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5話
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時は、卒業パーティーの夜に戻る。
「……殿下のご決断、謹んでお受けいたします」
婚約破棄を受け入れた私の声は、自分でも驚くほど、震えてはいなかった。
砕け散った心をかき集め、ヴァイス公爵令嬢イザベラとしての最後の務めを果たす。今は、それだけを考えた。
周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。嘲笑、同情、好奇、そして侮蔑。その全てを、私は背筋を伸ばして受け止めた。
アレクシス様は、私の完璧すぎる反応に、わずかに眉をひそめたように見えた。あるいは、泣いてすがるか、怒りを露わにするとでも思っていたのだろうか。そんな無様な姿を晒すくらいなら、私はこの場で舌を噛んで死んだ方がましだ。
私は、アレクシス様の隣で庇われるように立つリリアナ嬢に、一瞥だけくれてやった。彼女は怯えたように目を伏せる。あなたには分かるまい。この私が、どれほどの覚悟でその場に立っていたのかを。
誰に促されるでもなく、私はゆっくりと踵を返し、人々の視線が作る道を歩き始めた。まるで罪人が引き立てられていくかのように、モーゼの海割りよろしく、私の進む先だけが拓けていく。
コツ、コツ、と私のヒールの音だけが、やけに大きくホールに響き渡った。
もう、ここには私の居場所はない。
十数年間、私の全てだった世界が、今、終わったのだ。
出口の扉が見えてくる。あの扉の向こうへ出れば、私はもう、アレクシス様の婚約者ではなくなる。ただのイザベラ・フォン・ヴァイスに戻るのだ。
涙など、決して見せてはならない。
これは、敗北ではない。私から、彼を解放してさしあげたのだ。そう思わなければ、立っていられなかった。
扉の前に控えていた従者が、私の姿を認め、恭しくドアを開ける。その向こうの冷たい夜気が、頬を撫でた。
一度も、振り返ることはしなかった。
彼の声も、会場の喧騒も、全てを背中で切り捨てて。
私は、ただ静かに、その舞台から退場した。
「……殿下のご決断、謹んでお受けいたします」
婚約破棄を受け入れた私の声は、自分でも驚くほど、震えてはいなかった。
砕け散った心をかき集め、ヴァイス公爵令嬢イザベラとしての最後の務めを果たす。今は、それだけを考えた。
周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。嘲笑、同情、好奇、そして侮蔑。その全てを、私は背筋を伸ばして受け止めた。
アレクシス様は、私の完璧すぎる反応に、わずかに眉をひそめたように見えた。あるいは、泣いてすがるか、怒りを露わにするとでも思っていたのだろうか。そんな無様な姿を晒すくらいなら、私はこの場で舌を噛んで死んだ方がましだ。
私は、アレクシス様の隣で庇われるように立つリリアナ嬢に、一瞥だけくれてやった。彼女は怯えたように目を伏せる。あなたには分かるまい。この私が、どれほどの覚悟でその場に立っていたのかを。
誰に促されるでもなく、私はゆっくりと踵を返し、人々の視線が作る道を歩き始めた。まるで罪人が引き立てられていくかのように、モーゼの海割りよろしく、私の進む先だけが拓けていく。
コツ、コツ、と私のヒールの音だけが、やけに大きくホールに響き渡った。
もう、ここには私の居場所はない。
十数年間、私の全てだった世界が、今、終わったのだ。
出口の扉が見えてくる。あの扉の向こうへ出れば、私はもう、アレクシス様の婚約者ではなくなる。ただのイザベラ・フォン・ヴァイスに戻るのだ。
涙など、決して見せてはならない。
これは、敗北ではない。私から、彼を解放してさしあげたのだ。そう思わなければ、立っていられなかった。
扉の前に控えていた従者が、私の姿を認め、恭しくドアを開ける。その向こうの冷たい夜気が、頬を撫でた。
一度も、振り返ることはしなかった。
彼の声も、会場の喧騒も、全てを背中で切り捨てて。
私は、ただ静かに、その舞台から退場した。
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