ただの八つ当たりです!」

「おおーいみんな! 公爵令嬢様が公園を救ってくださったぞー!」

管理長が叫ぶと、遠巻きに見ていた市民たちがワッと歓声を上げた。

「すげえ! あの毒草を素手で!?」

「俺たちを守ってくれたんだ!」

「ありがとう、泥んこ姫!」

誰が泥んこ姫よ!

ダサいわよそのあだ名!

私はシャベルを取り落とし、膝から崩れ落ちた。

なんで。

なんでよ。

私はただ、綺麗なものを壊して「性格悪い女」になりたかっただけなのに。

なぜ私の選ぶターゲットは、ことごとく「駆除対象」なのよ!

「……お嬢様」

クロワッサンが泥だらけの手袋を脱ぎながら呟く。

「お嬢様の『ムカつくもの』を感知するセンサーは、どうやら生物学的な『害悪』を正確に捉えてしまうようですね」

「そんな才能いらないわよぉぉぉ!」

「おや、奇遇だね」

聞き慣れた、そして今一番聞きたくない声が降ってきた。

視線を上げると、公園の入り口に馬車が止まり、そこからサヴァラン様が優雅に降りてくるところだった。

またか。

あんたGPSでもつけてるの?

「サ、サヴァラン様……公務は? 仕事しろ仕事!」

「休憩時間に散歩をしに来たら、君の勇姿が見えたものでね」

サヴァラン様は泥だらけの私に近づくと、ハンカチを取り出して私の頬の汚れを拭った。

「……君は本当に予想を裏切らないな」

「うぅ……」

「この『偽装百合』は、王宮の庭師でも見分けるのが難しい厄介者だ。それを一目で見抜き、躊躇なく殲滅するとは」

サヴァラン様は、山積みになった害草の山を見て感嘆のため息をついた。

「その決断力と行動力。やはり君こそ、我が国の農業大臣……いや、王妃にふさわしい」

「農業大臣ならやりますから婚約破棄してください!」

「ダメだ。君が畑に出ると、作物が育ちすぎて食料価格が暴落しそうだからな。僕のそばで管理させてもらう」

彼は私の腰に手を回し、泥だらけの服など気にも留めずに引き寄せた。

「さあ、帰ろうブリオッシュ。城の風呂を用意させる。……背中くらいなら、僕が流してあげようか?」

「セクハラです! 衛兵さんこいつを捕まえてー!」

私の叫びは、またしても「仲睦まじいお二人」という温かい拍手にかき消された。

第6話の教訓。

『綺麗な花には毒がある』。

そして、『悪役令嬢が壊すものは、なぜか社会の敵ばかり』。

私の悪名が高まるどころか、王都の浄化活動が進んでいく。

この国、私がいなくても平和だったんじゃないかしら……?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

処理中です...