天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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「はあ、はあ……逃げ切ったわ……!」

王都の裏通りにある、薄汚れた路地の陰。

私はドレスの裾をまくり上げ、木箱の裏に隠れて荒い息を吐いていた。

あの後、サヴァラン様の公開プロポーズ(という名の包囲網)から、私は全力疾走で逃げ出したのだ。

ダイヤモンドの輝きが、まだ瞼の裏に焼き付いている。

「危なかった……。あんな巨大なダイヤを受け取ったら、外堀どころか城壁まで埋められてしまうわ!」

私は身震いした。

既成事実を作られたら終わりだ。

私は「愛され王妃」として、一生サヴァラン様の「観察対象」として飼い殺される運命になってしまう。

「……お嬢様。ここは治安が悪いですから、あまり大声を出さないでください」

いつの間にか隣にしゃがんでいるクロワッサンが、冷静に忠告してくる。

「ついてこないでよ! 私は今、家出少女なんだから!」

「お嬢様の家出は『お散歩』と同義語ですが。……それで、これからどうするおつもりで?」

私はニヤリと笑った。

逃げながら、素晴らしいアイデアを思いついたのだ。

私の悪事がことごとく善行になってしまうのはなぜか?

それは、私が「一人」でやっているからだ。

素人の私が考える浅知恵だから、天才サヴァラン様に良いように解釈されてしまう。

「ならば……『プロ』の手を借りるしかないわ!」

「プロ?」

「そうよ。この世には、お金で動く『闇の住人』たちがいると聞くわ。彼らと手を組み、組織的な犯罪に手を染めるのよ!」

これぞ最終手段。

反社会勢力との黒い交際。

これがバレれば、さすがに王室も私を庇いきれないはず。

「というわけで、この辺りにありそうな『悪の巣窟』を探すわよ!」

「……やれやれ」

   ◇

一時間後。

私たちは、路地裏の奥深くにある、看板のない怪しげな酒場に潜入していた。

タバコの煙が充満し、目つきの悪い男たちが低い声で密談を交わしている。

完璧なロケーションだ。

私はサングラスをかけ、フードを目深に被り、カウンター席に座った。

「マスター。……ミルクを」

「……あ?」

「ホットミルクよ! 砂糖多めで!」

マスターは舌打ちしながら、湯気の立つマグカップをドンと置いた。

私はそれを啜りながら、隣の席に座っている男に声をかけた。

全身黒ずくめで、いかにも「ヤバい仕事」をしていそうな男だ。

「……ねえ、そこのお兄さん」

男がギロリと私を見た。

「なんだ、嬢ちゃん。迷子か?」

「失敬な。……わたくしは、ある『計画』のために協力者を探しているの」

私は懐から、金貨が詰まった袋を少しだけ見せた。

男の目の色が変わる。

「……ほう。金払いは良さそうだな。で、何をしてほしいんだ?」

私は声を潜め、邪悪な笑みを浮かべて囁いた。

「ターゲットは……王太子サヴァランよ」

「!?」

男が息を呑んだ。

店内の空気がピリつく。

よし、掴みはオッケーだわ。

「あいつの……人生を終わらせてやりたいの」

私のセリフに、男は震える声で返した。

「……マジか。嬢ちゃん、王太子のタマを取ろうってのか?」

「ええ、もちろんよ。あんな完璧超人、一度徹底的に痛い目を見ればいいのよ! グチャグチャにして、二度と立ち上がれないようにしてやるわ!」

(意訳:婚約破棄させて、プライドをへし折って、失恋のショックを与えてやるわ!)

男はゴクリと唾を飲み込んだ。

そして、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

「……気に入った。俺たちも、今の王政には不満があってな。いつかデカいことをやってやろうと思ってたんだ」

「あら、奇遇ね! 利害が一致したわ!」

私は嬉しくなって身を乗り出した。

「じゃあ、手を貸してくれる?」

「ああ。俺たちの組織『黒い牙』が総力を挙げて協力しよう。……で、具体的な作戦は?」

「ふふふ、聞いて驚かないでね」

私は自信満々に計画を発表した。

「来週のパレード。そこが決行日よ」

「なるほど、警備が手薄になる一瞬を狙うのか」

「サヴァラン様が馬車から手を振ったその瞬間……! 上空から大量の『タライ』を落とすのよ!」

「……は?」

男が固まった。

「タ・ラ・イ! 金属製の金ダライよ! それが頭に直撃すれば、あの天才的な脳みそも『キーン!』となって、あまりの恥ずかしさと痛みでパレードは中止! 王太子の威厳は丸つぶれよ!」

「……」

男はポカンと口を開けている。

あまりの恐ろしい計画に、言葉を失ったのね!

