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「……レオン様、いつまでそのように、繭にこもった芋虫のような真似をしていらっしゃるのかしら」
重厚なカーテンが閉め切られ、どんよりとした空気が漂うレオン王子の寝室。
リコは容赦なく扉を蹴り開け、銀のバケツを手にベッドへと歩み寄った。
「……放っておいてくれ、リコ。私は、空っぽなんだ。民に笑われ、石を投げられる……そんな男に、王冠を戴く資格はない」
ベッドの中から、カサカサに乾いたレオンの声が響く。
「そうですわ、リコ様! レオン様は今、心のお怪我をなさっているんです! そんなに冷たくしないでくださいまし!」
傍らで看病していたマリエッタが、涙目でリコを遮ろうとする。
「あら、マリエッタさん。あなた、昨日『自分は綿飴じゃない』と仰っていませんでした? ただ隣でオロオロしているだけなら、やはり砂糖菓子と変わりませんわよ」
「うっ……それは……」
リコはフンと鼻を鳴らすと、ベッドの端に足をかけた。
「レオン様。三秒数えますわ。一、二……」
「……三日でも三カ月でも数えるがいい。私はもう、二度と太陽の下へは――」
「三。……そりゃっ!」
バシャァァァァン!!
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!?」
冷徹な水飛沫が、王子の顔面を、そして高級な羽毛布団を完璧に捉えた。
「冷たっ! 死ぬ! 心臓が止まる! リコ、貴様、正気か!?」
「ようやく目が覚めたようですわね、おバカさん」
リコは空になったバケツをセバスに放り投げ、濡れ鼠になったレオンを見下ろした。
「な、なんてことを……! レオン様が、レオン様が水浸しですわ!」
「うるさいわね。マリエッタさん、濡れた布団を乾かす魔法でも使えないなら、黙って雑巾を持ってきなさいな」
リコはベッドに乗り出し、レオンの胸ぐらを掴んで自分の方へ引き寄せた。
「いいですか、レオン様。あなたがこうしてシーツの中で自分に酔っている間も、国は一刻一刻と動いているんですの。……いえ、『腐っている』と言った方が正しいかしら」
「腐っている……?」
「北部の飢饉、東部の関税トラブル、そして隣国の軍事演習。あなたが『自分は空っぽだ』と嘆いている間に、誰がその決裁を代行していると思っていらして?」
レオンは呆然とリコを見つめる。
「……私の父、モンフォール公爵と、過労で目の下に隈を作っている官僚たちですわ。あなたが逃げれば逃げるほど、彼らの寿命が削られていく。……これでも、まだ寝ていたいとおっしゃる?」
「それは……だが、私が行ったところで、また笑われるだけだ。実力もない私に、何ができる!」
「実力がないなら、今から付ければいいでしょうが!」
リコの怒声が部屋に響き渡った。レオンも、マリエッタも、一瞬呼吸を忘れたように固まる。
「笑われた? 結構じゃない。今のあなたは、笑われる価値すらなかった昨日までのあなたより、ずっとマシですわ。自分の無能を認められない無能こそが、この世で最も救いようのない『ゴミ』なんですのよ」
リコはレオンの胸ぐらを離し、乱れた髪を乱暴にかき上げた。
「立て。立って、ペンを持ちなさい。計算を間違えたらまた冷水をかけます。書類を汚したら、マリエッタさんにそれを舐めて綺麗にさせますわ」
「なっ!? マリエッタにそんな汚い真似はさせられない!」
「だったら完璧にこなしなさいな。……愛する女を汚したくないのなら、あなたが『有能』になる以外に道はありませんわよ?」
レオンは、濡れた前髪を握りしめ、低く唸った。
「……わかった。わかったよ、リコ。私は……私は、もう逃げない。この麻袋のような屈辱を、いつか王者のマントに変えてみせる!」
「いい意気込みですわ。……マリエッタ、あなたもよ。王子の隣に立つのが『綿飴』ではないと証明したいなら、今日から私の五倍速で働きなさい」
「……はいっ! マリエッタ、やりますわ! レオン様のためなら、インクだって舐めてみせます!」
「それは不衛生だからやめなさい。……セバス、次の教材を持ってきて」
リコは窓のカーテンを力一杯開け放った。
差し込んだ強烈な朝日が、水浸しの部屋と、ようやく立ち上がった二人の背中を照らし出す。
「さあ、おバカさんたちの第二章の始まりですわ。……せいぜい私に捨てられないよう、必死に食らいついてきなさいな」
リコの瞳は、朝日よりも鋭く、そして熱く燃えていた。
重厚なカーテンが閉め切られ、どんよりとした空気が漂うレオン王子の寝室。
リコは容赦なく扉を蹴り開け、銀のバケツを手にベッドへと歩み寄った。
「……放っておいてくれ、リコ。私は、空っぽなんだ。民に笑われ、石を投げられる……そんな男に、王冠を戴く資格はない」
ベッドの中から、カサカサに乾いたレオンの声が響く。
「そうですわ、リコ様! レオン様は今、心のお怪我をなさっているんです! そんなに冷たくしないでくださいまし!」
傍らで看病していたマリエッタが、涙目でリコを遮ろうとする。
「あら、マリエッタさん。あなた、昨日『自分は綿飴じゃない』と仰っていませんでした? ただ隣でオロオロしているだけなら、やはり砂糖菓子と変わりませんわよ」
「うっ……それは……」
リコはフンと鼻を鳴らすと、ベッドの端に足をかけた。
「レオン様。三秒数えますわ。一、二……」
「……三日でも三カ月でも数えるがいい。私はもう、二度と太陽の下へは――」
「三。……そりゃっ!」
バシャァァァァン!!
