天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

文字の大きさ
12 / 28

12

しおりを挟む
「いいかい、ブリオッシュちゃん。悪女には『色気』が必要だ」

隣国ガレット王国の第二王子、エクレア殿下は、ウィンクしながら言った。

場所は公爵家のサンルーム。

なぜか我が家に居座っているエクレア殿下による、『悪役令嬢・特別集中講座』が開講されていた。

「色気……ですか?」

私は首をかしげた。

「そう。男を惑わし、家庭を崩壊させ、国を傾ける……それが『傾国の美女(ファム・ファタール)』だ」

エクレア殿下は薔薇の花を一輪、口にくわえてポーズを決めた。

「サヴァランのような堅物は、君の子供っぽい悪戯を『可愛い』と思ってしまう。だからダメなんだ」

「むっ、子供っぽいとは失礼な! パン買い占めは高度な経済戦略ですわよ(結果的に)!」

「はいはい。……とにかく、彼に『この女は危険だ』『他の男の匂いがする』と思わせるんだ。嫉妬を超えて、軽蔑させるくらいにね」

なるほど。

その理屈は一理ある。

サヴァラン様は私が「何をしても許す」と言ったが、それは私が「自分だけを見ている」と思っているからだ。

もし私が、手当たり次第に他の男に色目を使う「ふしだらな女」になったら?

さすがの天才王子も、プライドが許さず婚約破棄するに違いない!

「やります! その作戦、乗りました!」

「よし、良い返事だ。……では、今夜の夜会がデビュー戦だ。君の『大人の魅力』を見せつけてやんな」

エクレア殿下はニヤリと笑った。

その笑顔が、面白がっているだけに見えるのは気のせいだろうか。

   ◇

その夜。王宮で開かれた夜会。

私は、かつてないほど気合の入ったドレスで会場入りした。

背中が大きく開いた、真紅のマーメイドドレス。

スリットも深く入っている。

ただし、お父様(公爵)が泣いて止めるので、スリットの下には肌色の厚手タイツを履いている。

防寒対策もバッチリだ。

「……お嬢様。その格好、遠目にはセクシーですが、近くで見ると『防寒着を着込んだ登山家』のようですよ」

執事のクロワッサンが小声で指摘する。

「黙りなさい! これは『チラリズム』という高等テクニックよ!」

私は扇子を広げ、獲物を探した。

今日のミッションは、『高官たちにボディタッチをして、意味深な言葉を囁き、サヴァラン様に浮気現場を目撃させること』だ。

「ターゲット確認。……あそこにいるのは、財務大臣のポトフ伯爵ね」

恰幅の良い、初老の紳士だ。

国の金庫番である彼を籠絡すれば、間違いなく「国を揺るがすスキャンダル」になる。

「行ってくるわ。見てなさい、私の妖艶な手管を!」

私は肩で風を切って歩き出した。

ポトフ伯爵は、壁際でグラスを片手に渋い顔をしていた。

私は背後から忍び寄り、ねっとりとした声を出した。

「ごきげんよう……ポトフ様ぁ……」

「ん? おや、これはブリオッシュ様」

伯爵が振り返る。

私はすかさず、彼の方に体を預け……ようとして、体幹が良すぎて踏ん張ってしまい、単なるタックルになりかけた。

「おっと! 大丈夫ですか?」

「ふふふ……わざとですわ」

私は強引に彼の腕に自分の手を絡ませた。

「ねえ、ポトフ様。……最近、お疲れじゃありません?」

上目遣い。

エクレア殿下直伝の「男を狂わせる視線(キラー・アイ)」だ。

しかし、ポトフ伯爵はきょとんとしている。

「はあ、まあ決算期ですので肩が凝りますな」

「でしょう? ……わたくし、癒やして差し上げましょうか?」

私は彼に密着し、耳元で囁いた。

「あなたの……カチコチになったところ……ほぐしてあげたいわ……」

どうだ!

この卑猥かつ意味深なセリフ!

これを聞かれたら一発アウトよ!

