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「なんでよぉぉぉ!!」
公爵邸の私の部屋に、本日三度目の絶叫が響き渡った。
私の手元にあるのは、金箔が押された豪奢な招待状。
そこに書かれた文字が、私の神経を逆撫でする。
『側近シトロン・ノワールと男爵令嬢タルトの婚約発表パーティーのお知らせ』
「早すぎるわよ! 博物館デートからまだ三日よ!?」
私はクッションを壁に投げつけた。
タルト様、やるじゃないの。
あの堅物の眼鏡男子(シトロン様)を、たった一度のデートで陥落させるなんて。
「……おめでとうございます、お嬢様」
クロワッサンが、どこか清々しい顔で拍手をしている。
「これでタルト様は将来の『宰相夫人』の座を約束されました。お嬢様の『デート妨害(という名の援護射撃)』のおかげですね」
「違う! 私は破局させたかったの! 不幸のどん底に突き落としたかったの!」
私は頭を抱えた。
計画は完全に破綻した。
タルト様を「悲劇のヒロイン」にしてサヴァラン様に近づけ、略奪愛を成立させる……そのシナリオは、彼女の強烈な眼鏡フェチによって粉砕された。
結果、私は「他人の恋を成就させた、世話焼きな公爵令嬢」になってしまったのだ。
「……許せない」
私の瞳に、暗い炎が宿る。
「このまま『いい人』で終わってなるものですか。……こうなったら、婚約パーティーで暴れてやるわ!」
「暴れる?」
「ええ! 二人の婚約を『私が無理やり成立させた、政略的な陰謀』だと言い張ってやるのよ!」
私の新しい脳内シナリオはこうだ。
私が壇上に上がり、マイクを奪う。
そして高らかに宣言するのだ。
『この婚約は、私がサヴァラン様の右腕を骨抜きにするために仕組んだ罠よ! タルトという女を使って、優秀な側近を恋愛で腑抜けにさせる作戦だったの! どう、恐ろしいでしょう!』
これなら、私は「部下の人生を弄ぶ冷酷な女」になれる。
サヴァラン様も、大切な側近を罠に嵌めようとした私に激怒するはず!
「完璧よ……! 今度こそ、誰も言い逃れできない『悪』を見せつけてやるわ!」
◇
数日後。王宮の小ホールで開かれた婚約パーティー。
主役のシトロン様とタルト様は、雛壇の上で幸せそうに微笑んでいた。
シトロン様は新しい銀縁眼鏡をかけ(タルト様の見立てらしい)、タルト様はその眼鏡をうっとりと見つめている。
平和だ。
平和すぎて吐き気がする。
さあ、壊してやるわ、この空気を!
私は意を決して、雛壇へと歩み寄った。
「ちょっと待ちなさい!」
私が声を張り上げると、会場が静まり返る。
「ブリオッシュ様……?」
タルト様が驚いた顔をする。
私は彼女の手からマイクをひったくり、悪役スマイル全開で客席を見渡した。
「皆様、騙されてはいけませんわ! この婚約は、決して美談などではありません!」
ざわ……ざわ……。
「すべては、わたくしブリオッシュの描いたシナリオ通りなのです!」
私はシトロン様を指差した。
「シトロン様! あなたはわたくしの策略にハマったのです! わたくしは、サヴァラン様の有能な側近であるあなたの牙を抜くために、タルトという『眼鏡マニアの刺客』を送り込みました!」
言った!
言ってやったわ!
「恋愛にかまけて仕事がおろそかになれば、サヴァラン様の政務は滞る! それこそがわたくしの狙い! この国の中枢を内部から腐らせるための、甘い罠だったのです! アーッハッハッハ!」
どうだ!
これぞ国賊!
国家転覆を企む悪女の自白よ!
会場が凍りつく。
シトロン様が、眼鏡の奥の瞳を細めた。
さあ、怒りなさい!
「貴様、許さんぞ!」と剣を抜きなさい!
