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「マリエッタさん。その、焦点の定まらないフワフワした笑顔をやめなさい。見ているこちらの視力まで落ちそうですわ」
王宮の談話室。リコは、刺繍枠を抱えて首を傾げているマリエッタを鋭く睨みつけた。
「ええっ? でもリコ様、これがマリエッタのチャームポイントなんですの。レオン様も『君のその天然なところが癒やされる』って仰ってくださいますし……」
「それは彼が重度のおバカさんだからですわ。いいですか、マリエッタさん。あなたが言う『天然』や『ふわふわ』の八割は、単なる『思考停止』と『準備不足』の結果ですのよ」
リコはマリエッタが手にしていた刺繍布を、ひょいと取り上げた。
「……これを見てちょうだい。この、裏側の糸の始末。まるで鳥の巣ですわね。表から見れば可愛らしいお花に見えますけれど、裏はカオス(混沌)そのものだわ」
「うっ……。でも、表が綺麗ならいいじゃありませんか。裏側なんて、誰も見ませんわ!」
マリエッタが頬を膨らませて反論する。
「その『誰も見ないからいい』という精神が、あなたの『ふわふわ』の正体――つまり『手抜き』なんですわ。セバス、例の資料を」
「はっ。こちら、マリエッタ様がこれまでに提出された『王子の好物リスト』および『社交界の予定表』の控えにございます」
セバスが差し出した書類を、リコはマリエッタの鼻先に突きつけた。
「見てなさい。王子の好物欄に『甘いもの』としか書いていない。具体的にどの店の、どの焼き加減の、どの果物を使ったタルトなのか。それを調べるのが『愛』というものでしょう?」
「そ、それは……レオン様なら、何を出しても喜んでくださるから……」
「それは王子の優しさに甘えているだけですわ。そしてこの予定表! 『だいたいお昼くらいに集まる』って何ですの? 秒単位で動く貴族社会において、時間は命の次に尊いもの。それを『だいたい』で済ませるのは、相手への敬意が欠けている証拠ですわよ」
リコは冷たく言い放ち、マリエッタの刺繍枠を床に放り投げた。
「ひ、ひどいですわ! マリエッタ、一生懸命フワフワ頑張っているのに!」
「頑張っているのは『フワフワすること』ではなく、『楽をすること』でしょう? あなたが天然キャラを演じるのは、失敗した時に『私、ドジですから』という言い訳で逃げるため。違いますこと?」
マリエッタは言葉に詰まり、視線を泳がせた。リコの指摘は、彼女が心の奥底に隠していた甘えを、正確に射抜いていた。
「ドジっ子が許されるのは、責任のない子供まで。王妃になる者が『お茶をこぼしちゃいました、てへっ』で済まされると思っていらして? それは不作法ではなく、国家間の儀礼であれば『宣戦布告』に等しい侮辱になりますわよ」
「……宣戦布告……。マリエッタ、戦争なんてしたくありませんわ……」
「だったら、その『ふわふわ』という名の怠慢を今すぐ捨てなさい。今日から、あなたのすべての行動を『言語化』し、『数値化』していただきます。……セバス!」
「承知いたしました。マリエッタ様、本日の訓練は『一分間に正確な針を何針通せるか』のタイムアタック。および、『相手の顔色から血圧と機嫌を推測する』メンタル・アナリシスです」
「な、なんですのその物騒な名前の訓練は! マリエッタ、もっとこう、お花を愛でたりする訓練がよろしいですわ!」
「お花を愛でる前に、その花が土を何キロ使い、肥料にいくらかかったか計算できるようになりなさい。……さあ、始めますわよ」
リコは優雅に椅子に座り直し、新しい紅茶を口にした。
「レオン様が『実力』を付けようとしている時に、隣のあなたが『綿飴』のままでは、いずれ見捨てられるのはあなたの方ですわよ。それでもよろしいのかしら?」
マリエッタの目から、今度は悔しさと決意が混じった涙がこぼれた。
「……嫌ですわ。レオン様に『中身が詰まったマリエッタ』って思われたいです! やりますわ、リコ様! マリエッタ、ふわふわを卒業して、ガチガチになりますわ!」
「ガチガチは可愛くありませんけれど……まあ、その意気ですわ。セバス、計測開始!」
「はっ。レディ・マリエッタ、第一セット、スタート!」
談話室には、針が布を通る鋭い音と、マリエッタの必死な呼吸音が響き始めた。
