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「……はぁ、はぁ……レーン、待ってくれ! 足が、足が悲鳴を上げている!」
森の急斜面を、アリスティードが必死の形相で駆け上がっていた。
「殿下、無駄な呼吸です。
肺活量を一定に保ち、地面の傾斜に対して足首を十五度固定しなさい。
そうすれば、疲労は今の三割減になるわ」
レーンは一切息を切らすことなく、まるで平地を歩くような軽やかさで岩場を登っていく。
「レーン様ぁ! お待ちになって!
この傾斜、私のふくらはぎの筋肉が、かつてない効率で破壊されていますわ!」
後ろではシャロンが、四つん這いに近い姿勢で這い上がってきている。
「シャロン、それは『成長』という名の投資よ。
筋肉の超回復を利用すれば、明日のあなたの移動速度は〇・二キロ向上するわ」
「……お嬢様、さすがに皆さんの限界です。
一旦、休憩のログ(記録)を取りませんか?」
アンが荷物を背負いながら提案するが、レーンは止まらない。
「ダメよ。あと三分で頂上に着くわ。
そこから周囲の地形を観測し、最短ルートで『第二拠点』の候補地を特定しなければ、
冬に向けた資源採取スケジュールが〇・五日分遅延する。
私の辞書に『遅延』という言葉は存在しないわ」
その頃。
彼らが去ったばかりの「第一拠点」のログハウスに、別の集団が到着していた。
「……ここか。王太子殿下がレーン嬢を発見したという場所は」
現れたのは、国王直属の特使、ギルバート伯爵。
そして彼が率いる、王宮きっての精鋭追跡部隊である。
「報告します! 暖炉にはまだ熱が残っています。
立ち去ってから、おそらく十五分以内かと!」
「何だと? 我々は馬を飛ばしてきたのだぞ。
令嬢の足で、そんなに早く移動できるはずがない」
ギルバートは周囲を見渡し、目を見開いた。
「……なんだ、この道は。
森の中だというのに、下草が完璧に刈り取られ、歩きやすいように石が敷き詰められている」
「これを見てください、閣下!
要所に『最短ルートはこちら。時速四キロ維持推奨』という看板が立っています!」
部下の一人が指差した看板には、レーンの美しい筆跡で緻密な地図が描かれていた。
「追いかけるぞ!
これほど整えられた道なら、すぐに追いつけるはずだ!」
特使たちは自信満々でレーンの残した「最適化ロード」を駆け出した。
……三十分後。
「はぁ、はぁ……。な、なぜだ……。
道は完璧なのに……一向に、距離が縮まらない……!」
ギルバートは膝をつき、肩で息をした。
「報告……! レーン嬢の移動速度、計算上……時速六キロを超えています!
しかも、我々が看板の地図を確認している間に、彼女たちはさらに効率的なショートカットを使っている形跡が……!」
「令嬢だろう!? ドレスを着た、か弱き令嬢のはずだろう!?」
「いえ、現場の足跡を見る限り……彼女は一歩の無駄もなく、
重力と遠心力を利用して、加速しながら登っています!
人間業ではありません!」
ギルバートは、看板に書かれた追伸を見つけた。
『追跡者の方へ。
私の後を追うのは自由ですが、現在のあなたの心拍数では、あと十分以内に酸欠で意識を失います。
そこに置いてある「高濃度酸素発生ハーブ」を三グラム摂取し、十五分間待機しなさい。
それが、あなたの生存と私の静寂を守るための、最も合理的な選択よ』
「……バカに、されているのか?
それとも、慈悲をかけられているのか……?」
ギルバートは、足元に丁寧に置かれたハーブの小袋を見つめた。
一方、山頂。
「……よし。観測完了。
ギルバート伯爵の一行、あそこで十五分の停滞(ロスタイム)が発生したわね」
レーンは遠眼鏡を下ろし、満足げに頷いた。
「レーン、お前、追っ手の体力まで計算して看板を立てたのか?」
アリスティードが岩場で死にかけながら尋ねる。
「当然よ。
彼らにここで倒れられたら、救護のために私の作業時間が奪われるもの。
ハーブを飲ませてその場に釘付けにするのが、一番コストがかからないわ」
「……お嬢様。そのうち、追っ手たちが感化されて、
あのお茶を飲んで『賢者様の仰る通りだ!』って、お嬢様を崇拝し始めますよ」
アンの予言は、あながち間違いではなかった。
麓では、ハーブを飲んで劇的に体力が回復したギルバートが、
「……素晴らしい。この効率的な配合、やはり彼女は国宝だ……!」
と、目を輝かせながら看板に向かって拝んでいたのである。
「さあ、次へ行くわよ。
追いつかれるまで、あと三十分。
その間に、私はこの山の生態系を三パーセント改善させるわ!」
「まだやるのかぁぁぁ!」
王子の悲鳴がこだまする中、レーンの爆速逃亡劇はさらに加速していくのだった。
森の急斜面を、アリスティードが必死の形相で駆け上がっていた。
「殿下、無駄な呼吸です。
肺活量を一定に保ち、地面の傾斜に対して足首を十五度固定しなさい。
そうすれば、疲労は今の三割減になるわ」
レーンは一切息を切らすことなく、まるで平地を歩くような軽やかさで岩場を登っていく。
「レーン様ぁ! お待ちになって!
