天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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「離して! 恥ずかしい! あなたと踊るなんて拷問ですわ!」

ワルツの音楽が流れる中、私はサヴァラン様の腕の中で必死に抵抗していた(小声で)。

周囲の貴族たちは、全身肌色ペアルックの私たちをうっとりと見つめている。

「なんてお似合いのお二人……」

「まるで一つの生命体のようだわ……」

違う。

同化しているだけよ。

「サヴァラン様! 足を踏んでやりますわ! グリグリと!」

私はヒールの踵で、彼の足を狙った。

ダンス中に足を踏む。

これぞダンスパートナーへの最大の嫌がらせであり、マナー違反の極み。

これなら「君とは踊れない」と幻滅されるはず!

「えいっ!」

ガンッ!

私は思い切り踏みつけた。

「……っ」

サヴァラン様の眉が一瞬ピクリと動いた。

痛かったでしょう?

さあ、怒って!

ダンスを中断して!

しかし、サヴァラン様は痛みに耐えるような表情を一瞬浮かべた後、さらに深く微笑んだ。

そして、あろうことか私を抱き上げ、くるくると回転させながら大声で叫んだ。

「――皆の者! 聞いたか!?」

「え?」

「今、ブリオッシュはこう言ったのだ! 『あなたの足元を支える大地になりたい。だから、もっと私を強く踏みしめて、二人の愛の基礎を固めて!』とな!」

「言ってませぇぇぇぇん!!」

私は回転されながら叫んだ。

「足を踏んだのよ! 物理攻撃よ!」

「おお、なんという情熱的な愛の告白! 君は僕の重みをすべて受け止めてくれると言うのか!」

サヴァラン様は私を下ろすと、感動のあまり強く抱きしめた。

「ならば僕も答えよう! 一生、君という大地の上を歩き続けると!」

「重い! 物理的にも精神的にも重いですわ!」

「……見て、奥様」

周囲の貴族たちがハンカチを目に当てている。

「足を踏む行為を『愛の基礎固め』と表現するなんて……」

「なんて詩的なの……」

「究極の信頼関係ね……」

違う。

集団幻覚でも見ているの?

曲が終わり、私たちは拍手喝采の中でダンスフロアを降りた。

私は肩で息をしながら、サヴァラン様を睨みつけた。

「……サヴァラン様。あなた、耳がおかしいんじゃありませんの?」

「僕の聴覚は正常だよ。君の心の声まで聞こえるほどにね」

「心の声じゃなくて、口から出た悪口を聞いてください!」

「悪口? そんなもの、君の美しい口から出るはずがないだろう」

彼は涼しい顔でグラスを渡してきた。

「さあ、喉が渇いただろう。僕の愛(水分)を飲み干したまえ」

「水です! ただの水!」

その時、数人の貴族たちが挨拶にやってきた。

「素晴らしいダンスでした、殿下、ブリオッシュ様」

「あのお衣装、斬新で感動いたしました」

やってきたのは、保守派の重鎮たちだ。

チャンスだ。

ここで彼らに無礼な態度を取れば、今度こそ私の評判は地に落ちる。

私はグラスの水を一気に飲み干し、ふてぶてしい態度で言い放った。

「あら、ごきげんよう。……あなたたち、相変わらず退屈な顔をしてらっしゃいますわね」

言った!

初対面の重鎮に「退屈な顔」!

これは失礼極まりない!

重鎮たちの顔が引きつる。

「む……?」

「その古臭いドレスに、カビの生えたような会話。ここにいるだけで空気が澱みますわ。さっさと帰って寝た方がよろしくてよ!」

どうだ!

これぞ悪役令嬢の暴言!

「老人を敬う心」ゼロの罵倒!

さあ、激怒して私を糾弾しなさい!

重鎮の一人が、プルプルと震えながら口を開きかけた。

「ぶ、ブリオッシュ嬢! いくらなんでも……」

すかさず、サヴァラン様が割って入った。

「――待ちたまえ、伯爵。彼女の言葉の真意が分からないのか?」

「は? 殿下、しかし今……」

「彼女はこう言っているのだ。『激務に追われるあなた方の顔色が優れないのが心配です。無理をして社交に参加するよりも、今はゆっくり休養を取って、万全の体調で国のために尽くしてください』とね!」

「……はい?」

私は目を丸くした。

どこをどう翻訳したらそうなるの?

「『カビの生えた会話』というのは、伝統を重んじるあまり革新性を失いつつある現状への鋭い指摘だ! 『空気が澱む』とは、現状維持に満足せず、新しい風を入れろという激励だ!」

サヴァラン様は熱弁を振るう。

「彼女はあなた方の健康を気遣い、なおかつ国政への提言まで含めて、あえて厳しい言葉(ヒール役)を選んで発破をかけたのだ! ……なんという慈愛! なんという国母の器!」