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!?」
冷徹な水飛沫が、王子の顔面を、そして高級な羽毛布団を完璧に捉えた。
「冷たっ! 死ぬ! 心臓が止まる! リコ、貴様、正気か!?」
「ようやく目が覚めたようですわね、おバカさん」
リコは空になったバケツをセバスに放り投げ、濡れ鼠になったレオンを見下ろした。
「な、なんてことを……! レオン様が、レオン様が水浸しですわ!」
「うるさいわね。マリエッタさん、濡れた布団を乾かす魔法でも使えないなら、黙って雑巾を持ってきなさいな」
リコはベッドに乗り出し、レオンの胸ぐらを掴んで自分の方へ引き寄せた。
「いいですか、レオン様。あなたがこうしてシーツの中で自分に酔っている間も、国は一刻一刻と動いているんですの。……いえ、『腐っている』と言った方が正しいかしら」
「腐っている……?」
「北部の飢饉、東部の関税トラブル、そして隣国の軍事演習。あなたが『自分は空っぽだ』と嘆いている間に、誰がその決裁を代行していると思っていらして?」
レオンは呆然とリコを見つめる。
「……私の父、モンフォール公爵と、過労で目の下に隈を作っている官僚たちですわ。あなたが逃げれば逃げるほど、彼らの寿命が削られていく。……これでも、まだ寝ていたいとおっしゃる?」
「それは……だが、私が行ったところで、また笑われるだけだ。実力もない私に、何ができる!」
「実力がないなら、今から付ければいいでしょうが!」
リコの怒声が部屋に響き渡った。レオンも、マリエッタも、一瞬呼吸を忘れたように固まる。
「笑われた? 結構じゃない。今のあなたは、笑われる価値すらなかった昨日までのあなたより、ずっとマシですわ。自分の無能を認められない無能こそが、この世で最も救いようのない『ゴミ』なんですのよ」
リコはレオンの胸ぐらを離し、乱れた髪を乱暴にかき上げた。
「立て。立って、ペンを持ちなさい。計算を間違えたらまた冷水をかけます。書類を汚したら、マリエッタさんにそれを舐めて綺麗にさせますわ」
「なっ!? マリエッタにそんな汚い真似はさせられない!」
「だったら完璧にこなしなさいな。……愛する女を汚したくないのなら、あなたが『有能』になる以外に道はありませんわよ?」
レオンは、濡れた前髪を握りしめ、低く唸った。
「……わかった。わかったよ、リコ。私は……私は、もう逃げない。この麻袋のような屈辱を、いつか王者のマントに変えてみせる!」
「いい意気込みですわ。……マリエッタ、あなたもよ。王子の隣に立つのが『綿飴』ではないと証明したいなら、今日から私の五倍速で働きなさい」
「……はいっ! マリエッタ、やりますわ! レオン様のためなら、インクだって舐めてみせます!」
「それは不衛生だからやめなさい。……セバス、次の教材を持ってきて」
リコは窓のカーテンを力一杯開け放った。
差し込んだ強烈な朝日が、水浸しの部屋と、ようやく立ち上がった二人の背中を照らし出す。
「さあ、おバカさんたちの第二章の始まりですわ。……せいぜい私に捨てられないよう、必死に食らいついてきなさいな」
リコの瞳は、朝日よりも鋭く、そして熱く燃えていた。
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