この傾斜、私のふくらはぎの筋肉が、かつてない効率で破壊されていますわ!」
後ろではシャロンが、四つん這いに近い姿勢で這い上がってきている。
「シャロン、それは『成長』という名の投資よ。
筋肉の超回復を利用すれば、明日のあなたの移動速度は〇・二キロ向上するわ」
「……お嬢様、さすがに皆さんの限界です。
一旦、休憩のログ(記録)を取りませんか?」
アンが荷物を背負いながら提案するが、レーンは止まらない。
「ダメよ。あと三分で頂上に着くわ。
そこから周囲の地形を観測し、最短ルートで『第二拠点』の候補地を特定しなければ、
冬に向けた資源採取スケジュールが〇・五日分遅延する。
私の辞書に『遅延』という言葉は存在しないわ」
その頃。
彼らが去ったばかりの「第一拠点」のログハウスに、別の集団が到着していた。
「……ここか。王太子殿下がレーン嬢を発見したという場所は」
現れたのは、国王直属の特使、ギルバート伯爵。
そして彼が率いる、王宮きっての精鋭追跡部隊である。
「報告します! 暖炉にはまだ熱が残っています。
立ち去ってから、おそらく十五分以内かと!」
「何だと? 我々は馬を飛ばしてきたのだぞ。
令嬢の足で、そんなに早く移動できるはずがない」
ギルバートは周囲を見渡し、目を見開いた。
「……なんだ、この道は。
森の中だというのに、下草が完璧に刈り取られ、歩きやすいように石が敷き詰められている」
「これを見てください、閣下!
要所に『最短ルートはこちら。時速四キロ維持推奨』という看板が立っています!」
部下の一人が指差した看板には、レーンの美しい筆跡で緻密な地図が描かれていた。
「追いかけるぞ!
これほど整えられた道なら、すぐに追いつけるはずだ!」
特使たちは自信満々でレーンの残した「最適化ロード」を駆け出した。
……三十分後。
「はぁ、はぁ……。な、なぜだ……。
道は完璧なのに……一向に、距離が縮まらない……!」
ギルバートは膝をつき、肩で息をした。
「報告……! レーン嬢の移動速度、計算上……時速六キロを超えています!
しかも、我々が看板の地図を確認している間に、彼女たちはさらに効率的なショートカットを使っている形跡が……!」
「令嬢だろう!? ドレスを着た、か弱き令嬢のはずだろう!?」
「いえ、現場の足跡を見る限り……彼女は一歩の無駄もなく、
重力と遠心力を利用して、加速しながら登っています!
人間業ではありません!」
ギルバートは、看板に書かれた追伸を見つけた。
『追跡者の方へ。
私の後を追うのは自由ですが、現在のあなたの心拍数では、あと十分以内に酸欠で意識を失います。
そこに置いてある「高濃度酸素発生ハーブ」を三グラム摂取し、十五分間待機しなさい。
それが、あなたの生存と私の静寂を守るための、最も合理的な選択よ』
「……バカに、されているのか?
それとも、慈悲をかけられているのか……?」
ギルバートは、足元に丁寧に置かれたハーブの小袋を見つめた。
一方、山頂。
「……よし。観測完了。
ギルバート伯爵の一行、あそこで十五分の停滞(ロスタイム)が発生したわね」
レーンは遠眼鏡を下ろし、満足げに頷いた。
「レーン、お前、追っ手の体力まで計算して看板を立てたのか?」
アリスティードが岩場で死にかけながら尋ねる。
「当然よ。
彼らにここで倒れられたら、救護のために私の作業時間が奪われるもの。
ハーブを飲ませてその場に釘付けにするのが、一番コストがかからないわ」
「……お嬢様。そのうち、追っ手たちが感化されて、
あのお茶を飲んで『賢者様の仰る通りだ!』って、お嬢様を崇拝し始めますよ」
アンの予言は、あながち間違いではなかった。
麓では、ハーブを飲んで劇的に体力が回復したギルバートが、
「……素晴らしい。この効率的な配合、やはり彼女は国宝だ……!」
と、目を輝かせながら看板に向かって拝んでいたのである。
「さあ、次へ行くわよ。
追いつかれるまで、あと三十分。
その間に、私はこの山の生態系を三パーセント改善させるわ!」
「まだやるのかぁぁぁ!」
王子の悲鳴がこだまする中、レーンの爆速逃亡劇はさらに加速していくのだった。
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