しかし。
シトロン様は静かに口を開いた。
「……なるほど。やはりそうでしたか」
「え?」
「私がタルト嬢と出会い、惹かれたのがあまりに自然な流れだったので、運命かと思っていましたが……まさかブリオッシュ様の高度な計算によるマッチングだったとは」
シトロン様は、なぜか感心したように頷いた。
「私の好みのタイプ、生活リズム、そして眼鏡へのこだわり……すべての変数を計算し尽くさなければ、これほど相性の良い相手を見つけることは不可能です」
「は?」
「つまり、あなたは私を罠に嵌めたのではなく……私の潜在的なニーズを分析し、最適なパートナーを斡旋してくださったのですね」
「ち、違います! 腑抜けにするためです!」
「腑抜け? いいえ、逆です」
シトロン様はタルト様の肩を抱き寄せた。
「愛する守るべき存在ができたことで、私の仕事へのモチベーションは従来の3倍に跳ね上がりました。サヴァラン殿下への忠誠心も、より強固なものになりましたよ。……こんな素晴らしい出会いをくれた殿下の婚約者に、一生ついていこうと」
「なんでよぉぉぉ!!」
計算違いだ。
愛の力でパワーアップするタイプだったのか、この男!
「ありがとうございます、ブリオッシュ様!」
タルト様も涙ぐんで私の手を取った。
「私を刺客として送り込んでくださって……感謝してもしきれません! おかげで私は、毎日シトロン様の眼鏡を拭く権利を得ました!」
「いらない権利ね!」
会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「なんて素晴らしい……!」
「部下の幸せまで考える、理想の上司の妻だ!」
「ブリオッシュ様こそ、真のリーダーだ!」
違う。
私は悪女になりたいだけなのに。
「……ふむ」
その時、最前列で腕を組んで見ていたサヴァラン様が、ゆっくりと立ち上がった。
来た。
ラスボスだ。
彼なら、私の真意(悪意)を見抜いてくれるはず……!
「サヴァラン様! 聞いてください! 私はあなたの側近をダメ人間にしようと……」
「ブリオッシュ」
サヴァラン様はマイクを受け取ると、私の肩を抱き、客席に向かって厳かに宣言した。
「彼女の言葉の裏にある、深い『政治的意図』を解説しよう」
「政治的意図!?」
「彼女は、我が国の少子化対策と、晩婚化が進む官僚たちの現状を憂いていたのだ!」
はい?
「激務により結婚の機会を逃す側近たち。それは国家の損失だ。だから彼女は、自ら泥を被って(悪役を演じて)まで、強引に『お見合い』を成立させるシステムを構築しようとしたのだ!」
サヴァラン様の目は本気だ。
「『罠』という言葉は、草食化した現代の若者たちへの、彼女なりの『もっとハングリーに愛を掴み取れ』という強烈なメッセージ! ……なんという先見の明! 彼女こそ、次世代の厚生労働大臣だ!」
「ちっっっがーーーう!!」
私はマイクなしで絶叫した。
「私はただ! 意地悪がしたかっただけなの!」
「照れなくていい。……実は僕も、君のこの政策には賛成だ」
サヴァラン様は私に向き直り、ニヤリと笑った。
「というわけで、この『愛の罠システム』、次は僕たちに適用しようか」
「……は?」
「シトロンだけ先に幸せになるなんて許せないからね。……僕たちも、そろそろ『婚約』から『結婚』へステップアップするべきだと思わないか?」
「思いません! 断じて思いません!」
「またまた」
サヴァラン様は懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ。
そこには、眩いばかりに輝く、巨大なダイヤモンドの指輪が鎮座していた。
「!!」
「タルト嬢たちの婚約パーティーのついでで悪いが……僕からの正式なプロポーズだ。受け取ってくれるね?」
会場が爆発した。
「キャーーーーッ!!」
「公開プロポーズだーーー!!」
「おめでとうございますーーー!!」
退路が断たれた。
シトロン様たちの婚約を破壊しに来たはずが、なぜか自分の結婚への外堀を完全に埋められてしまった。
「さあ、ブリオッシュ。左手を出して」
「いやぁぁぁ! まだ悪役として何も成し遂げてないぃぃぃ!」
私はドレスの裾を翻し、脱兎のごとく会場から逃げ出した。
「あっ、待て!」
「逃げるなブリオッシュ! 指輪のサイズは完璧に合わせてあるんだ!」
背後から天才王子の追いかける足音が聞こえる。
私の「悪役令嬢計画」は、もはや「ツンデレ姫の逃走劇」として国民的エンタメになりつつあった。
第19話の教訓。
『他人の幸せを邪魔しようとすると、その倍の幸せが自分に跳ね返ってくる(呪い)』。
……もう、国内での悪事はすべて善行に変換されてしまう。
残る手段は一つ。
「本当の危機」だ。
本物の悪党、本物の陰謀……それらが現れた時こそ、私の「偽物の悪意」が真価を発揮する……はず!