リコはそれを聞きながら、窓の外で重い石を持ち上げているレオン王子に、小さく頷いてみせた。
王宮の談話室。リコは、刺繍枠を抱えて首を傾げているマリエッタを鋭く睨みつけた。
「ええっ? でもリコ様、これがマリエッタのチャームポイントなんですの。レオン様も『君のその天然なところが癒やされる』って仰ってくださいますし……」
「それは彼が重度のおバカさんだからですわ。いいですか、マリエッタさん。あなたが言う『天然』や『ふわふわ』の八割は、単なる『思考停止』と『準備不足』の結果ですのよ」
リコはマリエッタが手にしていた刺繍布を、ひょいと取り上げた。
「……これを見てちょうだい。この、裏側の糸の始末。まるで鳥の巣ですわね。表から見れば可愛らしいお花に見えますけれど、裏はカオス(混沌)そのものだわ」
「うっ……。でも、表が綺麗ならいいじゃありませんか。裏側なんて、誰も見ませんわ!」
マリエッタが頬を膨らませて反論する。
「その『誰も見ないからいい』という精神が、あなたの『ふわふわ』の正体――つまり『手抜き』なんですわ。セバス、例の資料を」
「はっ。こちら、マリエッタ様がこれまでに提出された『王子の好物リスト』および『社交界の予定表』の控えにございます」
セバスが差し出した書類を、リコはマリエッタの鼻先に突きつけた。
「見てなさい。王子の好物欄に『甘いもの』としか書いていない。具体的にどの店の、どの焼き加減の、どの果物を使ったタルトなのか。それを調べるのが『愛』というものでしょう?」
「そ、それは……レオン様なら、何を出しても喜んでくださるから……」
「それは王子の優しさに甘えているだけですわ。そしてこの予定表! 『だいたいお昼くらいに集まる』って何ですの? 秒単位で動く貴族社会において、時間は命の次に尊いもの。それを『だいたい』で済ませるのは、相手への敬意が欠けている証拠ですわよ」
リコは冷たく言い放ち、マリエッタの刺繍枠を床に放り投げた。
「ひ、ひどいですわ! マリエッタ、一生懸命フワフワ頑張っているのに!」
「頑張っているのは『フワフワすること』ではなく、『楽をすること』でしょう? あなたが天然キャラを演じるのは、失敗した時に『私、ドジですから』という言い訳で逃げるため。違いますこと?」
マリエッタは言葉に詰まり、視線を泳がせた。リコの指摘は、彼女が心の奥底に隠していた甘えを、正確に射抜いていた。
「ドジっ子が許されるのは、責任のない子供まで。王妃になる者が『お茶をこぼしちゃいました、てへっ』で済まされると思っていらして? それは不作法ではなく、国家間の儀礼であれば『宣戦布告』に等しい侮辱になりますわよ」
「……宣戦布告……。マリエッタ、戦争なんてしたくありませんわ……」
「だったら、その『ふわふわ』という名の怠慢を今すぐ捨てなさい。今日から、あなたのすべての行動を『言語化』し、『数値化』していただきます。……セバス!」
「承知いたしました。マリエッタ様、本日の訓練は『一分間に正確な針を何針通せるか』のタイムアタック。および、『相手の顔色から血圧と機嫌を推測する』メンタル・アナリシスです」
「な、なんですのその物騒な名前の訓練は! マリエッタ、もっとこう、お花を愛でたりする訓練がよろしいですわ!」
「お花を愛でる前に、その花が土を何キロ使い、肥料にいくらかかったか計算できるようになりなさい。……さあ、始めますわよ」
リコは優雅に椅子に座り直し、新しい紅茶を口にした。
「レオン様が『実力』を付けようとしている時に、隣のあなたが『綿飴』のままでは、いずれ見捨てられるのはあなたの方ですわよ。それでもよろしいのかしら?」
マリエッタの目から、今度は悔しさと決意が混じった涙がこぼれた。
「……嫌ですわ。レオン様に『中身が詰まったマリエッタ』って思われたいです! やりますわ、リコ様! マリエッタ、ふわふわを卒業して、ガチガチになりますわ!」
「ガチガチは可愛くありませんけれど……まあ、その意気ですわ。セバス、計測開始!」
「はっ。レディ・マリエッタ、第一セット、スタート!」
談話室には、針が布を通る鋭い音と、マリエッタの必死な呼吸音が響き始めた。
リコはそれを聞きながら、窓の外で重い石を持ち上げているレオン王子に、小さく頷いてみせた。
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