天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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「やあやあ、噂の『聖女兼・発明王兼・爆笑コメディエンヌ』の公爵令嬢は君かい?」

とある日の午後。

王宮の庭園で一人、反省会(という名のやけ食い)をしていた私の前に、派手な男が現れた。

金髪の巻き毛に、チャラついた笑顔。

胸元が大きく開いたシャツからは、無駄に色気のある鎖骨が見えている。

「……どちら様でしょうか? わたくし今、人生の虚しさを噛み締めている最中なのですが」

私はマカロンをかじりながら、ジト目で男を見上げた。

男は芝居がかった動作で、バサリとマントを翻した。

「失敬。俺の名はエクレア。隣国ガレット王国の第二王子さ」

「ガレット王国……?」

聞いたことがある。

美食と芸術、そして「自由奔放な恋愛」で有名な国だ。

そこの第二王子といえば、確か……。

「ああ、あの『歩くフェロモン』とか『王族の面汚し』とか呼ばれている……」

「おいおい、手厳しいな子猫ちゃん。せめて『愛の狩人』と呼んでくれよ」

エクレア王子はウィンクを飛ばすと、私の隣に図々しく腰を下ろした。

「で? 君がブリオッシュ嬢だね。サヴァランの婚約者」

「……ええ、一応」

「噂は聞いているよ。パンを買い占めて民衆を救ったり、毒草を駆除して医療革命を起こしたり、ドレスを汚して新素材をアピールしたり……」

彼は指を折りながら、私の「黒歴史(成功例)」を列挙した。

「すごいねえ。サヴァランがあんなに溺愛するのも分かるよ。君、面白いもん」

「面白くないです。わたくしは悪女です」

私はムッとして反論した。

「全ての行動は悪意から始まっているんです! 結果がバグっているだけで!」

「ははは! 『結果がバグってる』か! いいね、そのワードセンス!」

エクレア王子は腹を抱えて笑った。

何がおかしいのよ。

こっちは深刻な悩みだって言ってるのに。

「……それで? 隣国の王子様が、わたくしに何か用ですか?」

「うん。実はね、サヴァランに会いに来たついでに、君をスカウトしに来たんだ」

「スカウト?」

「そう」

エクレア王子は急に真顔になり、私の顔を覗き込んだ。

その瞳は、チャラついた雰囲気とは裏腹に、獲物を値踏みするような鋭い光を宿していた。

「君さあ、この国にいるの、息苦しくない?」

「……え?」

「サヴァランは完璧すぎる。国も真面目すぎる。君みたいな『規格外の劇薬』を扱える土壌じゃない気がするんだよね」

ドキリとした。

図星だ。

私が何をしても、この国の「真面目な常識」と「サヴァラン様の天才的解釈」によって、すべてが善行に丸め込まれてしまう。

悪役になりたくてもなれないジレンマ。

それを、初対面のこの男に見抜かれた?

「そこでだ、ブリオッシュちゃん。俺からの提案」

エクレア王子は私の手を取り、甘い声で囁いた。

「俺と一緒に、ガレット王国に来ないか?」

「……はい?」

「俺の愛人……いや、専属エンターテイナーとしてね。好待遇を約束するよ」

「はぁ!?」

私は素っ頓狂な声を上げた。

「愛人!? 何言ってるんですかこの変態王子!」

「まあまあ、聞いてよ。うちの国は寛容だ。君がパンを買い占めようが、花壇を破壊しようが、誰も『聖女』なんて崇めない。『わはは、また派手にやってるな!』で終わりさ」

「えっ」

「つまり、君は心置きなく『悪女』になれる。思う存分暴れて、破壊して、周囲を困らせても……俺が『まあ彼女は俺の女だから』って笑って許してやる」

悪魔の囁きだ。

でも、なんて甘美な響きだろう。

心置きなく悪女になれる場所。

「聖女」というレッテルを貼られず、ただの「面白い悪女」として生きられる国。

「それに……」

エクレア王子はニヤリと笑った。

「君が俺の国に行けば、サヴァランとの婚約は当然破棄になる。……君の望み通りにね」

「!!」

そこよ!

一番重要なのはそこ!

私が隣国の王子の愛人(という名のペット)になって出奔すれば、さすがのサヴァラン様も私を見限るはず。

『他国の男に走った尻軽女』として、公的に婚約破棄できる!

そうすれば、サヴァラン様の経歴に傷はつかない。

むしろ「裏切られた悲劇の天才王子」として、国民からの同情と支持が集まるわ!

