天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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「ご報告します! ブリオッシュ様!」

翌日、私の部屋に駆け込んできたタルト様は、興奮で鼻息を荒くしていた。

「なんと! 今週末、シトロン様と『王都めがね博物館』へ行くことになりました!」

「……博物館?」

「はい! 古今東西の眼鏡フレームが展示されている聖地です! シトロン様が招待券をくださったんです!」

タルト様は頬を赤らめ、身をよじっている。

「二人きりです! これって、デートですよね!? ね!?」

「ええ、完全にデートね。おめでとう」

私はニヤリと笑った。

来たわ。

絶好のチャンスが。

「タルト様。……そのデート、私がめちゃくちゃにして差し上げますわ」

「えっ?」

「いいこと? 初デートというのは繊細なものよ。そこでトラブルが起きれば、二人の仲は一瞬で険悪になる。……私がその『トラブルメーカー』になって、二人の恋路を邪魔するのよ!」

私は立ち上がり、悪役ポーズを決めた。

「人の恋路を邪魔する女。これほど嫌われる存在はいないわ! サヴァラン様も、友人のデートを破壊するような女とは縁を切るはずよ!」

タルト様が青ざめる。

「そ、そんな! やめてくださいブリオッシュ様! 私の眼鏡鑑賞会が!」

「安心なさい。本当に破局させるわけじゃないわ。……ギリギリのラインで『邪魔』をして、最終的には『雨降って地固まる』的な効果を狙うのよ(建前)」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。……だから、当日のスケジュールを教えなさい」

   ◇

そして週末。

王都のメインストリートに、怪しい二人組の姿があった。

サングラスにマスク、そしてなぜか「農民A」のようなボロボロの服を着た私。

そして、隣には……。

「……ねえ、サヴァラン様。なんでついてくるんですか?」

同じく「農民B」のような服を着ているが、隠しきれないオーラと無駄に良い姿勢のせいで、逆に目立っているサヴァラン様。

「君が『スパイごっこ』をすると聞いたからね。僕も混ぜてほしいと思って」

サヴァラン様は楽しそうに麦わら帽子を目深に被った。

「変装デートなんて初めてだ。ワクワクするね」

「デートじゃありません! 妨害工作です!」

私は彼を無視して、ターゲットを確認した。

人混みの向こうに、シトロン様とタルト様の姿がある。

シトロン様は私服(やはり眼鏡)、タルト様は可愛らしいワンピース姿だ。

二人は少しぎこちない距離感で歩いている。

「……ふふふ。見ていなさい。あそこに私が仕掛けた『罠』があるのよ」

「罠?」

「ええ。あの角を曲がったところに、私が雇った『チンピラ役』の劇団員が待機しているわ。彼らが二人に絡む! 怖がるタルト様! オロオロするシトロン様! 気まずい雰囲気! ……完璧よ!」

私は指を鳴らした。

さあ、行け! 劇団「荒くれ者」たちよ!

角を曲がった瞬間。

「おいおい姉ちゃん、いい眼鏡してんじゃねえか~?」

予定通り、柄の悪い男たちがタルト様たちを取り囲んだ。

よし!

