婚約破棄前におバカな王子たちを根性叩き直しコースに強制入会

夏乃みのり

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「……リコ、一体どこへ連れて行くつもりだ。ダンス特訓の筋肉痛で、足が生まれたての小鹿のようになっているというのに」

レオン王子が、ガクガクと膝を震わせながら、下町の入り口で立ち止まった。

その隣では、マリエッタがさらにボロボロの麻袋……もとい「修行服」を纏い、力なく王子の袖を掴んでいる。

「あら、小鹿だなんて可愛らしい。今のあなたは、泥にまみれたジャガイモにしか見えませんわよ?」

リコは、目立たない灰色のローブを羽織りながらも、その圧倒的なオーラを隠しきれずに歩みを進めた。

「今日はダンスの代わりに、フィールドワーク……つまり『市場調査』ですわ。セバス、例の場所へ」

「かしこまりました。こちらでございます」

案内されたのは、下町の労働者たちが集まる安酒場の裏手だった。

「リコ様……こんな、お酒と汗の臭いがする場所、マリエッタには刺激が強すぎますわ……!」

「黙って耳を澄ませなさいな。あそこの窓から、中の会話がよく聞こえますわよ。……さあ、国民の本音という名の、極上の音楽を楽しみましょうか」

リコに促され、レオンとマリエッタは恐る恐る酒場の裏窓に張り付いた。

中からは、荒くれ者たちの笑い声と、ジョッキがぶつかる音が聞こえてくる。

「……おい、聞いたか? あの『おバカ王子』、また新しい女を城に連れ込んだらしいぜ」

酒の入った男の声が、窓から漏れてきた。レオンの肩がピクリと跳ねる。

「あぁ、あのマリエッタとかいう男爵令嬢だろ? ったく、俺たちが必死に働いて納めた税金で、今日もいい服着て美味いもん食ってんだろうな。いい身分だぜ」

「全くだ。あいつ、先代の国王様とは大違いだ。顔だけはいいが、中身は空っぽ。有能なリコ嬢様がいなきゃ、この国はとっくに隣国に食われてるって話だぜ」

レオン王子の顔が、一瞬にして土色に変わった。

「な……有能なリコ……? 私が、中身が空っぽ……?」

「それだけじゃねぇぞ。こないだ、市場にあの王子が現れたらしいが、パンの買い方も知らねぇで店主に追い返されたんだと。笑えるよな、自分の国の通貨の価値もわからねぇ男が、将来の王様だなんてよ」

「ははは! いっそ、あのお花畑王子はどこかへ島流しにして、リコ様を女王に立てた方が、俺たちの暮らしも楽になるんじゃねぇか?」

酒場が爆笑に包まれる。

その爆笑は、レオン王子の心に、どんな剣よりも深く、鋭く突き刺さった。

「……みんな、あんなに……あんなに私のことを笑っていたのか……?」

「レオン様……しっかりしてくださいまし! あれは、お酒を飲んで理性を失った人たちの、ただのデタラメですわ!」

マリエッタが必死に励ますが、次の瞬間、別の男の声が追い打ちをかけた。

「あのマリエッタって女も、頭の中は綿飴で詰まってるんだろうぜ。王子をたぶらかして、自分だけお姫様ごっこかよ。……反吐が出るぜ」

「ひっ……!」

マリエッタも、言葉を失って凍りついた。

「さあ、満足しましたかしら? お二人さん」

リコが、冷徹なまでの静寂を纏って二人の前に立った。

「今の彼らの言葉、それが『愛』で盲目になっていたあなたたちに突きつけられた、この国の現実ですわ」

「……リコ。私は、愛されていると思っていた。民のために良き王になれば、みんなが祝福してくれると……」

レオン王子の瞳から、光が消えていく。

「愛されるには、それ相応の『対価』が必要ですの。今のあなたには、彼らに与えるべき知恵も、富も、安心も、何一つありません。ただ税金を浪費するだけの『飾り物』……それが、彼らの正直な評価です」

リコの言葉が終わるか終わらないかのうちに、レオン王子はその場に崩れ落ちた。

「……もう、ダメだ。私は……私は、紙屑以下だ……」

「レオン様!? レオン様ー!」

マリエッタの叫びも虚しく、レオン王子は白目を剥いて意識を失った。

数時間後、王宮の寝室。

「……レオン様は?」

「はっ。ショックのあまり、高熱を出して寝込んでおられます。……『私は空っぽだ』と、うなされながら」

セバスの報告に、リコは窓際でティーカップを揺らした。

「意外と繊細なんですのね。まあ、自分の無能さを自覚するのは、成長への第一歩ですわ。……マリエッタさんは?」

「彼女もまた、自室の隅で『私は綿飴じゃない……私は人間ですわ……』と呟きながら、雑巾を縫い続けております」

リコはふふっと、氷のような微笑を浮かべた。

「いい傾向ですわ。絶望の底まで沈んで初めて、自分の足で這い上がる準備ができるというものです。……セバス、明日からは『教育』の内容を一段階、引き上げますわよ」

「一段階、でございますか?」

「ええ。次は『寝ている暇もないほどの実務』です。彼らが自分の価値を証明したくなるまで、徹底的に叩き込みますわ」

リコの瞳には、微塵の容赦もなかった。

だが、彼女の机の上には、レオン王子のために特注で作らせた「一番飲みやすい薬」が、そっと置かれていた。
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