「……その話、詳しく聞かせてもらえるかしら」

私が身を乗り出すと、エクレア王子は満足げに頷いた。

「もちろん。契約金は弾むよ。君の体重と同じ重さの金貨でどう?」

「重すぎますわよ! 床が抜けるわ!」

「あはは! 本当に君は最高だ!」

二人が盛り上がっていると。

ザッ、ザッ、ザッ。

芝生を踏みしめる音が、背後から近づいてきた。

規則正しい、しかしどこか圧を感じる足音。

気温が、急に2、3度下がった気がする。

「……おやおや。私の庭で、随分と楽しそうな商談をしているね」

絶対零度の声。

振り返ると、そこにはサヴァラン様が立っていた。

笑顔だ。

完璧な笑顔だ。

でも、目が笑っていない。

背後に黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。

「やあサヴァラン! 久しぶり!」

エクレア王子は悪びれもせず、片手を上げた。

「相変わらず堅苦しい顔してるなー。だから婚約者が逃げ出したくなるんだよ」

「逃げる? 誰が?」

「ブリオッシュちゃんだよ。彼女、俺の国に来るってさ」

ピキッ。

空気が凍りついた音がした。

サヴァラン様はゆっくりと視線を私に移した。

「……本当かい? ブリオッシュ」

「ひっ」

怖い。

いつもの「余裕綽々の天才王子」じゃない。

本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。

でも、ここで引いては悪役令嬢の名折れだ!

私は震える足を叱咤し、精一杯の強がりで顎を上げた。

「ほ、本当ですわ! サヴァラン様!」

「……ほう」

「エクレア殿下は、私の『悪の才能』を正当に評価してくださるとおっしゃいました! この国では、私が何をしても『聖女』扱いされて息が詰まりますの!」

私は拳を握りしめた。

「だから私は、より自分らしく生きられる場所へ……悪の道へ進むために、転職(ヘッドハンティング)を受け入れることにしました!」

どうだ!

これで愛想を尽かしたでしょう!

サヴァラン様はしばしの沈黙の後、ふっ、と短く笑った。

「……なるほど。転職、か」

彼はエクレア王子の方を向き、優雅に一礼した。

「エクレア殿下。遠路はるばる、我が国の至宝を奪いに来てくださり、恐悦至極」

「おっ、分かってくれる? じゃあ譲って……」

「――ですが」

サヴァラン様が顔を上げた瞬間。

バンッ!!

強烈な殺気が、衝撃波となって庭園を揺らした。

鳥たちが一斉に飛び立ち、木々の葉がざわめく。

エクレア王子の顔から、初めて笑みが消えた。

「……っ、おっと」

「彼女は譲れません」

サヴァラン様は静かに、しかし断固として告げた。

「彼女の才能も、狂気も、可愛げも、すべて私のものです。他国の王子ごときが、横から手を出していい領域ではない」

「……独占欲が強いねえ」

「独占欲ではありません。危機管理です」

サヴァラン様は私の方へ歩み寄り、私の腕を強く引いて自分の背中に隠した。

「彼女を野放しにすれば、一週間であなたの国は転覆しますよ?」

「え?」

「パンを買い占めて経済を混乱させ、雑草を抜いて生態系を変え、ドレスを汚して繊維業界に革命を起こす女ですよ? ガレット王国ごときの国力で、彼女の『予測不能な善行(テロ)』を制御できるとでも?」

「……」

エクレア王子が固まった。

「制御できるのは、世界で私一人だ」

サヴァラン様は傲然と言い放った。

「彼女の飼い主は私だ。文句があるなら、国を賭けて戦争でもしましょうか?」

「ちょ、ちょっと待ってサヴァラン様!?」

私は慌てて彼の背中を叩いた。

「なんで私の引き抜き話が、国家間の戦争になりかけてるんですか!?」

「君がそれだけの価値がある女だからだよ」

「嬉しくないわよ! 平和的に解決して!」

エクレア王子は、しばらく呆気にとられていたが、やがて「くっくっく」と笑い出した。

「……あはははは! 参った! こりゃ勝てないわ!」

彼は両手を上げて降参のポーズをとった。

「噂以上の溺愛っぷりだね。本気のサヴァランを敵に回したら、うちの国なんて明日には更地になっちまう」

彼は私にウィンクをした。

「残念だけど、今回は諦めるよブリオッシュちゃん。命あっての物種だしね」

「ええっ、そんなあ……」

私の「国際的悪女デビュー」の夢が……。

「でもまあ、しばらくはこの国に滞在させてもらうよ。君たちの『愛の劇場』を特等席で見物させてもらうためにね」

エクレア王子は面白そうにサヴァラン様を指差した。

「精々気をつけることだね、天才王子。油断してると、いつか本当に彼女にかっさらわれるよ?」

「ご忠告どうも。……だが、そうはさせない」

サヴァラン様は振り返り、私を強く抱きしめた。

「きゃっ!」

「ブリオッシュ。今日から監視を強化する。僕の目の届かないところで、変な男と喋るのは禁止だ」

「子供扱いしないでください! それに監視って何ですか!」

「愛の束縛だよ」

「重い! 愛が重いですわ!」

こうして。

チャラ男王子によるスカウト騒動は、サヴァラン様の「重すぎる愛」と「国家規模の脅し」によって未然に防がれた。

しかし、エクレア王子という新たなトリックスター(引っ掻き回し役)が加わったことで、私の受難はさらに加速していくことになるのだった。
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