婚約破棄? ああ、そうですか。それより料理がが冷めるので失礼します。

夏乃みのり

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「許さん……許さんぞ、メモリー!」

王宮の執務室。
アラン王子は、部下から上がってきた報告書を握りつぶした。

「クリムゾン公爵邸で、優雅に暮らしているだと? しかも、公爵と仲睦まじく食事をしているだと!?」

報告書には、メモリーが新しいドレスを着て、シズル公爵とテラスでサンドイッチを食べている目撃情報が記されていた。

「間違いない。これは私への『当てつけ』だ!」

王子は机をバンッと叩いた。

「私に捨てられたショックで、わざと他の男と仲良くしてみせ、私の気を引こうとしているのだ! なんて浅はかで、いじらしい女なんだ!」

「あのぉ、アラン様ぁ……?」

部屋のソファで紅茶を飲んでいたリリナが、首を傾げる。

「メモリー様、本当に楽しそうでしたよ? 私、噂で聞きましたけど、公爵様の屋敷のご飯、すっごく美味しいらしいですぅ」

「騙されるなリリナ! あれは演技だ。本当は枕を涙で濡らして、私の迎えを待っているに決まっている!」

アラン王子は立ち上がり、マントを翻した。

「行くぞリリナ! 視察だ!」

「えぇ~? どこへですぅ?」

「決まっているだろう。クリムゾン公爵邸だ! 愚かな元婚約者に、現実というものを教えてやる!」

***

一方、その頃。
クリムゾン公爵邸、庭園のガゼボ(洋風あずまや)。

そこには、この世の春を謳歌するメモリーの姿があった。

「(……幸せ)」

彼女の目の前には、三段重ねのアフタヌーンティースタンドが鎮座している。
上段には季節のフルーツタルト。
中段にはスコーンと濃厚クロテッドクリーム。
下段にはサーモンとキュウリのサンドイッチ。

「シズル様、このスコーン最高ですわ! 外はサクッとしていて、中はしっとり。口の中の水分を持っていかれるパサパサ感が全くありません!」

「そうか。それは王都で一番人気の店から職人を引き抜いて焼かせたものだ」

向かいで優雅に紅茶を啜るシズルが、満足げに頷く。
彼の皿にも、メモリーと同じものが乗っている。以前なら手をつけなかったであろう焼き菓子だが、今は半分ほど減っていた。

「職人を引き抜く……さすが公爵様、お金の使い方が豪快ですわね。推せます」

「君が美味そうに食うからだ。……もっと食え」

「言われなくても食べます! 次はタルトを……」

メモリーが宝石のようなイチゴタルトに手を伸ばした、その時だった。

「――見つけたぞ、メモリー!」

庭園の静寂を切り裂く、場違いな大声。
メモリーの手がピタリと止まる。

「(……チッ)」

一瞬、悪役令嬢らしい舌打ちが漏れたが、すぐに令嬢の微笑みを貼り付けて振り返る。

「あら、アラン殿下。それにリリナ様も。……本日はどのようなご用件で? まさか、私の食べ残しを回収にいらしたのですか?」

「減らず口を! 貴様の様子を見に来てやったのだ!」

アラン王子が、リリナの手を引いてズカズカとガゼボに入ってくる。
シズルが不快そうに眉をひそめた。

「アラン殿下。アポイントもなしに他人の領地へ押し掛けるとは、王族としてのマナーを忘れたのですか?」

「ふん、氷の公爵ごときが偉そうに。私は王命による『貴族の生活状況視察』という名目で来ているのだ。文句はあるまい!」

王子はシズルを一瞥すると、すぐにメモリーへ向き直った。

「おいメモリー。正直に言え。辛いんだろう?」

「は?」

「無理をして笑顔を作らなくていい。私という太陽を失って、貴様の心は闇に閉ざされているはずだ。その寂しさを埋めるために、過食に走っているのだろう?」

王子の瞳は「俺には全部わかっている」という陶酔感で濁っている。

メモリーは手に持ったイチゴタルトを見つめ、それから王子の顔を見た。
そして、真顔で答えた。

「殿下。自意識過剰もそこまでいくと、一種の才能ですわね」

「素直じゃないな!」

「寂しさ? 微塵もありません。見てください、このタルトの輝きを。太陽よりも美しいですわ。貴方様と違って、私を裏切りませんし」

「くっ……! ま、負け惜しみを!」

王子が悔しそうに唸る横で、リリナが「わぁ~!」と声を上げた。

「すごぉい! 美味しそうなお菓子がいっぱい! メモリー様、これ全部お一人で食べるんですかぁ? 太っちゃいますよぉ?」

リリナが小首を傾げて、無邪気(という名の悪意)な爆弾を投下する。

「私なんて小食だから、クッキー一枚でお腹いっぱいになっちゃうんですぅ。だからぁ、私が代わりに食べてあげますね!」

スッ。
リリナの手が、メモリーの皿に残っていた最後のスコーンへと伸びる。

バシィッ!!

乾いた音が響いた。
メモリーが、目にも止まらぬ速さでリリナの手をはたき落とした音である。

「いたっ!」

「お触り禁止です」

メモリーの目が、完全に据わっていた。
それは獲物を守る野生動物の目だった。

「リリナ様。人の皿に手を出すのはマナー違反です。それに、貴女は『クッキー一枚でお腹いっぱい』なのでしょう? このスコーンはバターをふんだんに使ったカロリー爆弾です。貴女のようなか弱い小動物が食べたら、胃もたれして爆発しますよ?」

「ひどぉい! アラン様ぁ、メモリー様がまた意地悪を~!」

「貴様っ! 私のリリナになんてことを!」

アラン王子が激昂し、テーブルを叩こうとする。

ガチャン。

シズルが、ティーカップをソーサーに置いた。
ただそれだけの音だが、その場が一瞬で凍りついたような威圧感が広がる。

「……私の庭で、騒がないでもらおうか」

シズルの青い瞳が、冷ややかに王子たちを射抜く。

「そのスコーンは、私がメモリーのために用意させたものだ。彼女以外の人間が指一本でも触れることは許さん」

「なっ……!」

「それに、アラン殿下。貴方は大きな勘違いをしている」

シズルは立ち上がり、メモリーの隣へ移動すると、自然な動作で彼女の肩を抱いた。

「彼女は『捨てられた』のではない。私が『拾い上げた』のだ。この世界で最も価値のある舌を持つ美食家(グルメ)としてな」

「はぁ!? ただの食いしん坊だろうが!」

「違いがわからない男は哀れだな。……いいだろう。そこまで言うなら、証明してやろうじゃないか」

シズルは不敵な笑みを浮かべ、とんでもない提案を口にした。

「どちらのパートナーが優れているか、勝負しようではないか。『ティーパーティー対決』でな」
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