天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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「もう、植物はこりごりよ!」

そう叫んだのは、昨日のこと。

けれど、私は再び草の前にしゃがみ込んでいた。

場所は王都の裏通り。

舗装が行き届いていない、薄暗くてジメジメした一角だ。

「お嬢様。また土いじりですか? 学習能力という言葉をご存じで?」

背後でクロワッサンが、私の背中に向かって冷ややかな視線を送ってくる。

彼は片手に除菌スプレー、もう片手に虫除けスプレーを構えた完全防備だ。

「失礼ね! これは学習した結果よ!」

私はゴム手袋(ピンク色)をはめた手で、地面を指差した。

「昨日は『綺麗な花』を抜こうとしたから、うっかり毒草を選別してしまったのよ。私の『ムカつくものセンサー』が、本能的に毒を感知してしまったのね」

「まあ、お嬢様は野生動物並みの勘をお持ちですから」

「褒めてないわよね? ……だから今回は、あえて『汚くて、臭くて、どう見ても役に立たなそうな雑草』をターゲットにするのよ!」

私の作戦はこうだ。

この通りの草を根こそぎむしり取ることで、地面を剥き出しにする。

するとどうなるか?

雨が降れば泥だらけになり、風が吹けば砂埃が舞う!

通行人たちは「ゲホゲホッ! 誰よこんなことしたの!」と咳き込み、その犯人が私だと知って軽蔑する!

これぞ、環境汚染型の悪役令嬢!

「完璧だわ……。我ながら恐ろしい発想……」

「ただの道路清掃ボランティアに見えますが」

「黙りなさい! さあ、手始めにこいつよ!」

私は目の前に生えている、ドス黒い緑色をした、見るからに邪悪そうな草を鷲掴みにした。

葉っぱがギザギザしていて、触るとベトベトしている。

しかも、なんとなく古漬けのような酸っぱい臭いがする。

「うわっ、臭っ! 最悪ねあんた! 私の悪役にふさわしいパートナーよ!」

私は鼻をつまみながら、渾身の力で引っ張った。

ブチブチッ!

「とったどー!」

私は根っこごと抜けたその草を、高々と掲げた。

根っこはさらにグロテスクで、まるで小人の足のような形をしている。

「気色悪っ! よし、どんどん抜くわよ! この通りを不毛の大地にしてやるんだから!」

私は次々とその「臭い草」をむしり始めた。

「枯れろー! 滅びろー! 緑地化反対ー!」

「……お嬢様、通りすがりの人が『またあの方か……』みたいな目で見ていますが」

「ふふん、見なさい! これが公爵令嬢の乱心よ!」

私は一心不乱に草をむしり続けた。

三十分後。

私の足元には、古漬けの臭いがする不気味な草の山が築かれていた。

「はあ、はあ……どうよクロワッサン。この荒涼とした風景!」

「確かに、雑草がなくなってスッキリしましたね」

「違うわよ! 地面が剥き出しになって、侘しい感じになったでしょう!?」

その時だった。

「お、お待ちくだされぇぇぇ!!」

通りの向こうから、白衣を着た小柄な老人が転がるように走ってきた。

白髪頭を振り乱し、眼鏡がズレている。

またおじさん?

私の悪事には、なぜかいつもおじさんが寄ってくるの?

「な、何事ですか! わたくしは今、環境破壊活動に忙しいのですが!」

「そ、その草! その草じゃよ!」

老人は私の足元の草の山を指差し、ガタガタと震え出した。

「まさか……こんな場所に群生しておったとは……!」

「ええ、すごく臭くて迷惑な草でしたわ。だから私が絶滅させてやりましたの! 文句ある?」

「絶滅……!?」

老人は白目を剥いて倒れそうになった。

ほら見なさい!

ついに市民を卒倒させたわ!

「クロワッサン、見た!? 私の悪行が老人をショック死寸前に追い込んだわ!」

「お嬢様、人殺しはNGです。蘇生させます」

クロワッサンがAEDを取り出そうとした瞬間、老人がガバッと起き上がった。

「ち、違う! 感謝しておるんじゃ!」

「は?」

老人は震える手で、あろうことか「臭い草」を愛おしそうに抱きしめた。

「こ、これは幻の薬草『竜のあくび』じゃよ!」

「竜のあくび?」

「うむ! その強烈な臭気ゆえに嫌われるが、その根を煎じて飲めば、今流行している『三日熱』を一発で治す特効薬になるんじゃ!」

はい?