(走りながら食べたパーティー用のカナッペは、涙の味がした)
公爵邸の私の部屋に、本日三度目の絶叫が響き渡った。
私の手元にあるのは、金箔が押された豪奢な招待状。
そこに書かれた文字が、私の神経を逆撫でする。
『側近シトロン・ノワールと男爵令嬢タルトの婚約発表パーティーのお知らせ』
「早すぎるわよ! 博物館デートからまだ三日よ!?」
私はクッションを壁に投げつけた。
タルト様、やるじゃないの。
あの堅物の眼鏡男子(シトロン様)を、たった一度のデートで陥落させるなんて。
「……おめでとうございます、お嬢様」
クロワッサンが、どこか清々しい顔で拍手をしている。
「これでタルト様は将来の『宰相夫人』の座を約束されました。お嬢様の『デート妨害(という名の援護射撃)』のおかげですね」
「違う! 私は破局させたかったの! 不幸のどん底に突き落としたかったの!」
私は頭を抱えた。
計画は完全に破綻した。
タルト様を「悲劇のヒロイン」にしてサヴァラン様に近づけ、略奪愛を成立させる……そのシナリオは、彼女の強烈な眼鏡フェチによって粉砕された。
結果、私は「他人の恋を成就させた、世話焼きな公爵令嬢」になってしまったのだ。
「……許せない」
私の瞳に、暗い炎が宿る。
「このまま『いい人』で終わってなるものですか。……こうなったら、婚約パーティーで暴れてやるわ!」
「暴れる?」
「ええ! 二人の婚約を『私が無理やり成立させた、政略的な陰謀』だと言い張ってやるのよ!」
私の新しい脳内シナリオはこうだ。
私が壇上に上がり、マイクを奪う。
そして高らかに宣言するのだ。
『この婚約は、私がサヴァラン様の右腕を骨抜きにするために仕組んだ罠よ! タルトという女を使って、優秀な側近を恋愛で腑抜けにさせる作戦だったの! どう、恐ろしいでしょう!』
これなら、私は「部下の人生を弄ぶ冷酷な女」になれる。
サヴァラン様も、大切な側近を罠に嵌めようとした私に激怒するはず!
「完璧よ……! 今度こそ、誰も言い逃れできない『悪』を見せつけてやるわ!」
◇
数日後。王宮の小ホールで開かれた婚約パーティー。
主役のシトロン様とタルト様は、雛壇の上で幸せそうに微笑んでいた。
シトロン様は新しい銀縁眼鏡をかけ(タルト様の見立てらしい)、タルト様はその眼鏡をうっとりと見つめている。
平和だ。
平和すぎて吐き気がする。
さあ、壊してやるわ、この空気を!
私は意を決して、雛壇へと歩み寄った。
「ちょっと待ちなさい!」
私が声を張り上げると、会場が静まり返る。
「ブリオッシュ様……?」
タルト様が驚いた顔をする。
私は彼女の手からマイクをひったくり、悪役スマイル全開で客席を見渡した。
「皆様、騙されてはいけませんわ! この婚約は、決して美談などではありません!」
ざわ……ざわ……。
「すべては、わたくしブリオッシュの描いたシナリオ通りなのです!」
私はシトロン様を指差した。
「シトロン様! あなたはわたくしの策略にハマったのです! わたくしは、サヴァラン様の有能な側近であるあなたの牙を抜くために、タルトという『眼鏡マニアの刺客』を送り込みました!」
言った!
言ってやったわ!
「恋愛にかまけて仕事がおろそかになれば、サヴァラン様の政務は滞る! それこそがわたくしの狙い! この国の中枢を内部から腐らせるための、甘い罠だったのです! アーッハッハッハ!」
どうだ!
これぞ国賊!
国家転覆を企む悪女の自白よ!
会場が凍りつく。
シトロン様が、眼鏡の奥の瞳を細めた。
さあ、怒りなさい!
「貴様、許さんぞ!」と剣を抜きなさい!