「えっ、本当ですか!?」

ポトフ伯爵の顔が輝いた。

「いやあ、実はここ数日、四十肩がひどくて腕も上がらなくて……! ブリオッシュ様はマッサージも得意なのですか?」

「……はい?」

「お願いします! ここ! この肩甲骨の裏側が死ぬほど痛いんです!」

伯爵は私の手を取り、自分の背中に誘導した。

違う。

そうじゃない。

私は色仕掛けをしているのであって、整体師になったわけじゃないのよ。

でも、目の前に「凝り固まった筋肉」があると、つい指が動いてしまうのが私の悲しい性(さが)。

「……ここですか?」

グイッ。

親指でツボを押す。

「あだだだだッ!? そ、そこです! 効くぅぅぅ!」

「まったく、リンパが詰まってますわよ。老廃物が溜まりすぎですわ」

「うおおお! ゴッドハンド! ブリオッシュ様、あなたは神ですか!」

気がつけば、私は財務大臣の背中を全力で揉みほぐしていた。

ドレス姿で。

壁際で。

「ああっ、そこ! イイっ! イッちゃいます!」

伯爵が変な声を上げるので、周囲の視線が集まってくる。

しめしめ、誤解されるチャンスよ!

「あら、財務大臣ったら大胆な声を……♡」

私が艶っぽく(棒読みで)言ったその時だ。

「――何をしている」

氷点下の声。

背筋が凍る。

ゆっくり振り返ると、サヴァラン様が仁王立ちしていた。

その横には、ニヤニヤ笑うエクレア殿下もいる。

「サ、サヴァラン様!」

「僕の婚約者が、財務大臣と壁際で……『イイ』とか『イッちゃう』とか……」

サヴァラン様の瞳からハイライトが消えている。

やった!

ついに嫉妬した!

軽蔑した!

「そうですわ! わたくし、ポトフ様と不純な異性交遊を……」

「おお、殿下!」

ポトフ伯爵が、ブンブンと腕を回しながら叫んだ。

「見てください! 腕が! 腕が上がりますぞ!」

「……は?」

「長年苦しんだ四十肩が、ブリオッシュ様の黄金の指によって完治しました! まさに奇跡! 彼女は国の医療の希望です!」

伯爵はラジオ体操のように激しく腕を回転させた。

サヴァラン様が、ポカンと口を開けた。

そして、ゆっくりと私を見た。

「……ブリオッシュ。君は、彼を誘惑していたのではなく……治療していたのか?」

「ち、違います! 誘惑の一環として、スキンシップを図ったら、ついツボに入ってしまって……!」

「なんて慈悲深いんだ」

サヴァラン様が額に手を当てた。

「普通、夜会で年配の男性に言い寄られたら逃げるものだ。だが君は、彼の体の不調を一瞬で見抜き、自らの手を汚して(揉んで)救済した……」

「汚してないです! ちゃんとハンカチ当てました!」

「しかも、あえて『不純な関係』に見えるように振る舞うことで、大臣の『老い』というプライドを傷つけないよう配慮したんだね?」

「解釈が高度すぎる!!」

サヴァラン様は感動に打ち震えながら、私を抱きしめた。

「すごいよブリオッシュ。君は『癒やしの聖母』だ。財務大臣の健康を守ることは、すなわち国家財政を守ること。君はまたしても国を救ったんだ!」

「違うのぉぉぉ! 私は国を傾けたかったのぉぉぉ!」

私の叫びは、またしても周囲の拍手にかき消された。

「さすがブリオッシュ様だ」

「俺も揉んでほしい」

「私も腰が……」

高官たちが列を作り始める。

「やめて! 私は整体師じゃないの! ……あ、そこは坐骨神経痛ですね。ちょっと強めに押しますよ」

「あひぃぃぃ! 最高ですぅぅ!」

結局。

私はその夜、十人以上の高官たちの肩こりと腰痛を完治させた。

エクレア殿下は、腹を抱えて笑い転げていた。

「あははは! 『傾国の美女』じゃなくて『建国の整体師』になっちゃったね!」

「笑い事じゃありませんわ!」

夜会が終わる頃には、私はクタクタになっていた。

指が痛い。

ヒールで踏ん張った足も痛い。

「……お疲れ様、ブリオッシュ」

サヴァラン様が、優しく私の手をマッサージしてくれた。

その手つきは、悔しいけれど極上だった。

「君が他の男に触れるのは面白くないが……まあ、医療行為なら許そう」

「医療じゃありません……不貞行為です……」

「はいはい。……でも、次は僕だけにしてくれよ?」

彼は私の指先に口づけをして、蕩けるような笑顔を見せた。

「僕だって、君に触られたい箇所はいっぱいあるんだから」

「ッ!?」

意味深!

今のセリフ、すごく意味深ですわよサヴァラン様!

私は顔から火が出る思いで、彼の手を振り払った(でも優しく)。

第12話の教訓。

『下心を持って男に近づいても、なぜかホスピタリティが勝ってしまう』。

私の手は、人を破滅させるより、凝りをほぐすのに向いているらしい。

……いや、諦めない。

次こそは、精神的なダメージを与えてやるんだから!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

処理中です...