婚約破棄を待っていた!異議なし高笑いさせていただきますわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
11 / 28

11

しおりを挟む
「非常事態です! 城門に侵入者あり!」

昼下がりの魔王城に、警報の鐘が鳴り響いた。

執務室で優雅に紅茶を飲んでいた私は、カップを置いて眉をひそめた。

「侵入者? アラン殿下にしては早すぎますわね」

「いや、あのバカ王子なら、準備もせずに飛び出してくる可能性はある」

キースが剣を手に立ち上がる。

「ルミナス、お前はここにいろ。俺が見てくる」

「いいえ、私も行きますわ。もし元婚約者なら、精神的ダメージを与える罵倒の言葉を用意しなければなりませんから」

私たちは足早に城門へと向かった。

現場は騒然としていた。

屈強な衛兵たちが、たった一人の「侵入者」を取り囲み、しかし手を出せずに困惑している。

「ど、どうすればいいんだ……」

「攻撃していいのか? いや、しかし……」

衛兵たちがたじろぐ中心にいたのは、屈強な戦士でも、邪悪な魔法使いでもなかった。

フリフリのピンク色のドレスを着て、大きなリュックサックを背負った、小柄な少女。

「あー! ルミナス様ぁーっ!!」

私の姿を見つけるなり、その少女──ミナは、満面の笑みで手を振った。

「……は?」

私は思考が停止した。

「ミナ様……? どうしてここに?」

「えへへ、来ちゃいました!」

ミナは衛兵の包囲をひょいとくぐり抜け(衛兵たちが驚いて道を開けた)、私の元へ駆け寄ってきた。

「遊びに来ちゃいました! お久しぶりですぅ!」

「遊びに……? ここ、隣国の魔王城ですわよ? 国境はどうしたのです?」

「なんか山道を歩いてたら、クマさんがいたので、蜂蜜あげたら通してくれました!」

「……」

クマ? いや、国境警備の魔獣グリズリーのことか?

凶暴な魔獣を手なずけて突破したというのか、このアホの子は。

「おい、ルミナス」

キースが引きつった顔で私に耳打ちする。

「こいつが、例の『ヒロイン』か?」

「ええ。見ての通りの珍獣ですわ」

「……殺気がない。それどころか、純粋な好奇心しか感じん。一番対処に困るタイプだ」

魔王公爵ですら、ミナの「天然オーラ」には毒気を抜かれているようだ。

「で、ミナ様。何しに来たのです? まさか、アラン殿下の使いで、私を連れ戻しに?」

私が警戒して尋ねると、ミナはブンブンと首を横に振った。

「違います! 私、家出してきたんです!」

「家出?」

「はい! もう無理なんです、アラン様!」

ミナはその場にしゃがみ込み、リュックからクッキーの缶を取り出した。

「ルミナス様がいなくなってから、アラン様、毎日毎日『ああ、ルミナスは今頃泣いているだろうか』とか『君の瞳に映る僕は美しいかい?』とか、ポエムばっかり言ってくるんです!」

「……容易に想像できますわ」

「仕事もしないし! 私が『書類見てください』って言っても、『君との愛を語る方が重要だ』って逃げるし! もう、うざ……いえ、耐えられなくて!」

ミナはバリボリとクッキーをかじった。

「だから私、置手紙して逃げてきました。『探さないでください(ハート)』って!」

「(ハート)はいりませんわね……」

「そしたら、ルミナス様の美味しいお菓子が食べたくなって……匂いを辿ってきたら、ここに着きました!」

「犬ですか、貴女は」

私は呆れて溜息をついた。

だが、不思議と怒りは湧いてこない。

この裏表のない欲望への忠実さは、ある意味で清々しい。

「……ふっ、ハハハハ!」

突然、キースが爆笑した。

「傑作だ! 王子に愛想を尽かして、悪役令嬢(ライバル)の元へ逃げ込んでくるとは!」

「あ、このイケメンさんは誰ですか?」

ミナがキースを指差す。

「初めまして、お嬢さん。俺はこの城の主、キース・ドラグーンだ」

「へえぇ! 魔王様ですか! お菓子くれますか?」

「……ククッ、面白い。ルミナス、こいつは気に入った。客として招き入れよう」

「キース様まで……」

私は頭を抱えた。

だが、追い返すのも大人気ない。

それに、彼女からは有益な情報(主に王子の自滅具合)が聞けそうだ。

「分かりましたわ。……おい、誰か! 一番甘いケーキとお茶を用意しなさい! 珍客の到着よ!」

          ◇

一時間後。

城のサロンでは、奇妙な女子会(+魔王)が開催されていた。

「ん~っ! おいひぃ~!」

ミナは口の周りをクリームだらけにして、特製ショートケーキを頬張っている。

「で? アラン殿下は今、どうなっていますの?」

私は紅茶を飲みながら尋ねた。

「えっとですね、私が逃げ出した時、ちょうど城の金庫が空っぽになったみたいで……」

ミナはフォークを振り回しながら語った。

「アラン様、『なぜ金がないんだ! 金貨は畑から採れるんじゃないのか!?』って叫んでました」

「……頭が痛くなりますわね」

「それで、宰相さんが『ルミナス様が慰謝料として持っていかれました』って言ったら、アラン様、顔を真っ青にして……」

「して?」

「『取り戻しに行く! ルミナスも、金も、ミナも、全部僕のものだ!』って、馬に飛び乗ってました」

「……来ますわね」

私はカップを置いた。

予想通りだ。

アラン王子は、近いうちにここへ来る。

それも、金欠と私の不在によるパニック状態で。

「あと、これ内緒なんですけどぉ」

ミナが声を潜めた。

「アラン様、隣国との戦争も辞さない構えらしいですよ。『愛の力で魔王を倒す!』とか言って」

「……ほう」

聞いていたキースの目が、スッと細められた。

「俺を倒す、か。威勢だけはいいな」

「でもぉ、兵隊さんたちはみんな『給料未払いだから戦いたくない』ってボイコットしてます」

「でしょうね」

私は失笑した。

「つまり、アラン殿下は一人で、あるいは少数の側近だけで、この魔王城に特攻してくるわけですか」

「はい! たぶん、あと三日くらいで着くと思います!」

ミナは能天気にピースサインをした。

「貴重な情報を感謝しますわ、ミナ様。……貴女、スパイの才能がありますのよ?」

「えへへ、褒められちゃった!」

ミナは照れているが、褒めてはいない。

「キース様。アラン殿下の到着予定が分かりましたわ。迎撃準備を」

「ああ。国境付近の結界を強化し、城門前には『歓迎』の準備をしておこう」

キースが悪だくみの顔をする。

「ミナ様、貴女はどうします? 王子に会いたくないなら、隠れておきますか?」

「はい! 私、ルミナス様の部屋のクローゼットに住みます!」

「それはお断りですわ。客室を使ってください」

「ちぇーっ」

こうして、私たちの元に意外な味方(?)が加わった。

ヒロインの亡命。

それはアラン王子にとって、最後の一撃となるだろう。

「さあ、役者は揃いましたわね」

私は窓の外、祖国のある南の空を見つめた。

「いらっしゃい、アラン殿下。……貴方の『真実の愛』がどれほどのものか、この魔王城で査定して差し上げますわ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...