これでデートは台無し……

「……ほう」

シトロン様が、眼鏡をクイッと上げた。

「私の連れの眼鏡を褒めるとは。……貴様ら、なかなか見る目があるな」

「あ?」

「このフレームの曲線美が分かるのか? 素材の希少性が理解できるのか?」

シトロン様が、チンピラたちに一歩近づいた。

そのレンズが、ギラリと怪しく光る。

「いいだろう。語り合おうか。……朝までな」

シトロン様はチンピラの一人の肩をガシッと掴んだ。

チンピラが「ひっ」と声を上げる。

王太子の側近を務めるシトロン様は、実は武術の達人でもあり、さらに「眼鏡について語り出すと止まらない」という狂気を秘めている。

「い、いや、俺たちはただ金を……」

「金? そんなものより、この『デッドストック・鼈甲フレーム』の価値について議論しようじゃないか!」

「助けてくれぇぇぇ! 眼鏡オタクが襲ってきたぁぁぁ!」

数分後。

チンピラたちは、シトロン様の長時間の眼鏡講義(説教)に耐えきれず、泣きながら逃走した。

「……すごい」

タルト様が、目をキラキラさせてシトロン様を見上げている。

「素敵ですシトロン様! 暴力を振るわずに、知性と情熱だけで悪漢を撃退するなんて!」

「いや、彼らが逃げた理由は違う気がするが……」

「頼もしいです! 一生ついていきます!」

「……まあ、怪我がなくてよかった」

シトロン様も、タルト様に尊敬の眼差しで見られて、まんざらでもなさそうだ。

二人の距離が、グッと縮まった。

「……失敗したわ」

私は電柱の陰で頭を抱えた。

「なんでよ! なんでチンピラが眼鏡談義で撃退されるのよ!」

「シトロンの眼鏡愛を甘く見たね」

サヴァラン様が笑いを堪えている。

「でも、結果的に彼は『頼れる男』として株を上げた。……君のおかげだね、愛のキューピッドさん」

「うるさい!」

まだだ。

まだ終わらんよ。

次は「博物館」の中だ。

「博物館の中で、私がこっそり『展示品のキャプション(説明文)』を書き換えておいたのよ!」

「地味な嫌がらせだね」

「地味だけど効果的よ! 真面目なシトロン様が、嘘の説明文を読んで恥をかけば、雰囲気は最悪になるはず!」

私たちは博物館に潜入した。

シトロン様たちが、メイン展示の『伝説の勇者の眼鏡』の前で足を止める。

さあ、読め!

私が書き換えた『この眼鏡は、勇者が寝る前に動画を見るために使っていたブルーライトカット眼鏡である』というふざけた説明文を!

「……ふむ」

シトロン様が説明文を読んだ。

「『勇者が動画を見るため』……? なるほど」

「気づくかしら? 怒るかしら?」

「これは……『未来予知の魔導具』のメタファーか!」

「は?」

シトロン様が勝手に解釈を始めた。

「勇者はこの眼鏡を通して、遥か未来の『動画』という概念さえも視認していた……。つまり、時空を超えるレンズ! 素晴らしい! この説明文を書いた学芸員は天才か!」

「ええっ!?」

「なんてロマンがあるんでしょう!」

タルト様も感動して手を組んでいる。

「この眼鏡越しに見る景色は、きっと素晴らしい世界なんですね……!」

「ああ。……だが、私にとっては」

シトロン様が、ふとタルト様の方を向いた。

「どんな伝説の眼鏡よりも、君の瞳に映る私の方が……興味深いな」

「えっ……」

「……いや、なんでもない」

シトロン様が咳払いをして顔を背ける。

タルト様が真っ赤になる。

甘い。

砂糖を吐くほど甘い空気が流れている。

「……」

私はサングラスを外して、地面に叩きつけた。

「やってられないわよぉぉぉ!!」

「落ち着け、農民A」

サヴァラン様が私の口を塞ぎ、物陰に引きずり込んだ。

「静かに。いいシーンじゃないか」

「どこがですか! 全部裏目じゃないですか!」

「君の『妨害』という名のスパイスが、二人の素材の味を引き立てているんだよ」

サヴァラン様は、壁ドン(本日二回目、農民ルックVer.)をして私を見下ろした。

「それに……僕たちも、そろそろ自分たちのデートを楽しんでもいい頃じゃないか?」

「だからデートじゃ……」

「ブリオッシュ」

彼が真剣な声で名前を呼ぶ。

「僕は、君が他人のために必死になっている姿を見るのが好きだ。でも……君が僕の方を見てくれないのは、寂しいな」

ズキン。

胸が痛んだ。

農民の服を着ていても、その瞳の破壊力は変わらない。

「……サヴァラン様」

「この後、二人で抜け出そう。僕が知っている、とっておきの隠れ家カフェに行こう」

「……お菓子、ありますか?」

「もちろん。君が好きなモンブランの新作がある」

「……じゃあ、行きます」

私は負けた。

シトロン様たちの邪魔をするのも諦めた。

だって、あんなに幸せそうなんだもの。

「よし、決まりだ」

サヴァラン様は私の手を取り、裏口へと走り出した。

「お幸せに、シトロン、タルト嬢! ……そして僕たちも、幸せになろう!」

結局。

私の「最低の悪女」計画は、またしても「最高の恋のサポート役」として幕を閉じた。

そして私は、サヴァラン様と二人、農民の格好のまま高級カフェでモンブランを食べさせられ、「なんて斬新なカップルだ」とまたしても称賛されることになったのである。

もう、何が正解なのか分からない。

でも、モンブランは美味しかった。
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