しかし。
シトロン様は静かに口を開いた。
「……なるほど。やはりそうでしたか」
「え?」
「私がタルト嬢と出会い、惹かれたのがあまりに自然な流れだったので、運命かと思っていましたが……まさかブリオッシュ様の高度な計算によるマッチングだったとは」
シトロン様は、なぜか感心したように頷いた。
「私の好みのタイプ、生活リズム、そして眼鏡へのこだわり……すべての変数を計算し尽くさなければ、これほど相性の良い相手を見つけることは不可能です」
「は?」
「つまり、あなたは私を罠に嵌めたのではなく……私の潜在的なニーズを分析し、最適なパートナーを斡旋してくださったのですね」
「ち、違います! 腑抜けにするためです!」
「腑抜け? いいえ、逆です」
シトロン様はタルト様の肩を抱き寄せた。
「愛する守るべき存在ができたことで、私の仕事へのモチベーションは従来の3倍に跳ね上がりました。サヴァラン殿下への忠誠心も、より強固なものになりましたよ。……こんな素晴らしい出会いをくれた殿下の婚約者に、一生ついていこうと」
「なんでよぉぉぉ!!」
計算違いだ。
愛の力でパワーアップするタイプだったのか、この男!
「ありがとうございます、ブリオッシュ様!」
タルト様も涙ぐんで私の手を取った。
「私を刺客として送り込んでくださって……感謝してもしきれません! おかげで私は、毎日シトロン様の眼鏡を拭く権利を得ました!」
「いらない権利ね!」
会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「なんて素晴らしい……!」
「部下の幸せまで考える、理想の上司の妻だ!」
「ブリオッシュ様こそ、真のリーダーだ!」
違う。
私は悪女になりたいだけなのに。
「……ふむ」
その時、最前列で腕を組んで見ていたサヴァラン様が、ゆっくりと立ち上がった。
来た。
ラスボスだ。
彼なら、私の真意(悪意)を見抜いてくれるはず……!
「サヴァラン様! 聞いてください! 私はあなたの側近をダメ人間にしようと……」
「ブリオッシュ」
サヴァラン様はマイクを受け取ると、私の肩を抱き、客席に向かって厳かに宣言した。
「彼女の言葉の裏にある、深い『政治的意図』を解説しよう」
「政治的意図!?」
「彼女は、我が国の少子化対策と、晩婚化が進む官僚たちの現状を憂いていたのだ!」
はい?
「激務により結婚の機会を逃す側近たち。それは国家の損失だ。だから彼女は、自ら泥を被って(悪役を演じて)まで、強引に『お見合い』を成立させるシステムを構築しようとしたのだ!」
サヴァラン様の目は本気だ。
「『罠』という言葉は、草食化した現代の若者たちへの、彼女なりの『もっとハングリーに愛を掴み取れ』という強烈なメッセージ! ……なんという先見の明! 彼女こそ、次世代の厚生労働大臣だ!」
「ちっっっがーーーう!!」
私はマイクなしで絶叫した。
「私はただ! 意地悪がしたかっただけなの!」
「照れなくていい。……実は僕も、君のこの政策には賛成だ」
サヴァラン様は私に向き直り、ニヤリと笑った。
「というわけで、この『愛の罠システム』、次は僕たちに適用しようか」
「……は?」
「シトロンだけ先に幸せになるなんて許せないからね。……僕たちも、そろそろ『婚約』から『結婚』へステップアップするべきだと思わないか?」
「思いません! 断じて思いません!」
「またまた」
サヴァラン様は懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ。
そこには、眩いばかりに輝く、巨大なダイヤモンドの指輪が鎮座していた。
「!!」
「タルト嬢たちの婚約パーティーのついでで悪いが……僕からの正式なプロポーズだ。受け取ってくれるね?」
会場が爆発した。
「キャーーーーッ!!」
「公開プロポーズだーーー!!」
「おめでとうございますーーー!!」
退路が断たれた。
シトロン様たちの婚約を破壊しに来たはずが、なぜか自分の結婚への外堀を完全に埋められてしまった。
「さあ、ブリオッシュ。左手を出して」
「いやぁぁぁ! まだ悪役として何も成し遂げてないぃぃぃ!」
私はドレスの裾を翻し、脱兎のごとく会場から逃げ出した。
「あっ、待て!」
「逃げるなブリオッシュ! 指輪のサイズは完璧に合わせてあるんだ!」
背後から天才王子の追いかける足音が聞こえる。
私の「悪役令嬢計画」は、もはや「ツンデレ姫の逃走劇」として国民的エンタメになりつつあった。
第19話の教訓。
『他人の幸せを邪魔しようとすると、その倍の幸せが自分に跳ね返ってくる(呪い)』。
……もう、国内での悪事はすべて善行に変換されてしまう。
残る手段は一つ。
「本当の危機」だ。
本物の悪党、本物の陰謀……それらが現れた時こそ、私の「偽物の悪意」が真価を発揮する……はず!
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