「……っ!」

重鎮たちがハッと顔を見合わせた。

「そ、そうだったのか……」

「確かに最近、私は働きすぎで……」

「古臭い慣習に囚われていた我々に、喝を入れてくださったのか……!」

重鎮たちの目に、尊敬の光が宿る。

「申し訳ありません、ブリオッシュ様! あなたの深慮遠謀(しんりょえんぼう)にも気づかず、浅はかな反応をしてしまうところでした!」

「ありがとう、聖女様!」

「明日からはしっかり休み、新たな気持ちで国に尽くします!」

「……え、あの、違……」

「さあブリオッシュ、彼らに温かい拍手を」

サヴァラン様に促され、私は呆然としたままパチパチと手を叩いた。

重鎮たちは涙を流しながら去っていった。

「……サヴァラン様」

「なんだい?」

「あなたは詐欺師ですか?」

「僕は真実の翻訳者(トランスレーター)だよ」

サヴァラン様は私の肩を抱いた。

「君は照れ屋だから、本音と逆の言葉を使ってしまうだろう? だから僕が、君の美しい本心を皆に伝えているだけさ」

「余計なお世話です!」

「礼には及ばないよ」

くっ……!

この男、私の「悪意」をリアルタイムで無効化するスキルを持ってやがる!

これじゃあ、私が何を言っても無駄じゃない!

「……あ、見てごらん。タルト嬢とシトロンだ」

サヴァラン様が視線を向けた先。

会場の隅で、タルト様とシトロン様が何やら話し込んでいる。

「チャンスよ!」

私は気を取り直した。

私の悪事が無効化されるなら、タルト様の恋路を応援して「外堀」から埋めるしかない。

「ちょっと様子を見てきますわ!」

私はサヴァラン様の手を振りほどき、二人の元へ忍び寄った(肌色ドレスなので壁と同化して隠密性が高い)。

「……シトロン様。その、眼鏡の曇り止めについてですが……」

タルト様が頬を染めて話している。

話題が地味すぎる。

もっとこう、愛とか恋とか語りなさいよ!

「ああ、それは市販の『クリア・ビュー』ではなく、錬金術師ギルド特製の『ミスティ・ガード』を使うといいですね」

シトロン様も真面目に答えている。

「まあ! メモしてもよろしいですか!?」

「構いませんが……タルト嬢、あなたはなぜそこまで眼鏡に……?」

シトロン様が怪訝な顔をする。

「そ、それは……! シトロン様の知的な眼差しが、曇ってしまうのが世界の損失だからです!」

タルト様が熱く語る。

「あなたの瞳は、国家の重要文化財です! それを守るガラスは、国宝級の輝きを保つべきなのです!」

「……」

シトロン様が、珍しく言葉を失っている。

引いてる?

さすがに引いてる?

しかし、次の瞬間。

シトロン様は、クッ、と小さく笑った。

「……変わった方ですね」

「えっ」

「ですが……悪くない。私の眼鏡(これ)をそこまで評価してくれたのは、殿下以外ではあなたが初めてです」

「!!」

「今度、私が懇意にしている眼鏡工房にご案内しましょうか。……新作のフレームが入荷したらしいので」

「い、行きます! 是非連れて行ってください! なんなら私があなたの眼鏡になります!」

「それは遠慮します」

おおっ!

進展してる!

眼鏡というニッチな共通言語を通して、二人の距離が縮まっている!

よし、これならいけるわ。

タルト様がシトロン様と結ばれれば、サヴァラン様の側近の妻となる。

そうなれば、私も「婚約者」としてではなく、「仲人役のお節介おばさん」ポジションに収まって、自然とフェードアウトできるかもしれない(?)

「……ふふ、あっちもうまくいっているようだね」

いつの間にか、サヴァラン様が私の背後に立っていた(気配消すのうますぎない?)。

「ええ。タルト様の執念が実を結びそうですわ」

「類は友を呼ぶと言うしね。……変なことに情熱を燃やす人間同士、惹かれ合うものなのさ」

「誰のことですか」

「僕たちのことだよ」

サヴァラン様は私の腰を引き寄せた。

「君が『婚約破棄』に情熱を燃やせば燃やすほど、僕は君に惹かれていく。……これこそが、最強の引力の法則だね」

「物理法則みたいに言わないでください!」

「さあ、パーティーも終盤だ。最後にもう一曲、踊ろうか」

「嫌です! 足が痛いです!」

「じゃあ、僕の足に乗るといい。運んであげるよ」

「子供か!」

結局。

私はサヴァラン様の足の甲に自分の足を乗せ、ペンギンのような格好でダンスを踊らされる羽目になった。

周囲からは「新しいステップか!?」「なんて独創的な……!」とまたしても称賛された。

もう疲れた。

悪態をついても愛の言葉にされ。

暴れても新しいダンスだと解釈され。

何をしても「天才の恋人」としての評価が上がっていく。

「……サヴァラン様」

「ん?」

「私、もう言葉で伝えるのは諦めます」

「賢明だね」

「次は……行動で示しますわ」

「ほう?」

「言葉がいらないくらい、決定的な『裏切り』を見せてあげますから!」

私は彼の胸元(肌色)に顔を埋めながら、新たな決意を固めた。

言葉が通じないなら、もう「事件」を起こすしかない。

そう、プロットにある通り……。

タルト様とシトロン様の婚約発表を利用して、決定的な破滅フラグを立ててやる!

(……でも、このペンギン・ダンス、意外と楽で悪くないかも、と思ってしまったのは内緒だ)
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