「三日熱って……最近、王都で流行ってるあの風邪?」

「そうじゃ! 多くの民が苦しんでおるが、薬の原料が見つからず、我々医師団も途方に暮れておった……。それがまさか、こんな裏通りのジメジメした場所に生えていたとは!」

老人は私の手を(またしても!)涙ながらに握りしめた。

「しかも、見てくだされ! 根っこが傷つかないように、丁寧に土を払って収穫してある! これは素人の仕事ではない! 薬草学を極めた者の手つきじゃ!」

「いや、単に根っこがキモかったから観察してただけで……」

「ありがとう! ありがとう公爵令嬢様! これで王都の患者たちが救われますぞ!」

「ちょ、待っ……」

「おおーい! 誰か荷車を持ってきてくれ! 救世主様が薬草を山ほど採ってくださったぞー!」

どこからともなく、近所の住人や診療所のスタッフが集まってきた。

「すげえ! あの臭い草が薬だったのか!」

「ブリオッシュ様がわざわざこんな汚い場所まで来てくれたなんて!」

「汚れ仕事も厭わない聖女様だ!」

拍手。

喝采。

指笛。

私の周りで巻き起こるスタンディングオベーション。

私は泥だらけのゴム手袋を見つめ、呆然と呟いた。

「……なんで?」

「お嬢様」

クロワッサンが淡々と言う。

「どうやらお嬢様の『ムカつくものセンサー』は、希少価値の高いものにも反応するようですね」

「そんな鑑定スキル欲しくないわよぉぉぉ!!」

私は頭を抱えた。

臭い。

手袋が臭い。

でもこの臭いが、国民を救う香りだなんて、誰が想像するのよ!

「おやおや。今度は医療貢献かい?」

幻聴であってほしかった。

しかし、現実は非情である。

路地の角から、白馬に乗るには狭すぎる道を、徒歩で優雅に歩いてくる金髪の青年がいた。

サヴァラン様だ。

今日こそは来ないと思ってたのに!

こんな裏路地まで何しに来たのよ!

「サヴァラン様……。あなた、本当に暇なんですか?」

「君が不足して禁断症状が出たから、匂いを辿ってきたんだ」

「犬ですか」

「君からはいつも、芳しい香りがするからね」

サヴァラン様は私の前に立つと、クン、と鼻を鳴らした。

そして、私の手袋の臭いを嗅いだ。

「……ふむ。これは強烈だね」

「でしょ!? 臭いでしょ!? 嫌いになってください!」

「『竜のあくび』か。……君は、僕が最近、三日熱の対策に頭を悩ませていたことを知っていたんだね?」

「知りません!」

「嘘をつかなくていい。僕の苦労を察して、自らドブさらいのような汚れ役を買って出て、特効薬を探し出してくれた。……その献身、涙が出るよ」

サヴァラン様は私の汚れたゴム手袋を外し、その下の素手に口づけをした。

「君の手は、世界で一番美しい。この国を救う手だ」

周囲の民衆が「ヒューヒュー!」と囃し立てる。

「お熱いねえ!」

「王子様と聖女様、お似合いだぞ!」

違う。

私はただ、道路をホコリまみれにしたかっただけなのに。

「さあ、ブリオッシュ。この功績は大きい。父上(国王)に報告して、褒美をとらせよう」

「いりません! 褒美はいりませんから、婚約破棄をください!」

「照れ屋だな。じゃあ、褒美は僕の一日デート券にしよう」

「一番いらないやつーー!!」

私は泣きながら、サヴァラン様に連行された。

第7話の教訓。

『良薬は口に苦し』。

そして、『悪役令嬢がむしり取る雑草は、なぜか特効薬』。

パンで飢餓を救い。

害草駆除で生態系を守り。

雑草で疫病を治した。

……あれ?

私、悪役令嬢どころか、建国以来の偉人になってない?

このままじゃ銅像が建ってしまう。

「……こうなったら、最後の手段よ」

馬車の揺れに身を任せながら、私は固く決意した。

「もう、私の手で悪事は働かない。……プロの手を借りるのよ」

「プロ?」

クロワッサンが怪訝な顔をする。

「そうよ。……本来この物語の『ヒロイン』であるはずの、タルト様を巻き込むのよ!」

私の瞳に、起死回生の炎が宿った(と思う)。

次こそは。

次こそは、他力本願で悪役になってみせる……!
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