「さらに! 道にはバナナの皮を敷き詰めておくわ! 転んだところに、パイを投げつける! どう!? これぞ『王太子尊厳破壊計画』よ!」

沈黙。

長い沈黙の後、男は低い声で呻いた。

「……なるほど。暗号か」

「え?」

「『タライ』とは、頭上からの奇襲攻撃。『バナナの皮』は退路の遮断。『パイ』は火薬の隠語だな?」

「へ?」

「つまり、パレード中に爆破テロを起こし、混乱に乗じて王太子を暗殺する……そういうことだな?」

男は勝手に納得し、私の手をガシッと握った。

「恐ろしい女だ……。子供のような無邪気な言葉で、国家転覆レベルの作戦を指示するとは……。あんた、只者じゃねえな」

「え、いや、あの、本当にタライで……」

「分かった。報酬はいらねえ。その度胸に惚れた。俺たちが手足となって動いてやる」

男は立ち上がり、店の奥にいる仲間たちに合図を送った。

「野郎ども! スポンサーがついたぞ! 『タライ(鉄槌)』作戦の準備だ!」

「「「オオーッ!!」」」

店中の強面たちが立ち上がり、武器(に見えるもの)を掲げた。

「えっ、ちょ、ちょっと!?」

盛り上がりすぎじゃない?

タライ落とすだけで、なんでそんなに殺気立ってるの?

「お嬢様」

クロワッサンが耳元で囁く。

「……どうやら、とんでもない誤解を生んだまま、ガチの反乱分子と契約を結んでしまったようですが」

「う、嘘でしょう? 彼ら、劇団員とかじゃないの?」

「目が完全に『革命家』の目です」

やばい。

これはやばい。

いたずらレベルの話が、テロ計画になっている。

「あ、あの! キャンセルで! やっぱりキャンセルで!」

私が叫ぼうとしたその時。

バーン!!

店のドアが蹴破られた。

「そこまでだ、悪党ども!」

光り輝く剣を掲げ、騎士団が雪崩れ込んできた。

そして、その中心にいるのは――。

「……やあ、ブリオッシュ。こんなところで『お散歩』かい?」

サヴァラン様だ。

キラキラのエフェクトを背負って、汚い酒場に降臨した。

「サ、サヴァラン様!?」

「殿下!? チッ、嗅ぎつけられたか!」

黒ずくめの男がナイフを抜く。

「お逃げください、ボス! ここは俺たちが食い止める!」

「ボスって誰のこと!?」

男は私を庇うように前に立った。

「この嬢ちゃんの『タライ計画』は、必ず俺たちが実行する! 王政の崩壊は近いぞ!」

「だからタライで崩壊しないでしょ!?」

「……ほう」

サヴァラン様が、冷徹な目で私と男を見比べた。

そして、ゆっくりと口角を上げた。

「なるほど。ブリオッシュ、君は……」

怒られる。

今度こそ怒られる。

反乱分子のボス(誤解)として、処刑台送りだわ!

私はギュッと目を閉じた。

「君は、この危険な組織を『一網打尽』にするために、単身でおとり捜査をしていたんだね?」

「……はい?」

サヴァラン様が剣を一閃させた。

男のナイフが弾き飛ばされる。

「彼らの懐に入り込み、信頼を得たフリをして、アジトの場所を僕に知らせるために……わざと目立つように逃げ回っていたのか。……なんという勇気!」

「ええええ!?」

「しかも『タライ』や『バナナ』というふざけた隠語を使うことで、『彼らの計画がいかに滑稽で無謀か』を僕に伝えてくれた。……君のメッセージ、確かに受け取ったよ」

サヴァラン様は私を引き寄せ、男たちに向かって言い放った。

「残念だったな。彼女は僕の最強のパートナーだ。君たちの薄っぺらい革命ごときに加担するはずがないだろう」

「な、なんだと……!? 騙したのか、女狐ェッ!」

男たちが激昂する。

違うの!

騙してないの!

私は本気でタライを落としたかっただけなの!

「連れて行け!」

サヴァラン様の号令で、騎士たちが男たちを制圧していく。

あっという間に、組織「黒い牙」は壊滅した。

「……終わった」

私は放心状態で呟いた。

「怪我はないかい? 勇敢な僕の婚約者」

サヴァラン様が、優しく私の頬を撫でる。

「君のおかげで、長年マークしていた過激派組織を一掃できた。また一つ、国が平和になったよ」

「……」

「でも、無茶はいけないな。もし君に何かあったら、僕は世界を消してしまうところだった」

彼は私の額にキスをした。

甘い。

状況は苦いのに、彼の愛だけが甘い。

私はクロワッサンを見た。

彼は「ドンマイ」という顔で親指を立てていた。

第20話の教訓。

『悪の組織に入ろうとしても、なぜか一日署長のような活躍をして組織を壊滅させてしまう』。

私はもう、悪役になれない運命なのかもしれない。

……いや、待って。

連行される男が、最後に私に向かって叫んだ言葉。

「覚えてろよ! 俺たちの『真のスポンサー』は、こんなもんじゃねえぞ! もっと巨大な闇が、この国を狙ってるんだ……!」

巨大な闇?

私のいたずら計画じゃなくて、本当の陰謀?

その時、私は背筋に冷たいものを感じた。

もしかして、私がふざけている裏で、本当にヤバいことが進行しているの……?
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