悪役令嬢(志望)、婚約破棄? はい、お先に失礼しますわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
6 / 28

6

しおりを挟む
王都を出発して、三日が経過した。
私たちの乗る馬車は、石畳の整備された街道を外れ、次第に険しい山道へと入ってきていた。

ガタン、ゴトン。

「(うずうず…)」

私は、馬車の窓枠に額を押し付けるようにして、外の景色を食い入るように見つめていた。

(今! 今、窓の外を横切ったのは、もしや『月光ダケ』!?)

青白く、ぼんやりと光る希少なキノコだ。
滋養強壮に(少しだけ)効果がある。

(ああ、でも馬車が速すぎて確認できませんでしたわ!)

私は、もどかしい思いで拳を握りしめる。

「…ルーシュ様」

「はい!」

私の正面。
狭い馬車の中で、足を組み、微動だにせず座っている男から、氷のように冷たい声が飛んできた。
アラン・ディーク・フォン・クライスト辺境伯。
私の監視役様だ。

「窓から身を乗り出すのはおやめください。危険です」

「で、ですが、アラン様! 今、貴重なキノコが…!」

「キノコ」

アラン様は、その表情筋が死んだ顔で、怪訝そうに私を見る。

「…毒キノコでも食べない限り、あなたに危険はありません」

「違いますわ! 観賞用兼、研究用ですの!」

「…馬車は止めません」

彼は、私の抗議をバッサリと切り捨て、再び目を閉じてしまった。
くっ…!
さすが氷の騎士。
人の心がありませんわ!(※職務に忠実なだけ)

王都を出てから、ずっとこの調子だ。

私は、車窓から見える豊かな自然(=薬草の宝庫)に興奮し、
「止めてくださいまし!」
「今のは新種の可能性がありますわ!」
と、一時間に一度は停車を要求している。

そして、アラン様は、
「却下します」
「予定が遅れます」
「それはただの雑草です」
と、私の要求をことごとく退け続けていた。

(なんて手強い監視なのでしょう!)

私は、これほどまでに薬草採取に不向きな旅は初めてだった。
これまでは、父の領地を視察するついでに、セバスに頼んで自由に採取し放題だったというのに。

(こうなったら、休憩時間に賭けるしかありませんわね…)

「…次の宿場町まで、あと二時間ほどかかります」

アラン様が、まるで私の思考を読んだかのように、目を開けずに呟いた。

「休憩の際は、必ず私の許可を得てから行動するように」

「(ギクッ!)」

「…特に、宿屋の裏山などに、無断で立ち入らないように」

(な、なぜわたくしの行動パターンが読まれているのですか…!)

私は、昨日、宿屋の裏庭で「眠りネズミのフン(睡眠薬の材料になる)」を見つけて採取しようとしたところを、彼に見つかって厳重注意を受けたばかりだった。

「わ、わかっておりますわよ! 公爵令嬢(謹慎中)として、節度ある行動を心がけますわ!」

「…そう願います」

アラン様は、それだけ言うと、また黙り込んでしまった。

(つまらないお方ですわ)

私は、ぷう、と頬を膨らませる。
せっかくの長旅だ。
もっとこう、世間話とか…例えば、辺境の植生についての情報交換とか、あってもいいのではないだろうか。

「あの、アラン様」

「…はい」

「辺境というのは、やはり珍しい薬草の宝庫なのでしょうか?」

「…さあ。俺は薬草学には疎い」

「まあ! 人生の半分を損していらっしゃいますわ!」

「…光栄です」

「例えば! 『竜の涙』と呼ばれるような、万病に効く伝説の薬草とか!」

「…聞いたことがありません」

「では、『賢者の石ころ』と呼ばれる、触れるだけで元気になる鉱石とか!」

「…鉱石は薬草ではありません」

「細かいことはお気になさらないで!」

「……」

アラン様は、ついに返事すらしなくなり、深くため息をついた。
その完璧な横顔には、うっすらと「疲労」の二文字が浮かんでいる。

(あら? もしかして、馬車に酔われました?)

「アラン様、顔色があまり優れませんわね」

私は、ここぞとばかりにポシェットを探る。

「ご安心くださいまし! こういう時のために、特製の『車酔い知らずアロマ(※ただし匂いが強烈すぎて、別の意味で気分が悪くなる可能性アリ)』をご用意しておりますわ!」

「…結構です」

彼は、私が小瓶を取り出すより早く、低い声で拒否した。

「遠慮なさらないで。これは、腐ったドリアンとペパーミントを煮詰めた、自信作ですのよ!」

「…即刻、それを仕舞いなさい」

アラン様のアイスブルーの瞳が、初めて、明確な「拒絶」と「警告」の色を帯びた。
そのあまりの迫力に、私は「ひゃい!」と情けない声を出し、慌てて小瓶をポシェットの奥深くに押し込んだ。

(こ、怖いですわ…! 氷というより、ブリザードですわ…!)

私は、大人しく窓の外を眺めるふりをすることにした。
アラン様は、私が小瓶をしまったのを確認すると、再び目を閉じ、黙考(あるいは睡眠)の世界に戻っていった。

(…でも、諦めきれませんわ)

辺境領に着いてしまえば、彼の監視は今よりも厳しくなるかもしれない。
薬草園を作ることすら、許可されないかもしれない。

(今のうちに、少しでもサンプルを確保しておかないと…!)

私は、決意を新たにした。
チャンスは一度きり。

ガタン、ゴトン。

馬車は、鬱蒼とした森の中を進んでいる。
木々の間から差し込む光が、苔むした地面をまだらに照らしていた。

(…あ)

その時。
私の視界の端に、信じられないものが映った。

(ま、まさか…!)

大木の根元。
ひっそりと、しかし、圧倒的な存在感を放って生えている、あの傘の形。
鮮やかな赤色に、純白の水玉模様。

(『スーパーデリシャス・マッシュルーム』ですわ!!)

幻のキノコ!
食べた者を、三日三晩、謎の幸福感で包み込むという(ただし、その間の記憶は一切なくなる)、伝説の…!

(あれさえあれば、アラン様のあの眉間の皺も、一発で解消できるはず…!)

私は、いてもたってもいられなくなった。
気づいた時には、体が勝手に動いていた。

「アラン様!」

「!」

アラン様が、私の突然の大声に、驚いて目を見開く。

「申し訳ございません!」

私は、彼が何か言うより早く、馬車の扉に手をかけ、力任せに開け放った!

「なっ…! ルーシュ様!?」

「止まってくださいまし! 緊急事態ですの!」

私は、まだ速度が落ちきっていない馬車から、ドレスの裾が泥だらけになるのも構わず、地面に飛び降りた!

「うわっ!」

幸い、うまく着地できた。

「待て! 止まれ!」

アラン様の怒号と、馬車の急停止する音が背後で響く。
護衛の騎士たちが、何事かと馬を止める気配もする。

だが、私は振り返らない!

「お待ちになって! 私のデリシャス・マッシュルーム様!」

私は、ドレスの裾をたくし上げ、森の奥へと続く斜面を、全力で駆け出した。

「…公爵…令嬢…」

背後で、アラン様の、この世の終わりのような、低く、疲れ果てた呟きが聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...