婚約破棄された悪役令嬢、沈黙を破って絶叫する。

夏乃みのり

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月日は流れ、数年後。

ナイトメア・パレス改め、『ノイズ・パレス(騒音城)』と呼ばれるようになった我が家には、今日も元気な、いや、元気すぎる産声が響き渡っていた。

「オギャァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」

パリーン! パリーン!

子供部屋の窓ガラス(強化魔法ガラス・五重構造)が、粉々に砕け散る。

「……すごいわね。生後半年でこの声量?」

私は揺り籠を覗き込みながら、呆れつつも感心していた。

そこにいるのは、私とクラウスの愛息子、レオンだ。

天使のような愛らしい顔立ちをしているが、その喉には間違いなく私のDNA――『破壊的音響遺伝子』が組み込まれている。

「オギャァァァ! ミルクゥゥゥゥ! 今すぐよこせェェェェッ!!」

赤ちゃんなのに、なぜか叫び声に具体的な要求が込められている気がする。

「よしよし、レオン。腹が減ったか。いい声だ」

クラウスがニヤニヤしながら近づいてきた。

彼はすっかり『親バカ魔王』になっていた。

「聞けよローレライ。この高音の伸び。将来はオペラ歌手か、あるいは大陸を揺るがす革命家か……」

「ただの夜泣きよ。……ほら、ミルク」

私が哺乳瓶を口に突っ込むと、レオンは「チュパァァァァッ!!」とダイソン並みの吸引力で飲み始めた。

「たくましいわねぇ……。誰に似たんだか」

「君だ」

「あんたよ」

私たちは顔を見合わせて笑った。

この数年、本当に色々なことがあった。

私の実家であるアイゼンベルク公爵家は、ギルバート殿下の国の衰退と共に没落し、両親は田舎へ隠居したらしい。

一方、ギルバート殿下は『静寂の王』として君臨し続けていたが、国民の不満が爆発し、革命(その名も『大声大会』)が起きて王位を追われたとか。

今はどこかの修道院で、筆談のみの生活を送っているという噂だ。

それに比べて、私たちはどうだ。

「姉御ー! おむつ替えの予備、持ってきやしたぜー!」

ドスドスと足音を立てて、ミナが入ってきた。

彼女は今や、レオンの専属ナニー(乳母)だ。

「おう、サンキュ。……ミナ、あんたまた髪型リーゼントになってない?」

「へへっ、レオン坊っちゃんに舐められねぇように気合入れてるんすよ」

ミナは慣れた手つきでおむつを替えながら、あやし始めた。

「ほら~、坊っちゃ~ん。いい子だね~。泣くと埋めるぞ~♡」

「教育に悪いからやめなさい」

「あ、すいません。ついスラムの癖が」

こんな感じで、毎日が騒がしく、慌ただしく過ぎていく。

ミルクを飲み終えたレオンが、再びぐずり始めた。

「ウゥ……アァ……ギャァァァァァァッ!!」

今度は眠いらしい。

「よし、パパが寝かしつけてやろう」

クラウスが抱き上げようとするが、レオンは「お前じゃねぇぇぇ!」と言わんばかりに、小手先から衝撃波を出して拒否した。

「ぐはっ!? ……魔力弾か。成長が早いな」

「はいはい、ママがいいのよねー」

私はレオンを受け取った。

ずしりと重い。

命の重さだ。

「さあ、寝なさい。……寝ないと、耳元で叫ぶわよ?」

私が脅すと、レオンはキャッキャと喜んだ。

どうやらこの子も、父親譲りの『騒音好き』らしい。

「仕方ないわね。……とっておきの子守唄、歌ってあげる」

私は深呼吸をした。

普通の子守唄なんて歌わない。

『ゆりかごの歌』? 『シューベルト』?

そんな生ぬるいもので、この最強の遺伝子を持つ子が寝るわけがない。

私は、腹の底から声を絞り出した。

「ねんねん~♪ ころりよ~♪ おころりよォォォォォォォッ!!!!!」

ドゴォォォォォォン!!

部屋が揺れる。

「ボウヤはァァァァ! いい子だァァァァ! 寝ねぇとオバケが出るぞオラァァァァァッ!!!」

激しいビブラート。

鼓膜を揺さぶるデスボイス。

ミナが「ヒィッ!」と耳を塞ぐ中、レオンは……。

「キャハハハハ!」

一瞬笑い、そして満足そうに目を細め、スヤァ……と深い眠りに落ちた。

「……寝た」

私は額の汗を拭った。

「やはり君の歌は最強だ」

クラウスが愛おしそうに、私とレオンを抱きしめた。

「世界一うるさくて、世界一優しい子守唄だ」

「……うるさいは余計よ」

私は小声で(といっても普通の人の怒鳴り声レベルだが)返した。

窓の外を見る。

夕日が、領地を黄金色に染めている。

街からは、人々の笑い声、商人の売り声、鍛冶屋の槌音が聞こえてくる。

かつて、私は自分の声を呪っていた。

黙っていれば愛される。

静かにしていれば認められる。

そう信じて、心を殺していた。

でも、今は違う。

「……ねえ、クラウス」

「ん?」

「私、幸せよ」

私はレオンの寝顔を見つめながら言った。

「こんなに騒がしくて、毎日何かが壊れて、喉が枯れるまで叫んで。……こんな生活が、私の幸せだったなんてね」

「奇遇だな。俺もだ」

クラウスは私の肩に頭を乗せた。

「静寂が救いだと思っていた俺が、今は君の声がないと落ち着かない。……人間、変われば変わるものだ」

「ふふ、そうね」

私たちは静かに(当社比)笑い合った。

この先も、きっと問題は山積みだ。

レオンが成長すれば、反抗期には国の一つや二つ吹き飛ばす親子喧嘩をするだろう。

城の修理費は天文学的な数字になるだろうし、ご近所トラブルも絶えないだろう。

でも、構わない。

私たちには『声』がある。

伝えたい想いを、遠慮なく、全力で叫び合える相手がいる。

それさえあれば、どんな困難もデスメタルで吹き飛ばせるはずだ。

「……愛してるわ、クラウス。レオン」

「愛してるぞ、ローレライ」

私は窓を開け放った。

そして、沈みゆく太陽に向かって、今日一番の大声で叫んだ。

これは、私からの世界への感謝のシャウトだ。

「ありがとうォォォォォォォッ!!! 騒がしくて、愛しい私の世界ィィィィィィィッ!!!!!」

ヴォォォォォォォォン!!!!!

私の声が風に乗り、空へ、大地へ、そして未来へと響き渡っていく。

世界一うるさい悪役令嬢の物語は、これにて完結。

でも、私たちの『騒音』は、これからもずっと、幸せな音色として響き続けるのだ。
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